第157話 後日談と厄介な噂

 ギャング達の問題が解決して、クラエルの生活に平和が戻ってきた。

 週明け、再び王立学園に通勤した。


「バーン先生、おはようございます」


「おはようございます、クラエルせんせー」


 すれ違う生徒達がクラエルに挨拶をしてくれた。


「おはようございます、皆さん。良い朝ですね」


「今日の音楽もよろしくお願いしますね!」


「ピアノ、練習してきたからみてください」


「神学の宿題、今日まででしたね。みんなの分も集めておきますねー」


「はい、よろしくお願いします」


 親しげに話しかけてくる生徒にクラエルが笑顔で答える。

 教職に就いてから一ヵ月。それなりに学園になじむことができたようだ。


「チッ……」


「フン……女子に媚び売りやがって」


 問題があるとすれば、親しくしてくれるのが女子生徒ばかりだということ。

 男子生徒は対照的にクラエルに対して敵意を持っているようで、すれ違う男子達から妬み嫉みの視線が向けられる。


「どうして、聖女様はあんな……」


 彼らの敵意の根幹にあるのは、やはりレイナの存在だった。

 レイナが学内でも遠慮なく距離を詰めてくるため、彼女に憧れている男子からは軒並み嫌われてしまっているのだ。


(レイナは家族なんだから、距離が近いのは当然なんですけどね……どうして、ここまで過剰に反応していることやら……)


 クラエルはそっと溜息を吐きつつ、本日、最初の授業がある聖堂へと足を向ける。


「やあ、ミスター・バーン。おはよう」


「……おはようございます、アムレート先生」


 主任教師であるアルバート・アムレートが話しかけてきた。

 指二本をビシリと立てて、胸元のボタンを開いて胸板を見せつけながら。

 相変わらず、男の色気ムンムンの態度である。

 周囲にいる女子生徒がキラキラとした目をアムレートに向けており、中には色気に当てられて卒倒して運ばれている娘もいた。


「何というか……相変わらずですね。今日も」


「どういう意味かわからないけどな。まあ、それはともかくとして……週末は大変だったらしいな。聞いたぜ」


「……いったい、誰に聞いたんです? 僕のことは公表されていないはずですけど?」


 大勢のギャングが摘発されたことについては、新聞などでも発表されていた。

 しかし、それを行ったのはあくまでも騎士団である。クラエルの関与は明かされていない。

 一般人であり、聖人という立場のクラエルを囮にしたなどとは公表しづらい。

 ギャングの裏にシャインクロス神聖国の司教がいること、ギャングがいくつかの貴族と関わりを持っていることなどについても伏せられていた。


「学園長からちょっとね。我が学園の教員と生徒が関わっていることさ。報連相がまったくないなんてことはないさ」


「……ああ、なるほど」


 クラエルだけではなく、生徒である攻略キャラも関わっている。

 学園側にも当然のように、事情説明が行われているのだろう。


「神学に音楽に戦闘もできるだなんて恐れ入ったな。さすがは俺が認めた男だ。改めて……貴方に敬意を払おう」


「アムレート先生に認められていたとは光栄な話ですね……それよりも、用件はそれだけでしょうか?」


 クラエルは校舎の時計を一瞥した。

 一限目の時間が迫ってきている。ギリギリというほどではないがさほど余裕があるわけでもなかった。


「ああ、そうだった……一応、知らせておこうと思ってね」


「ム……」


 アムレートがわずかに声を潜める。

 クラエルに密着して、腕を肩に回して引き寄せてきた。


「「「「「キャアッ!」」」」」


 周囲の女子生徒から黄色い歓声が上がった。

 大人の男性二人が肩を寄せている姿に、良からぬ妄想を掻きたててしまったようである。


「ちょ……アムレート先生……!」


「ミスター・シャウエット……アレイジー・シャウエットが辞任した。不正行為が見つかって、まあ要するにクビになったよ」


「シャウエット……?」


 誰だったか……眉をひそめるクラエルであったが、すぐに思い出した。

 魔法理論の科目の担当教員であり、やたらと嫌味な男性である。

 同じ職員寮にいた男でクラエルが入職した際の歓迎会にも参加していたが……やけに敵意を向けてきた男だった。


「シャウエット先生が? どうしてですか?」


「匿名で通報があってね……彼は学園内の情報を外に流していたのさ。生徒のこととか、そして君のこととかね」


「…………!」


 耳元に囁かれた言葉にクラエルが目を見開いた。


「彼は例のギャング達に情報提供をしていたらしい。まあ、大した情報を流していたわけではなかったが……それでも、個人情報を外部に漏らして対価として金銭を受け取っていたんだ。処分は免れないね」


「……なるほど」


「今は教員を辞任して、騎士団で取り調べを受けているはずだよ……まったく、ミセス・ヴェレーノも休職しているというのに、また人手不足になってしまうよ」


 困った様子でつぶやいてから、アムレートがクラエルから離れる。

 男物のコロンの匂いを残して離れる年上の教師に、クラエルは少しだけ嫌そうな顔をした。


「そういうわけだから……君も無関係じゃないから知らせておいた」


「そうですか……朝から、お気遣いありがとうございます」


「構わないとも……それじゃあ、アディオス」


 白い歯を見せてビシリと微笑み、アムレートは校舎の中に消えていった。


「…………気持ち悪っ」


 クラエルは周りに聞こえないくらいの声量でつぶやいた。

 女子と一部の男性からは人気があるようだが……いまひとつ、クラエルは好きにはなれなかった。

 もちろん、先輩教師としては面倒見も良くて尊敬できる人間なのだろうが。


「ねえ……クラエル先生とアムレート先生って仲良いよね……」


「うん、もしかしたらもしかするんじゃない?」


「ええっ……私はクラ×レイ推しなのに……」


「…………」


 周りの女子生徒が不穏な会話をしているが……努めて、耳に入れないようにしてクラエルは聖堂へと去っていった。


 その日を境にして、クラエルとレイナ、アムレートの間で三角関係の噂が流れることになる。

 一部の女子の間でささやかれるカップリング論争にクラエルが頭を悩まされるのは、少しだけ先の出来事である。

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