第227話 久々の休日です

「あ、クラエル先生。お早うございます」


 朝、職員寮の食堂にやってきたクラエルに同僚の男性(?)教師が声をかけてきた。

 可愛らしい部屋着のパーカーに身を包んでいるのは、ユリィ・カネスタ。歴史の担当教師である。

 ちょっとサイズ大きめのパーカーには胸元にウサギの刺繍が施されており、どう見ても女性用だった。

 そんな服を着こなしているユリィは、どう見ても女性にしか見えなかったが……一応は男性教師ということになっている。


「……おはようございます。ユリィ先生」


「クラエル先生も今日はお休みですか?」


「はい。昨日、休日出勤して仕事を済ませておいたので」


 クラエルがそう言うと、「そうなんですかー」とのんびりとした口調で言って、ユリィが手元の紅茶をかき混ぜた。


「もしもお暇でしたら、一緒に闘技場に行きませんか? 今日、アンダー18の部の準決勝があるんですよ?」


「……いえ、やめておきます」


 少しだけ考えてから、クラエルが首を横に振る。

 今日は丸一日、ダラダラと過ごすと決めていた。

 連日の疲れをここで取っておかないと、いい加減に潰れてしまいそうだ。


(学園では仕事漬け。プライベートでは友人に投げ飛ばされて頭突きをされそうになり、テロリストに襲われて人質にされ、殴られて気絶して……今日は休みだ。絶対に休む!)


「生徒達は心配ですが……今日のところはやめておきます。ユリィ先生、僕の分まで応援してきてください」


「そうですか……残念です」


 ユリィが眉尻を下げて、シュンッとした様子になった。

 叱られた子犬のような様子には心が痛むが……こればっかりは譲れない。


(仕事ができる人間というのは、闇雲に働く人間の事じゃない。働くべき時にはキッチリと働いて、休むべき時にはしっかりと休んで心身のケアをする……それが本当にデキる奴なんだよな)


 前世のクラエルはそれができていなかったから、ブラック企業に酷使された挙げ句に過労死することになった。

 必死になって稼いだ金だけ残して、目指していた悠々自適な隠居生活を送ることができず、死ぬことになってしまったのだ。

 同じ失敗は繰り返さない。今度はちゃんと休むことにする。


「やあ、お二人とも。おはようございます」


 クラエルとユリィが話していると、また同僚が食堂に現れた。

 体育教師であるビッグ・ロックである。

 大柄でガッシリとしたマッチョマンが片手を上げて挨拶してきた。


「おはようございます、ロック先生」


「ロック先生も早いですね」


「ええ、今日は闘技場に行くことになっていますので」


「ああ、ロック先生も応援ですか。ユリィ先生も行くそうですよ?」


 ビッグ・ロックは体育教師であると同時に、騎士を志す生徒に剣術も教えている。

 大会に参加している生徒達は、教え子であると同時に弟子でもあるのだ。


「今日の準決勝にはフレイムとガードリー、それにメインスが参加しますからな。四人中三人が準決勝に残るとは誇らしいことです」


 やはり攻略キャラの一人であるヴィンセントは準決勝まで残ったようだ。

 ゲームではレイナの応援により、そこまで勝ち抜くという描写だったはずなのだが……応援無しで勝ち残ったようである。


「ガードリー君って、前にヴィンセント君とケンカをしていた子ですよね?」


「はい、もう和解したようですが。二人が勝ち抜けば、決勝戦でぶつかることになるでしょうな」


 ユリィの言葉にビッグ・ロックが答える。

 学園の序列一位と二位の頂上決戦。さぞや盛り上がることだろう。


「メインス君も学園の生徒でしたね。僕の授業は取っていないので面識はありませんが……ちなみに、準決勝に参加するもう一人は誰なんですか?」


 クラエルが気になって訊ねた。

 ビッグ・ロックは肩をすくめて、あまり興味なさそうに答える。


「一般参加者の流れ者の剣士ですよ。名も知らぬ男のようですな」


「……流れ者の剣士」


「まあ、我が校の生徒が勝つでしょうな。それなりに腕は立つようですが……どうやら、我流の剣士みたいですから。基礎がなっていませんでしたよ、基礎がね」


 得意げに話すビッグ・ロックであったが、そう上手くいかないだろうとクラエルは思った。

 クラエルの想像通りなら……その人物もまた、ゲームに登場していたネームド・キャラクターである。


(もしも俺が知っている相手なら……ヴィンセントとガードリーのライバル対決は実現しないだろうな)


 決勝に出場するのは、その流れ者の一般参加者だ。

 その人物はサブの攻略キャラ。ルート次第ではレイナと結ばれる可能性もある男なのだから。


(レイナとはまだ出会っていないみたいだけど……どうなることやら)


 クラエルは小さく溜息を吐いて、朝食を注文した。

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