第159話 独り言にはやっぱりご注意を
「ウウッ……どういうことですか。どうして、私がこんな目に遭わなくてはいけないのでしょう。私が何をしたというのですか……!」
王都にある憲兵の詰め所にて、一人の男がガックリと項垂れている。
地下にある牢屋でブツブツと独り言を話しているのは、王立学園で魔法理論を教えていた元・教員……アレイジー・シャウエットだった。
シャウエットは数日前、憲兵によって逮捕されて牢屋に入れられた。
職場である王立学園も解雇されており、無職の犯罪者として囚われの身となっている。
「あの男の情報を漏らしたのがそんなに罪だというのですか? いいえ、そんなことはありません。そもそも、あんな聖女の七光りで学園に入るような男が教師を名乗っていることが間違いなのです。間違いを正すことが罪だというのですか? いいえ、そんなことはありません。間違っているのはあんな男を認めている世間であり、栄えある聖人として認定した神殿なのです。つまり、私こそが過ちを正そうとした真の意味での聖職者であり、褒められるべき人間であり……」
ブツブツ、ブツブツ、ブツブツと……。
シャウエットは延々と、自らを擁護する言葉を紡ぎ続けている。
シャウエットは元々、宮廷魔術師だったのだが……陰気で嫌味な性格ゆえに同僚と揉めてしまい、王宮を去ることになった。
それでも、魔術師としては優秀だったため、その才能を惜しんだ人間が王立学園の教員という立場を用意してくれたのだが……見事にそれも失っていた。
シャウエットが逮捕されるにいたった罪であるが……それは情報の漏洩。学園の同僚であるクラエル・バーンの個人情報をギャングに流したことである。
クラエルのことを狙っていたギャングが教員の一人であるシャウエットに目をつけて、接触した。
シャウエットはギャングに求められるがままに情報を流し、それによって対価の金銭を得ている。
脅されてやむを得ずに情報を明かしてしまったのであれば、情状酌量の余地があるだろう。
だが……シャウエットは積極的にクラエルの通勤時間や帰宅時間、職員寮に提出されている外出の予定などについて流していた。釈明できるわけがない。
「ああ、間違っている。そうだ……間違っているのだ。こんなことは間違っているのだ。私がこんな目にあって良いわけがない。あんな男のために、エリートの中のエリートである私が破滅するなどありえない。そう……ありえないのだ」
神経質そうに爪を噛みながら、シャウエットは恨み言を続けている。
牢屋に閉じこめられてからずっとこの様子。
いい加減、喉が枯れてしまいそうなものだったが……気にした様子もなく独り言を繰り返していた。
「アレイジー・シャウエット、外に出ろ」
だが……そんな時間にも終わりがやってきた。
シャウエットの牢の前に憲兵がやってきて、外に出るように命じてきたのだ。
「ようやくですか! 待たせてくれましたね……!」
項垂れていたシャウエットがバネ仕掛けのように立ち上がる。
どうやら、釈放の時間がやってきたようだ。
シャウエットが犯した情報漏洩は罪であったが……それでも、牢獄に何年も入るほどのものではない。
当主ではないが一応は貴族であり、経済的な余裕もある。
罰金や保釈金……必要であれば
「ああ、本当に待たせてくれました。本当に愚鈍なことです。この私を、選ばれたエリートである私を何日も牢屋に閉じこめるなんて……これは憲兵隊に抗議しなくてはいけませんね、はい。それはもう微に入り細を穿って、食事のメニューや待遇から細やかに愚かな貴方達のあり方と立場の違いを……」
「五月蠅い。さっさと出ろ!」
「ヒエッ!」
一喝されて、シャウエットが飛び上がる。
命じられるがままに牢屋から出て、階段の上へと連れていかれる。
「……け、憲兵ごときがスーパーエリートであるこの私に無礼な口を、これはまた抗議しなくてはいけない内容が増えてしまいましたね。はい」
「入れ」
小声でまた文句を言うシャウエットであったが……連れてこられたのは、表ではなく取り調べのための部屋だった。
「ここは……何故、こんなところに? 釈放されるのではないのですか?」
「いいから、さっさと入れ」
「グッ……!」
シャウエットは悔しそうに憲兵を睨みつけつつ、言われるがままに取調室に入った。
そこには別の憲兵がいて、シャウエットは強制的に椅子に座らされてしまう。
「さて……アレイジー・シャウエット。これから、取り調べを行う」
「何を言っているんですか、貴方は。すでに知っていることは話したはずですが?」
「余罪が見つかった」
憲兵が短く答えて、テーブルの上に資料を並べる。
「収賄とテスト問題の横流し。女子生徒に対するワイセツ行為……随分と、悪事を隠していたようだな」
「なあっ!?」
シャウエットが椅子に座ったまま、身体をのけぞらせた。
「な、何のことかわかりませんねえ。何かの間違いじゃないのですか?」
「残念ながら……匿名で証拠品が上がっている。証人も名乗り出ている」
憲兵の口調は冷たいものである。
一切の言い逃れを許さない……巌のような顔にそう書いてあった。
「情報漏洩だけならば、裁判の結果によっては罰金刑だけで済んだかもしれないが……これだけ余罪が見つかってしまったら、そうもいかないな。間違いなく十年は臭い飯を食ってもらうから覚悟しておけ」
「なあっ!? わ、私のようなエリートに監獄に入れというのですか!? それはあまりにも……お、横暴ではないですかあ!?」
シャウエットが目の前のテーブルを叩いて、叫んだ。
「私のようなスーパーエリートを十年も幽閉するだなんて、そんなものは社会的な損失です! ま、間違っている……あってはならないことだ!」
「悪いが……犯罪者を野放しにしておくことの方があってはならない間違いだよ」
憲兵が小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「お前さんが本当にスーパーエリートだっていうのなら、ちゃんと罪をつぐなってやり直すんだな。本当に優秀だったら、そこからでも成功できるだろうよ」
「~~~~~~ッ!」
シャウエットが声にならない悲鳴を上げる。
シャウエットは知らない。
憲兵が手にしている証拠が何者かによって、匿名で投げ込まれたことを。
証言をした人間達がそろっておかしな夢を見ており、クマの顔をした天使が憲兵にシャウエットのことを告発するように託宣を与えたことも。
どちらも知らないまま……容赦ない取り調べを受けることになるのであった。
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