第144話 聖女は追及している
「クラエル様、どうかしましたか?」
「え……な、何がですか?」
とある放課後。王立学園の聖堂にて。
その日の授業の後片付けをしていたクラエルに、レイナが急に訊ねてきた。
いつもならば放課後は大神殿に帰り、聖務につくはずのレイナであったが……今日は仕事がないため、クラエルがいる聖堂にやってきていた。
資料の片付けやら掃除やらを手伝ってくれていたのだが……急に探るような目を向けてきたのだ。
「いつも通りだと思いますけど……えっと、どこかおかしいところがありましたか?」
「いえ……おかしいところはありません。クラエル様は今日も素敵です」
「……ありがとう」
「ただ……うわの空で考え事をしているように見えたもので。何かお悩みですか?」
「いえいえ、別に悩み事とかはありませんよ」
悩み事はない。
あるのは、隠し事だけである。
クラエルは近いうち、『白の奉竜殿』に巡礼に行く計画を立てていた。
毎年、この時期に神殿の代表者がそこに祈りを捧げに行くことになっているのだが……クラエルは枢機卿に願い出て、あえてその御役目を引き受けようとしている。
『白の奉竜殿』に行くのは神殿の代表。敬虔で優れた神官と決まっているが……聖人であるクラエルであれば、条件を満たしていた。
(ゲームではレイナが行くことになって、攻略キャラと一緒になってダンジョンを攻略するんだよな……まさか、俺が攻略キャラと一緒に行くことになろうとは)
まだ決定ではないものの……枢機卿としても、クラエルが自分で行きたいと願い出たのであれば拒む理由はない。
おそらく、クラエルがそこに行くことに決まるだろう。
(レイナには内緒にしてくれるように頼んでおいた。枢機卿としても、レイナが危険に飛び込むのは好ましくない。テンプルナイトを貸してくれることになったし、願ったり叶ったりだな)
敵はこの国のギャング、そして……彼らを操っている黒幕。
味方は攻略キャラとテンプルナイト、エリックが集めた一部の騎士。
貴族や騎士団の中にギャングに内通している人間がいる可能性もあるため、信用できる少数精鋭で固めている。
(今回は敵を逃がさないことを目的にしているからな……意図的に流した情報を得たギャングは先に入って待ち伏せするか、後から追いかけてくるか、あるいはその両方。ネズミが檻に入ってから、確実に蓋を閉じて……)
「クラエル様!」
「わっ!」
「ほら……また考え事をしていましたね。本当にどうしたんですか?」
いつの間にか、レイナがすぐ目の前にやってきていた。
数センチ先にあるレイナの顔に、クラエルが慌てて後ずさる。
「あー……すみません。ちょっと授業のことを考えていました。神学だけでなく音楽の担当も兼任することになったので、考えることが多くって……」
「ムウ……」
レイナが可愛らしく頬を膨らませる。
クラエルが嘘をついていることを見抜いているのか、無言で見つめてくる。
「ウッ……」
視線の圧力に押されるクラエルであったが……レイナがこのことを知れば、確実にクラエルに付いてくるはず。
そうなれば、レイナを危険な目に遭わせかねない。
レイナが強いことは知っている。クラエルよりもずっとずっと。
(だけど……だからといって、いたずらに危険に巻き込んで良いわけじゃないよな)
ましてや、今回の一件には兄であるギラエルが関わっている。
身内の不始末によってレイナが危険な目に遭うなど、許しがたいことだった。
(今回はレイナ抜きで片付ける……不肖の兄の尻拭いをするのも、弟としての役目だろう?)
「…………」
「…………」
クラエルは見つめてくるレイナの瞳をジッと見つめ返した。
「クラエル様……」
そして……レイナがそっと目を閉じた。
頬を染めて顎をわずかに逸らし、桜の花びらのような唇を近づけてくる。
クラエルもまたレイナにそっと顔を近づけて……。
「いや、しませんけどっ!?」
キスなどするわけがなかった。
親子兄妹みたいなもの。そして、教師と生徒である。
学校内であろうとそうでなかろうと、不健全なことなどするわけがない。
「ああ……ダメでしたか……」
レイナが残念そうに舌を出す。
大人を揶揄わないで欲しいとクラエルは肩を落とす。
「まったく……レイナ、君はもうちょっと自分の魅力を自覚した方が良いですよ……」
レイナのような絶対的美少女がキス待ち顔みたいなことをしていたら、家族や教師であっても暴走しかねない。
クラエル自身、あと一歩だったような自覚があった。
「……まあ、良いです。これ以上は追及しないでおきます」
レイナが残念そうに肩をすくめて、クラエルに微笑みかける。
「お願いですから、怪我とかはしないでくださいね? 約束ですよ?」
「ええ……約束しますよ」
怪我をするつもりはない。
絶対的に、圧倒的に勝利して、自分とレイナを狙う連中を叩き潰してみせる。
(俺はレイナに守られるだけのヒロインじゃない……たまには保護者らしいところを見せてやるよ!)
クラエルは決然と頷いて、レイナの微笑みに答えたのであった。
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