第155話 部屋で休んでいましたが……!?

「お疲れ様です、お部屋の方へと案内いたします」


 枢機卿への報告を終えて、クラエルは廊下に出る。

 扉の外には若い神官が待っていて、クラエルを客室へと案内してくれた。


「今夜はこちらでお休みください。何かありましたら、ベルを鳴らしてくれたらすぐに参りますので」


「ええ、ありがとうございます」


「では、ごゆっくり……」


 丁寧に頭を下げて、若い神官が下がっていった。

 クラエルは部屋に入って、扉を閉めて……深々と溜息を吐く。


「やれやれ……今回はさすがに疲れた」


 カチャリと客間の扉に鍵をかけてから、クラエルは荷物を床に放り投げる。

 上着も脱ぎ捨てて、ベッドに仰向けになった。


「フー……本当にやれやれだな……」


 久々に全力で疲れた。体力も精神力もすっからかんだ。

 慣れない荒事。ギャングや魔物の群れと戦ったのだから当然である。

 やはり現実とゲームは違う。ゲームの世界であったのならば、何時間だってレベル上げのために戦い続けることができたのに。

 今のクラエルは小一時間ほどの戦いで、すっかり気力を使い果たしていた。


(しばらく、働きたくないな……一ヵ月間くらい引きこもって、ゲームでもやって生活したいくらいだよ……)


 しかし、残念ながらこの世界にはゲームはない。

 難しいことを忘れて、淡々とテトリスでもしたい気分だったのだが……改めて、異世界というのは不便である。


(ともあれ……これでギャングに狙われることも無くなったし、しばらくはのんびりと暮らせるかな?)


 カーマイン・イマリーがどうなったかは知らないが……次の手を打ってくるまでは準備の時間があるはず。

 シャインクロス神聖国のことは当分、気にしなくても良いだろう。


(これから起こるイベントは……何かあったかな?)


 乙女ゲーム『虹色に煌めく彼方』はどの男子を攻略するかによって、ストーリーが大きく変化する。

 レイナは今のところ、誰かを積極的に攻略しているという感じではなかった。


(そうなると……ノーマルルートか? 命の危険になるようなイベントはないはずだよな?)


 大小いくつかのイベントは起こるはずだが……今回の事件のような大きなことはあるまい。しばらくは安心していられるはず。

 もっとも、本来であればシャインクロス神聖国に狙われるというイベントもシナリオ後半に起こるものだったし、油断はしていられないが。


(もう、この世界でゲームのシナリオは通用しないのかもな……)


「……腹減ったな」


「あ、サンドイッチならありますよ。お茶も淹れますね」


「ありがとう…………は?」


 独り言に返事をされた。

 クラエルは驚いて、ベッドから跳ね起きる。


「へ、あ……れ、レイナ?」


「どうかしましたか?」


 すると……そこにはレイナがいた。

 レイナは不思議そうに首を傾げて、サンドイッチとお茶の準備をしていた。


「ど、どうしてここに? 鍵は……?」


「ああ、鍵ならかけてありませんでしたよ? ノックをしても返事がなかったので、勝手に入ってしまいました」


「あ……ああ、そうですか。それはすみません……?」


 ちゃんと鍵をかけたような気もするが……レイナがここにいるのだから、気のせいだろう。

 鍵をかけたつもりで、忘れている……たまにやってしまうおっちょこちょいだった。


「今日は巡礼に行っていたんですよね? どうでしたか?」


「どうって……そうですね、まあ、疲れましたよ。遠かったですし……」


「そうですか、それはお疲れ様です」


 レイナがお茶を淹れながら、クラエルのことを労ってくる。


「クラエル様は本当に立派な方ですね。教員の仕事もあってお忙しいのに……そのうえ、神殿の仕事も引き受けるだなんて。本当に頭が下がります」


「あ、あははは……」


 クラエルが作り笑いをする。

 レイナに嘘をつかなくてはいけないことが忍びない。

 だが……本当のことを言うわけにはいかない。心配をかけてしまうだけだ。


(今回の件は、攻略キャラも枢機卿も積極的に話はしないだろうし……お口にチャックだな)


「はい、お茶の準備ができましたよ。どうぞ、召し上がれ」


「いただきます……」


 クラエルはベッドから立ち上がって、テーブルに移動した。

 嘘をついている気まずさから視線を逸らし、クラエルは紅茶とサンドイッチを口に運んだ。


「…………♪」


 そんなクラエルの横顔をジッと見つめて、レイナは幸福そうに微笑んでいるのであった。

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