第151話 聖女からは逃げられない
「そもそも……おかしいだろ。お前、どうして俺の居場所がわかったんだよ」
ギラエルが脂汗をにじませながら、チロリと唇を舐める。
こうなった以上、レイナと戦わないという選択肢はない。
できるのならば避けたかったが……避けられないのなら、殺るだけだった。
「俺はよお、用心深いんだ。今回の依頼を遂行するにあたって……色々といわくつきの品を集めてきたんだぜ?」
ギラエルが懐からナイフを取り出した。
そのナイフからは凶々しいオーラが放たれており、まるで人間の悪夢を凝り固めたようである。
「例えば……このナイフ。これはかつて、『処女殺し』と呼ばれた殺人鬼が持っていたナイフだ。何人もの罪のない乙女を引き裂いて殺したこのナイフには、被害者の怨念がこびりついている。持っているだけで震えるような品だが……アンタのような聖なる存在には
「…………」
ギラエルの言葉にレイナは答えない。
透き通った翡翠色の瞳で、真っすぐにギラエルを見据えている。
「他にも呪いの品は山ほどある。アンタや聖霊、後は天使とか呼ばれる存在に見つかるわけがねえんだよなあ。俺は呪いで武装することで、神様から見放されているわけだからよ。それなのに……何で見つかっちまったかなあ?」
「長いです」
レイナがようやく口を開き、キッパリと言う。
「遺言が長くて聞いていられません。自害をするのならさっさとしてください」
冷たい言葉。
慈悲深く、穏やかな聖女の言葉とは思えないセリフである。
それはまさしく、『
ギラエルはとうに神聖なる彼女の逆鱗に触れてしまっており、
「冥途の土産というものが欲しいのならお教えしますが……ここは巡礼地。聖なる土地です。神聖な気が満ちているからこそ、貴方のような邪悪な存在が際立ってしまうんですよ」
「あー……なるほど。しくったわ。呪いの武器を持っていることが悪手だったわけな」
「知りたいことを知れましたか? 良かったですね。それじゃあ、さっさと……」
「これで容赦なく殺せるよなあ!」
レイナの言葉を切って、ギラエルが叫ぶ。
次の瞬間……レイナの足元の地面が爆ぜて、そこから黒い鎖が現れる。
ナイフと同じく、見ているだけで寒気がするような邪悪なオーラを放っている鎖だった。
「縛り上げろお! 『聖女堕とし』!」
それはかつて、一人の堕ちた司祭が生み出した拘束具だった。
とある聖女に対して歪んだ欲望を抱いてしまった司祭は、道を踏み外して呪いに手を染めた。
神を信じる敬虔な信者を地下室に閉じこめて甚振り、その血を塗りつけることにより、聖女を捕らえることができる呪いのアイテムを生み出したのだ。
それが『聖女堕とし』。
聖なる加護を得た存在を地に引きずり落として、凌辱する邪悪なる鎖である。
「!」
レイナの身体に鎖が巻きついた。
白い法衣に包まれた柔肌に鎖が食いこんで、身体の凹凸を強調させる。
『聖女堕とし』は聖女を捕らえるための道具。聖女が持っている神聖な力を打ち消すものだった。
「ヒャハアアアアアアアアアアアアアッ! 死にやがれエエエエエエエエエエッ!」
ギラエルが絶叫しながら、ナイフを手にして地を蹴った。
クラエルは最後まで気がつかなかったが……実のところ、ギラエルはゲームに登場した敵キャラの一人である。
『ギラエル』という本名ではなく、『呪われし邪神の使徒』などという名称だったため、気がつくことはなかったが……中盤で登場するボスキャラだったのだ。
『呪われし邪神の使徒』はレイナをその鎖によって拘束して誘拐し、攻略キャラであるエリック達と対決をするのだ。
「ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
目を血走らせながら、ギラエルがレイナに肉薄する。
聖なる存在に特攻を持ったナイフが、レイナの胸に突き刺さり……。
「へ……?」
……そうになるが、次の瞬間には粉々に砕け散った。
「……つくづく、愚かな人ですね。貴方は」
レイナが呆れるようにつぶやいた。
まるで蜘蛛の糸を掴むことができなかった亡者を見下ろす、天上の聖人のように。
「こんな物で私を縛れるわけがないでしょうに……慈悲をかけるに値しないという人間はいるものなのですね」
すぐに鎖がバラバラになった。
レイナが鬱陶しそうに、身体についた破片を払い落とす。
「馬鹿な……有り得ねえ!」
ギラエルが飛びのいてレイナから距離を取り、目を剥いて叫んだ。
殺したと思った。勝ったと思った……それなのに、レイナの身体にはかすり傷もついていない。
「ふざけんなよ! 聖者を殺すナイフだぞ! 聖女を貶める鎖だぞ! 話が違うじゃねえかよお!」
理不尽を嘆き、怒鳴り散らすギラエルであったが……それは当然の結果だった。
呪いのアイテムは聖なる力を打ち消すことができる。
だが……考えてみてもらいたい。
水は火を消すが、コップ一杯の水で山火事を消すことができるのか?
火は氷を溶かすが、マッチ一本の炎が氷山を融解させることができるのか?
答えは『否』である。
呪いは聖女の力を相克するが……それはあくまでも相性の問題でしかないのだ。
「私の力を消せるほどの呪いではなかった……それだけのことです」
「ふざけんなあっ! やってられっかよオオオオオオオオオオッ!」
ギラエルが背中を向けて、逃げ出した。
やはり……ギラエルの予感は間違ってはいなかった。聖女レイナと戦ってはいけなかった。
(こんなことなら……クラエルになんて手を出すんじゃなかった!)
ギラエルのミスはそこである。
レイナの危険性に気がついたのであれば、脇目も振らずに逃げるべきだった。
レイナを避けてクラエルを狙えば良いなど、小賢しい手段をとるべきではなかったのである。
「……神の慈悲がいらぬというのであれば、その通りにさせていただきましょう」
逃げるギラエルの背中に、最終宣告が告げられた。
「なっ……!」
少しでもレイナから距離を取ろうとするギラエルであったが……前方に突如として、大きな金属の扉が現れた。
回避するよりも先に扉が開いて、そこから無数の腕が伸びてくる。
「何だアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
関節を無視して長く伸びる腕により、ギラエルが捕まってしまう。
細い老人のような腕はそのままギラエルを扉の内側に引きずり込み、深淵の暗闇に取り込んでいく。
「何だ! 俺をどこに連れていきやがるっ!?」
「地獄ですよ」
レイナが答える。
どこまでも興味なさそうな口調で。
「天国に行きたくないというのなら、別の場所を用意して差し上げました。本当は私の管轄外なのですが……特別ですよ」
「~~~~~~!」
ギラエルが絶叫するが、喉を掴まれ、口の中にまで手を突っ込まれて声が出せなくなる。
そして……そのまま扉の向こうに消えていき、金属の扉が閉じられた。
「フッ……」
消えていく扉を見送って……レイナはそっと溜息を吐いた。
「……クラエル様の活躍を見逃してしまいました。ああ、早く続きを見ないと!」
レイナは胸元から手鏡を取り出した。
その鏡は覗き込んだレイナの顔を反射することなく、この場に無いはずの光景を映し出されている。
「ああ……もう終わってしまっていますね。後から見返すことはできますけど、リアルタイムで見られなかったのはショックです……」
鏡に映し出された人物……クラエルの姿を見て、レイナは困ったような表情になった。
その頭からはすでにギラエルのことは消えており、クラエルのことでいっぱいになっていたのである。
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