第160話 テストが近いが新展開です

 ギャングによる騒動が片付いて一ヵ月。

 平穏な日常を取り戻したクラエルであったが……教員生活は忙しさを増す一方だった。


 それというのも……音楽の担当教師だったミセス・ヴェレーノが臨時休暇から明けることなく、そのまま有休をとってしまったからだ。

 とばっちりでギャングから襲撃されたヴェレーノはショックのあまり家に閉じこもりがちになり、それを心配した家族が旅行に連れ出したらしい。

 今は遠い南の国にいるらしく……あと二ヵ月は戻って来ないとのこと。

 そのため、クラエルが音楽の授業でも本格的に教鞭を振るうことになり、授業時間が増えてしまったのである。


 神学だけならばそこまでの手間ではないのだが……単純に仕事量が二倍になったのだ。大変でないわけがなかった。

 おまけに期末テストも迫ってきており、答案を作るのに四苦八苦させられている。

 教員生活一年目、ただでさえ慣れない仕事だというのに……増えた負担に連日徹夜をさせられていた。


「クラエル様、大丈夫ですか? お疲れですか?」


「いえ……大丈夫ですよ。レイナ」


 昼休み。

 いつものように弁当持参で聖堂にやってきたレイナに、クラエルが笑顔を作って答えた。


「確かに、最近はかなり忙しいですけど……不思議と体調は良いんです。今だって、とても清々しい気分ですよ」


 心配そうに訊ねてくるレイナにクラエルが穏やかに言う。

 レイナを心配させないようにという気持ちもあるが……実際、そこまで疲れているということはなかった。

 忙しいはずなのに不思議と日々の仕事に充実感があり、睡眠時間が削れているのに逆に調子が良いのだ。


「そうですか……それは良かったです」


 クラエルの返答を聞いて、レイナが胸を撫で下ろしたように安堵の顔になる。


「今日もお弁当を作ってきたので食べてください……あ、こっちの包みは夜食ですから、後で召し上がってくださいね?」


「いつもすみません……とても助かっていますよ」


 神学準備室に移動して、レイナから弁当の包みを受け取った。

 最近はテストの作成などで徹夜をしており、それを知ったレイナが夜食を作ってくれるようになったのだ。

 レイナの料理の腕はここ最近でますます磨きがかかっている。

 夜食のメニューはサンドイッチなどの軽めの物なのだが、それを食べると奇妙にパワーが湧いてくるのだ。

 ゲームでも料理を食べてステータスにバフがかかることがあったし、レイナの料理にも聖女の加護が込められているのだろう。


「今日はツナサンドにしましたから。一緒にマスタードも付けておきましたので、味が物足りないようだったらかけてください」


「ありがとうございます……それにしても、レイナ。君の方こそ体調は大丈夫ですか? テストも近いですし……神殿の聖務もあるのでしょう?」


 心配しているのはクラエルも同じである。

 二足の草鞋で苦しんでいるのはクラエルだけではない。

 レイナだって、学生と聖女という二つの仕事で板挟みになっているはず。

 弁当を作ってくれているのが負担になっているのではないかと、クラエルは前々から心配していたのだ。


「大丈夫ですよ。勉強するのは好きですし、お弁当を作るのだって良い気分転換になります。むしろ……クラエル様が学園に来てから、身体の調子も良くなっているんです」


 レイナがにこやかに言うと……その背中から後光が差す。

 比喩ではなく、本当に光っている。

 聖職者だけが見ることができる聖女の加護の光である。


「そ、そうですか……いや、大丈夫なら良いんですけどね。はい」


 圧倒的聖力に気圧されそうになりつつ、クラエルは光から顔を逸らして弁当の包みを開く。

 今日のメニューは一口サイズのおにぎりとミニハンバーグ、シューマイ、パセリの和え物だった。

 和洋中が入り混じったメニューだが……レイナはいったい、どこでシューマイの作り方を修得したというのだろう。


「ああ、付属図書館で見つけた料理の本に書いてあったんですよ。遠い東の国の料理について書かれた本で、とても面白かったですよ」


「へえ……そんな本があったんですね。知りませんでしたよ」


 学園の付属図書館には様々な本が集められており、その中には異国の本も数多い。

 卒業生であるクラエルもテスト勉強などでよく利用していたのだが……広い図書館は迷子になりかねない広大さだった。


「知らない本といえば……最近、クラスの女の子が話していましたね。図書館で変な本を見つけたって」


 ふと、レイナがそんなことを言う。


「変な本? 異国から取り寄せた書物でしょうか?」


「いえ……そういう感じではなく、黒い本がテーブルに置かれていたとか。誰かが片付け忘れた物かと思って、その友達が本を手に取ろうとしたそうですけど……背後に誰かの気配を感じて振り返ったそうです」


「……それで?」


「後ろには誰もいなくて、また本の方を見ると無くなっていたそうですよ。おかしな話ですよね」


 レイナがモグモグと自分の弁当を口に運びながら、そんな話をした。

 まるで怪談噺のような内容だったが……レイナの表情から、怖がらせようとしているというわけではなく世間話をしているだけのようだ。


「それって、もしかして……」


 ふと、クラエルが何かを口に仕掛けて……途中で止める。


「クラエル様?」


「いえ、何でもありません。このハンバーグ、ソースの味がしみてて美味しいですね」


 などと誤魔化して、話題を変えた。

 もしもクラエルの予想が正しいのであれば……ゲームのイベントが発生しているのかもしれない。


(『学園七不思議』か……あれは時期が決まっていないランダム発生イベントなんだよな……)


 ゲームの知識を思い出して……軽く溜息を吐いた。


(もしもあのイベントが発生しているのなら、面倒事になるな……よりにもよって、この忙しい時期に起こらなくても良いものを……)


「おにぎり、美味しいです。とても美味しいです」


 まるで現実逃避でもするかのように、クラエルは弁当をがっついたのであった。

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