第228話 ワーカーホリックです
朝食の席でユリィやビッグ・ロックと会話をしながら食事をしたクラエルであったが……その日は宣言通り、部屋でゆっくりと過ごすことにした。
「さて……休みとは言ったけど、今日はどうしようかな?」
休むとは決めているものの……特に何をして過ごすとかは決まっていない。
最近になって痛感したが、クラエルは無趣味である。
前世ではゲームが趣味だったが、この世界にそんな物はない。
神殿にいた頃は庭いじり、園芸などをしていたのだが……寮住まいになってからは、そんな数少ない趣味もできなくなってしまった。
「くまくま」
「あ、悪いな」
自室のテーブルについて考え込んでいると……クマのぬいぐるみが紅茶を淹れてくれた。
他の二匹のクマが洗濯をしてくれたり、掃除をしてくれたり……クラエルが手を出す余地はなさそうである。
「休日にやることが思い浮かばないなんて……俺も大概、ワーカーホリックだよな……」
いざ休むとなったら何をするか思いつかないのだから、仕事に憑かれているというしかない。
クラエルはクマが淹れてくれた紅茶を一気飲みして、大きく息を吐いた。
「よし……とりあえず読書だ。読書!」
読書といえば趣味の定番である。
履歴書を書いた人間の半数が趣味の項目に読書を記入するという。
「確か、読んでいなかった本がここに……あった」
クラエルは神殿から持ってきた本の一冊を本棚から引っ張り出してきて、テーブルに戻ってくる。
「よし……何も考えずに読むぞ。うん!」
「クマ?」
気合いを入れて本を開いたクラエルに怪訝そうにしながら、クマがお代わりの紅茶を入れてくれた。
クラエルはページをめくり、目で文字の羅列を追っていく。
それは前に本屋で見かけて購入したきり、読まずに本棚の肥やしにしていたものである。
三十分ほど無心になって内容を頭に入れていき……ふと、クラエルは首を傾げた。
(ああ、この小説……もしかして聖典の『創世記』を題材にしているのかな?)
「なるほど、面白いな……始まりの大聖女の降臨をこんなふうに解釈しているのか……」
聖書や宗教、神話をモチーフにして物語を書くことは、作家やクリエイターには珍しいことではない。
有名な話では……日本のアニメ作品である『エヴァンゲリオン』はギリシャ語で『福音』という意味だ。作中には『使徒』を始めとした宗教用語がいくつも登場する。
有名なSF映画の中にも、聖書を題材にしているものがある。
『E.T』に出てくる宇宙人のモデルはかのイエス・キリスト。『ターミネーター』もまた、ヘロデ王がキリストを殺そうとしたエピソードからきているとのことだ。
(こういう創作作品を授業で取り上げて、『ここは聖典のこの部分を参考にしているんですよ』とか教えてみても良いかもしれないな。より聖典に興味を持って、授業への理解も深まるんじゃ……)
「うっわ……また仕事のことを考えている……!」
気がついたら……また学園の授業のことを考えていた。
クラエルが小説から顔を上げて、上半身をのけぞらせる。
何も考えずに読書をするつもりが、いつの間にか仕事に意識が向いていた。
いよいよ、重傷である。本当にワーカーホリックだ。
「もう寝よう。今度こそ、全部忘れて寝よう……」
こうなったら、寝るしかない。
クラエルは頭を掻いて本を投げ出して、ベッドに潜り込んだ。
「くまー……」
そんなクラエルにクマが困った様子で本を拾い、代わり片付けていたのであった。
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