第154話 枢機卿に報告します
巡礼地での一騒動を終えて、クラエルは大神殿へと戻ってきた。
休む間もなく枢機卿のところを訪れて、起こった経緯について報告する。
「……と、いうわけですね」
「なるほど……つまり、聖女様を狙っているギャングを殲滅できたということですね?」
クラエルの報告を受けて、枢機卿であるディレット・ホーストは執務机の上で両手を組んで頷いた。
「無事に終わって何よりです。聖バーンも怪我はありませんかな?」
「ええ、問題ありませんよ。事前に十分に準備はしておきましたから」
「なるほど……」
枢機卿が溜息混じりにつぶやいて……呆れとも感心ともつかない目をクラエルに向けた。
「……何ですか、その目は」
「いえ……君は何というか、想像以上に多芸のようですね。聞いていますよ、学園では神学だけに留まらず、音楽まで教えていると。おまけに戦闘までこなすことができるとは……あの巡礼地の地下にいる魔物はそれなりの強さだったはずだが……?」
「ああ、地下のダンジョンのことは知っていたんですね」
「当然ですな……もっとも、地下に降りるための合言葉は限られた人間しか知らないはずなのだがね……」
「あ……」
しまった。うっかりしていた。
考えても見れば……公開されていない合言葉を知っているのは不自然だ。
どう言い訳したものかとクラエルが悩むが……枢機卿が首を振った。
「まあ、いい。貴殿にも色々と事情があるようだし……詮索はしないでおこう」
「た、助かります……」
「君は本当に不思議な男だな……もしかして、本当に聖女を導くために遣わされた御使いだったりするのかな?」
「……さあ、どうでしょうね」
クラエルが肩をすくめる。
実際、クラエルがレイナと出会ったのは運命的だ。
もしかすると……超常的な力を持った何者かの意図があるのかもしれない。
「とにかく……今回は助かりましたよ。テンプルナイトを貸してくれたおかげで、逃がすことなく連中を捕らえることができました」
「礼はいらない……君を危険な目にさらしてしまったことについては、私にも責任がありますからな」
「聖人認定のことですか?」
「…………」
枢機卿が渋面になる。
クラエルが聖人として認定されなければ、狙われることはなかったかもしれない。
「……やはり。最初から、俺は囮だったんですね?」
「……すまないと思っているよ」
クラエルの言葉を枢機卿が否定することなく受け止める。
クラエルは疑問に思っていた……どうして、自分が聖人認定を受けたのか。
レイナを育てて、教育したことは功績である。
だが、歴史上そう人数もいない聖人として祭り上げられるほどのことだろうか?
「神聖国の介入もあったかもしれませんが……俺を聖人とすることで、敵の狙いを分散させるのが目的だったということですか」
実際、ギャング達はレイナよりもクラエルの方を狙ってきた。
レイナは女性であるが、大神殿で寝泊まりしており、通学時にはテンプルナイトが護衛をしている。
一方で、クラエルは学園の寮内に生活しているとはいえ……周囲に護衛はおらず、学外におびき出すことができれば狙いやすい。
「ああ、別に怒っていませんよ。むしろ……感謝しています」
自分が目くらましとなることで、レイナの安全が確保できたのなら喜ばしいことである。
むしろ、知らない場所でレイナがギャングに狙われていたと思うと、ゾッとさせられてしまう。
「今後もレイナのことを第一に考えてください。そのためなら、僕のことなんて使い潰してもらって構いませんからね」
「一応、言っておくが……君を聖人にしたのは聖女の盾にするためだけではない。まあ、それも理由の一つではあるがね」
「どういう意味ですか?」
「君は聖人になった。そして……今回、聖女を狙っている多くのならず者を牢に繋がせたことも立派な功績となる。君の『格』は上がる一方ということだ」
「…………?」
何を言いたいのか、意味がわからない。
クラエルが首を傾げると……枢機卿が苦笑をする。
「外堀を埋められているという意味ですよ。まあ、気づいていないのならば構わないがね」
「はあ?」
「今日は下がってくれて構いませんよ。今日くらいは寮ではなく、大神殿に泊まっていくと良い」
「……わかりました。ご厚意に甘えさせてもらいましょう」
今から、学園の職員寮に戻るのも
寝床を用意してくれるというのであれば、素直に甘えることにしよう。
「それでは、失礼いたします」
クラエルは頭を下げて、枢機卿の執務室から出ていった。
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