第153話 夢に出るそうです
「やはり、所詮は無法者ですね。神から見放された無神論者共などアテにはできませんでしたか……」
ギャング達がやられている一方で、黒幕であるシャインクロス神聖国の司教……カーマイン・イマリーは国境を越えようとしていた。
王宮にいるスパイの報告により、すでにギャング達が捕まっていることについて報告を受けている。
ギラエルという名前の仲介人からの連絡も途絶えた。
カーマインは早々にこの国での陰謀を切り上げて、シャインクロス神聖国に帰還しようとしていた。
国境の峠を馬車で進んでいるカーマイン。
お忍びの入国のため、共は少ないが……それでも、馬車の周囲には騎馬に乗った護衛が数人ほどいる。
「……誘拐というやり方は通用しないようですね。次は別の手で行きましょうか」
失敗してしまったカーマインであったが……彼はいまだに、レイナやクラエルを手に入れることを諦めてはいなかった。
今回はたまたま上手くいかなかったが……次は大丈夫に決まっている。カーマインは根拠もなく、そんな自信があったのだ。
(私は選ばれた人間ですからねえ。シャインクロス神聖国が司教の家に生まれた人間。選ばれた存在。その私が間違っているわけがないではありませんか。神に選ばれた存在である私は最後には必ず、成功を手にするのですよ)
自分は神に選ばれている。
だから、何をしたって許される。悪くない。
最後には全てを手に入れる……そういう星の下に生まれている。
そうでなければいけない。そうに決まっている。
そのことがカーマインの自信の源になっているのだ。
「……そうだ、次はハニートラップでも仕掛けてみましょうか」
クラエルという男は少し前に、様々な女性に見合いを申し込んでいたという。
レイナという聖女も所詮は女。見目麗しい男をあてがえば、すぐに転ぶに決まっている。
「道具は道具らしく、大人しく従っていれば良いのです。聖女も聖人も、私のような聖職者に使われてこそ価値があるのですから……」
カーマインが狐に似た狡猾な顔でニチャリと笑う。
諦めることなく、その脳裏でいくつもの計画を思い浮かべて。
「そこの馬車、止まれ!」
「ぬあっ……!」
しかし……乗っていた馬車が急停車する。
ちょうど、シャインクロス神聖国につながる国境を超えた辺りである。
急に停車したことで、カーマインは思わず馬車の座席から転がり落ちてしまった。
「な、何事ですか!? この玉体に怪我があったらどうするのです!?」
カーマインが怒りに任せて叫んだ。
自分のような神に選ばれた人間が怪我をしたら、どうするというのだ。
「も、申し訳ございません。その……神殿の兵士が……!」
「ハア?」
カーマインが眉をひそめる。
神殿の兵士がどうしたというのだろう……疑問に思っていると、馬車の扉が外から開かれた。
「カーマイン・イマリー司教で間違いないな?」
「な、貴様……無礼ですよ……!」
「外に出ろ! これは神命である!」
馬車に入ってきたのは、神聖国のテンプルナイトだった。
自国の騎士によって、カーマインは馬車の外に引きずり出されてしまう。
「グアッ……き、貴様! こんなことをして、タダで済むとでも……!?」
カーマインが唖然として目を見開いた。
馬車の外には十数人のテンプルナイトがいて、カーマインのことを取り囲んでいる。
護衛は全員、拘束されており……テンプルナイト達の表情は厳しい。まるで罪人を見るような顔をしていた。
「拝聴せよ。これより、神の代理人たる教皇猊下よりの命を伝える!」
「ッ……!?」
カーマインが言葉を失う。
宗教国家であるシャインクロス神聖国において、教皇は神の代理人とされている最高権力者だ。
当代の教皇は若くて、それほどの政治的権力はないが……その雷名の効果は絶大。
由緒ある司教の家系であるカーマインでさえ、その言葉を遮るわけにはいかなかった。
「カーマイン・イマリー司教はセインクル王国内部において、無法者共と結託。かの国の要人を誘拐しようとした容疑がかかっている。これにより、司教の地位を剥奪。罪人として連行することとする!」
「なっ……ば、馬鹿な!」
あり得ない……自分がやったことがバレていた。
「ま、待ちなさい! その容疑はデタラメです!」
「デタラメ? 教皇猊下の言葉を疑うということは、神の言葉を否定することである。それを理解したうえで言っているのか?」
「そ、そういうわけでは……いや、しかし……」
カーマインは顔を青ざめさせる。
しかし、罪を認めるわけにはいかずに必死になって抗弁する。
「わ、私は事情があってこの国に留まっていただけで……その、無法者の付き合いなどはまったく……」
「ないと申すか?」
「しょ、証拠はあるのですか……?」
「証拠はない……だが、お前がやったことを大勢が見ている」
「は……?」
カーマインがパチクリと瞬きをした。
見ていると言われても……そんなことがあり得ないことは、カーマインもよく知っている。
いざという時に誤魔化せるように、カーマインは神聖国に帰国したフリをして、セインクル王国内に隠れ留まっていたのだから。
「神託だ。シャインクロス神聖国にいる多くの神官……教皇猊下を含めた大勢が夢を見た。貴様がギャングを集めて指示を出している夢だ」
「なっ……!」
「聖人クラエル・バーン、聖女レイナ・ローレルの二人を拉致しようとしていたようだな? 皆、その場面を見ていたぞ?」
「そ、そんな馬鹿な……」
自分の悪事を夢で見ていたなんて……そんな馬鹿なことがあって良いものか。
カーマインにとっては、この状況こそがまさに悪夢である。
「ゆ、夢なんて証拠になるわけが……」
「本来であればならぬだろう。だが、百人以上の人間がまったく同じ夢を見ているのだ。これを神託と言わずに何とするか」
テンプルナイトがカーマインを縄で縛った。
屈強な男達によって、細身のカーマインはなすすべもなく拘束される。
「裁判の用意はできている。神聖国の司教の立場でありながら、それを汚すことをしたのだ。覚悟しておくことだな」
「そんな……!」
カーマインは愕然とした。
自分は選ばれた人間。神に愛された人間のはず。
罪を犯しても……たとえば、人を殺しても女を強姦しても、その権力があれば揉み消せるはずなのに。
まさか……そんな自分が夢などという曖昧なものによって、罪に問われるというのか。
「クソ……クソクソクソクソオッ! クソがアアアアアアアアアアアアアアッ!」
テンプルナイトによって引きずられながら、カーマインは罵倒の叫びを上げる。
〇 〇 〇
「くまー」
そんなカーマインを天空から見下ろして。
天使の羽を生やしたムキムキマッチョのクマが、一仕事終えた顔で満足そうに頷いた。
カーマイン・イマリーは神聖国において、それなりの権力者である。
行方不明になったり、死んでしまったりしたら、それなりに大勢の人間が動くことになる。
そこで……クマ天使は神託として神聖国内にいる不特定多数の人間にカーマインの悪事を夢として見せて、神聖国の手によって捕まえさせたのである。
これにより、カーマインという敵を排除。
さらに、神聖国内にいる野心を持った人間に『レイナ(クラエル)は守られている』と知らしめることができた。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「くまくま」
叫んでいる男に皮肉そうに笑って、クマ天使は目にも止まらぬ速度でどこかに飛んでいったのであった。
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