第148話 ギャングもリザードマンも倒します

 クラエルが放った魔法……『タイダルウェイブ』は水属性の攻撃魔法の中でも、特に強大な威力を持った上位魔法である。

 広範囲に放たれた大水がスキンヘッドのギャングを呑み込み、背後にいたリザードマンもろとも押し流す。


「よし……片付いたな」


 クラエルが額に汗を流して息を吐く。

 以前、同じ魔法を使用した時には魔力を使い果たして失神してしまった。

 しかし、聖人認定されて魔力が上昇していたこともあって、今度は意識を保つことができたようだ。


「敵は……あらかた、倒せたみたいだな」


 強敵を倒して、すぐにクラエルが周囲に視線を滑らせる。

 すぐ近くに敵はいないことを確認して、ポケットから取り出した魔力ポーションに口を付けた。

 一息に小瓶の液体を飲みほすと……魔法発動によって減少していた魔力が回復される。


「バーン先生、大丈夫ですか?」


 エリックが小走りで駆けてくる。

 少し離れた場所で戦っていた攻略キャラ四人であったが……誰一人として欠けることはなく、目立った怪我もなさそうだった。


「問題ありませんよ。そちらも大丈夫なようですね?」


「当然ですよ。私達は訓練を積んでいますから、無法者や魔物なんかには負けません」


 エリックがわずかに息を切らしながら、それでも自信満々に断言する。

 わざわざ、おとり作戦を提案してきただけのことはある。エリックは王太子でありながら、かなりの強さを持っていた。

 斧を持ったリザードマンが横から攻撃してくるが、危なげなく捌いて相手の首を斬り落とす。


「フッ……そんな不意打ちでやられる私じゃありませんよ!」


 得意げにポーズを決めるエリックであったが、そんな彼の姿にクラエルが目を細める。


(冷静に考えると……仮にも王子、次期国王がこんな地下で何やってるんだろうな)


 常識的に考えるとあり得ないことである。

 王太子がおとり作戦の護衛という危険な任務を自らこなして、命を落としてもおかしくない壮絶な戦いに身を投じているのだから。


(まあ、やっぱりゲームって話だよな……現実だったら、長年の付き合いの令嬢と婚約破棄して会ったばかりの女性に乗り換えるとか有り得ないし)


「よっしゃあ! 勝利間近、ガンガンいくぜえ!」


「次は貴方です! アイシクルエッジ!」


「油断しないでいくよー! レイナお姉ちゃんのためだっ!」


「ウギャアアアアアアアアアアアアアッ!?」


「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」


 ギャングもリザードマンもほとんどが倒された。

 残っている敵はあとわずか。勝利は間近であった。


「クッ……こうなったら、撤退だ!」


 残っていたギャングの一部が逃走を始める。

 彼らはふところから緑色のクリスタルを取り出して、地面に叩きつけた。モクモクと緑色の煙が出てきて彼らの身体を包み込む。

 次の瞬間には、ギャング達の姿が掻き消えていた。


「アイツら……逃げたのか!」


 エリックが叫んだ。

 ギャングが使用したのはダンジョンから脱出するためのアイテムだった。


「ここで一網打尽にするつもりだったのに……まさか、ここで逃がしてしまうなんて!」


「落ち着いてください。エリック殿下」


 悔しそうに叫ぶエリックに、クラエルが声をかける。


「あのアイテムではダンジョンの外に出ることしかできません……そして、外にはすでに手配が回っているはずです」


「……そうでしたね、取り乱してしまいました」


 エリックが肩を大きく上下させて、深呼吸をする。

 冷静さを無くしていたエリックが自らを恥じるように首を振った。


「外のみんな、上手くやってくれていると良いのですが……」


「信じましょう。彼らのことを」


「ギャウッ!」


 言いながら、クラエルが再び『蒼月のリング』を発動させる。

 水の刃がリザードマンを斬り裂いて、固く冷たい石の床に沈めたのであった。

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