第156話 約束をしました


「フウ、ごちそうさまでした」


「はい、お粗末さまでした」


 簡単な食事を終えて、クラエルは一息ついた。

 レイナがすぐさま、お代わりの紅茶をティーカップに注いでくれる。

 ほどよい苦みの中に感じる甘味。クラエル好みに砂糖とミルクが入れられていた。


「美味しい……」


 安心する味だ。

 温かな紅茶が身体の芯まで行きわたるようである。


「改めまして……今日の巡礼はどうでしたか、クラエル様」


 クラエルが一息ついたところを見計らって、レイナが訊ねてきた。


「『白の奉竜殿』でしたよね? どんなところだったんですか?」


「そうですね……」


 すぐにギャングが攻撃してきたので、ゆっくりと見ることはできなかったが……クラエルがゲームの記憶を思い起こしつつ答えた。


「古い遺跡だったんですけど、どこか物悲しい雰囲気がある場所でしたよ。おもむき……は違いますね。ちょっと言葉で説明するのは難しいんですけど」


 物悲しい。

 そんな印象を受けるのは、クラエルがゲームで遺跡の背景を知っているからかもしれない。


『白の奉竜殿』はかつて聖女を助けた白竜の亡骸が眠っている場所である。

 人ならざる竜でありながら聖女を愛してしまった白竜は命を賭けて彼女を守り、そして邪悪との戦いで命を落とす。

 聖女は友人であった白竜を悼んで遺跡に葬るが……白竜の想いを最後まで知ることはなく、別の男性と結ばれる。

 愛した女性のために命を捧げて尽くし、けれど報われることのなかった白竜には、同じ男として思うものがあった。


「決して楽しい場所というわけではありませんが……一見の価値はあると思いますよ?」


「そうなんですか、私もいつか行ってみたいものですね」


「ええ、時間があるときに行ってみてください……ただし、郊外で人気も少ないので一人ではいかないように」


「はい、クラエル様が案内してくれるんですよね?」


「…………」


 レイナが当然だとばかりに言う。

 普通は攻略キャラと一緒に行くべきなのだろうが……拒否するわけにもいかずに首肯した。


「ええ、良いですね。一緒に行きましょうか」


「お弁当を作りますね。クラエル様の好きな唐揚げも入れちゃいます」


「ピクニックではないんですけどね……」


 クラエルが苦笑した。

 今のレイナであれば、遺跡の地下に入っても遠足気分で帰って来られるかもしれない。


「そういえば……王都に引っ越してきてから聞いたんですけど、『白の奉竜殿』以外にも面白そうな場所があるんですよね。『霧の天空城』とか『アンリエッサの庭園』とか」


「ああ、どちらもダンジョンですね。観光地というわけではありませんけど……綺麗な場所だと聞いていますよ」


 いずれもゲームに登場したダンジョンである。

『虹色に煌めく彼方』はグラフィックにも定評があり、ダンジョンのデザインもとても精巧に作られていた。

 もちろん、ダンジョンというだけあって魔物の巣窟なのだが……その景色はかなり美しい。


(あの景色が現実で見られるというのなら、是非とも行ってみたいな……)


「距離は少し遠いですけど……『妖精の森』や『エーデルワイス大聖堂』、『古代都市カロテアス』などもお勧めのスポットですよ。まあ、どこも魔物が棲んでいるんですけど」


「へえ……面白そうですね!」


 レイナが両手を合わせて、華やいだ声をあげた。


「春休みと夏休みの楽しみが増えましたね! クラエル様、また泊まりで旅行に行きましょうね!」


「ああ……やっぱり、僕なんですね」


 あくまでも……頑ななほどに攻略キャラとは行かないのか。


(何というか……攻略キャラとの関係が進まないのは、親離れができていないことが理由な気がしてきた……)


 クラエルとしては責任を感じなくもないが……だからといって、無理に攻略キャラと付き合わさせるのも違うだろう。


(まあ、乙女ゲームの世界だからって無理に恋愛はしなくても良いか……レイナが幸せだったら、何でも良いよ)


「今度はちゃんと連れていってくださいね? 絶対ですよ?」


 レイナが可愛らしい笑顔で小首を傾げてくる。

 その顔はあざとさすら感じられるほど魅力的だったが……何故か、その笑顔にクラエルは背筋が冷える感覚を覚えた。


「今日は除け者にしたんですから、次はダメですからね?」


「……わかりました。わかったので、落ち着きましょうか」


 クラエルは詰めてくるレイナを宥めつつ、彼女の要望を全面的に受け入れるのであった。

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