第158話 学園長の悩み
「どうやら……問題が片付いたようですね」
しみじみとつぶやいたのは、王立学園の学園長であるジーニアス・クリーディアである。
学園長室の窓から校庭を見下ろして、感慨深そうに溜息を吐く。
「襲われたミセス・ヴェレーノには気の毒ですが……まあ、生徒から被害が出なかったのですから良しとしましょう。彼女は少々、気位が強く過ぎる部分がありますし……良い薬になったと思うことにしましょうか」
少し前まで、学園の周囲に怪しい影が蠢いていた。
それは聖女レイナ・ローレル、聖人クラエル・バーンの二人を狙うギャングである。
大金をぶら下げられてなりふり構わなくなったギャング達は、二人の情報を入手するために無関係な生徒や教員にまで魔の手を伸ばしていた。
とある理由から学園から出ることができないジーニアスは、生徒達に降りかかる火の粉にヤキモキとしていたのだが……大きな被害を生じさせることなく、問題が片付いたようである。
「貴方もご苦労様でした。アルバート君」
ジーニアスが振り返る。
いつの間にか、応接用のソファに一人の男性が座っていた。
足を組んで寛いだ様子でソファに座っているのは、青髪をかき上げてシャツの胸元を開いた男性。
主任教師であるアルバート・アムレートである。
「いえいえ、俺は別に大したことはしちゃいませんよ。働いたのはミスター・バーンとホーリーエンジェル……聖女レイナの二人ですからね」
アムレートが意味もなく開いた胸元を意味もなくパタパタとさせて、意味もなく色気を撒き散らしながら言う。
上司である学園長に対して失礼な態度であったが、それを責めることはしない。
アムレートは学園長が人間ではなく、学園に棲みついた妖精であることを知る数少ない人物。
気心が知れた仲であり、そういった遠慮は持っていないのである。
「それにしても……今回は大変でしたねえ。まさか、ギャングが直接でないにしても学園を狙ってくるだなんて」
アムレートが皮肉そうに唇を歪めて、チラリとジーニアスに流し目を送る。
「学園長としても気に病んでいるんじゃあないですか? ミセス・ヴェレーノがギャングに攫われそうになって心を病んでしまい、ミスター・シャウエットが学園の内部情報を漏らして解任することになって……いやあ、あの二人がいなければこんなことにはならなかったものをね」
「……何が言いたいんですか、アルバート君」
「いえね。学園長がもしかしたら、ミスター・バーンのことを……そして、聖女レイナのことを疎んでいるんじゃないかと思いまして。彼らが学園にいなければ、ギャング達に目をつけられることはなかったわけですからね」
「…………」
「どうなんです? 学園長はどのようにお考えなのかな?」
探るように訊ねられて、ジーニアスが目を細める。
窓から離れて、机について……深い深い溜息を吐いた。
「……彼らを邪魔に思うなどとんでもない。ギャングに関して二人に責任はありませんよ」
「本音と建前……どっちの言葉かな?」
「もちろん、本心からの言葉です」
ジーニアスがトントンと指で机を叩いた。
「ギャングを
「…………」
「それに……ミセス・ヴェレーノはともかくとして、シャウエット君のことは自業自得でしょう。彼は前々から良からぬことに手を染めていました。遅かれ早かれ、処分するつもりでいたのでちょうど良かったとすら思っています」
魔法理論の担当教師であるアレイジー・シャウエットは以前から、執念深く嫉妬深く、粘着質な人間であった。
それでいて、気に入った一部の生徒……特に女子生徒に優遇することがあり、証拠はないが金品と引き換えにテスト問題の横流しなども行っている。
学園長の頭を悩ませていた要因の一つであり、尻尾を掴むことができたら解任させる予定だったのだ。
「それに……レイナ嬢とバーン君はこの学園に必要な人間であると考えています。特に、これからはね」
「これから……?」
「はい、そろそろ抑えきれない流れが来ているようですから」
世の物事には急転直下、それまで停滞していた事象が一気に動き出すことがある。
この学園の場合、今がそうであるとジーニアスは考えていた。
これまで先送りにしてきた多くの問題が浮き彫りになり、瀑布のように流れ落ちる……そういう時がやってきているのだ。
レイナやクラエル。それに王太子であるエリック・セインクルを始めとした優秀な生徒が在学している時に『それ』がやってきたのは、一つの運命であるに違いない。
「これはただの直感ですが……今後、学園内でいくつもの問題が起こることでしょう。そして、その解決にはレイナ嬢とバーン君の力が必要になる。二人の力を借りられることに比べたら、今回のギャングの問題など軽いものでしょう」
「……さようですか。それならば結構」
「心配せずとも……バーン君を学園から追い出したりはしませんから、心配はいりませんよ」
「何のことかわからないな……それじゃあ、アディオス」
気取ったセリフを残して、アムレートが学園長室から出ていった。
男物のコロンの香りを残して消えた部下に、ジーニアスが苦笑いをする。
「……ちゃんと挨拶くらいしなさい。本当に仕方がない子だ」
頼もしいような、そうでないような。
ジーニアスが呆れた様子で首を振ると……直後、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼いたします。学園長」
入ってきたのは三年生の担当教師の一人だった。
「どうかしましたか?」
「すみません……ちょっとご報告したいことがありまして」
「何ですか?」
「その……実は……」
その教師の報告を受けて、学園長が眉をひそめた。
どうやら……さっそく、問題が一つ生じたようである。
一難去ってまた一難。
学園に本当の意味で平和が訪れるのは、まだ先のようであった。
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