第3話 ヒロインとお風呂に入ります

 クラエルとレイナは一緒に夕食を摂った。

 温かな食事、二人きりの団欒をひとしきり楽しんでから、入浴の時間がやって来る。

 マジックアイテムを使って沸かしたお湯にゆっくり浸かり、温まってもらおうとしたのだが……レイナが首を振った。


「お、オフロですか? その……入ったことがないんです。怖い……」


 風呂に入って身体の汚れを落としてもらおうと思ったのだが、レイナは子犬のようにプルプルと震えて入浴を嫌がっていた。

 この世界では入浴はそれなりに裕福でなければできないもの。

 庶民は井戸水で身体を洗うくらいしかできないのが現状だった。


「井戸を貸してもらえるなら、そこで水を浴びますから大丈夫です」


「うーん……春先とはいえ、まだ井戸で水浴びは寒いですよ。できればお風呂に入ってもらいたいんですけど……」


 とはいえ、一度も入浴したことがないのに一人で入れというのも酷な話である。

 この問題を解決する最適解が一つあるのだが……それを選ぶには躊躇いがあった。


(俺が一緒に入浴する? 十歳の女の子と?)


 十八歳の青年と十歳の少女。

 犯罪の臭いがエグイ状況である。

 ここが日本であったのならば、条例違反でおまわりさんを呼ばれる案件だ。


(とはいえ……他に手段がないのも事実だよな。このまま放っておくわけにもいかないし……)


 レイナの身体は全身が汚れており、服もボロボロだ。

 本来は美しい銀色であるはずの髪もくすんで灰色になっている。

 身体を洗わせないという選択肢はなかった。


「あの……司祭様が一緒に入ってくれるのなら、オフロ、します……」


「うっ……」


 レイナの方からそう切り出してきた。

 いよいよ逃げ道を塞がれてしまい、クラエルがうめく。


「ご、ごめんなさい……私みたいな汚いのと一緒にオフロなんて、嫌ですよね……ごめんなさい……」


「い、いえいえ! そんなことは断じてありません!」


 悲しそうな顔をするレイナに、クラエルは慌てて声を張り上げる。


「一緒に入りましょう。大丈夫です、僕がお風呂の使い方を教えてあげますからね!」


「はい……あの、よろしく、お願いします……」


 結局、一緒に入浴することになってしまった。

 脱衣所にいった二人は服を脱いで、一糸まとわぬ姿になる。

 罪悪感がものすごいが……レイナの裸身を見た途端、そんな感情が消え失せた。


「これは……」


「司祭様?」


 裸のレイナが不思議そうにクラエルの顔を見上げてくる。

 レイナの身体には無数の傷痕があった。

 新しいものから古いものまで……どれだけの間、暴力を振るわれてきたのだろう。

 殴ったと思われるアザ、鞭で打ったような傷。タバコを押しつけられたような火傷の痕。

 明確な虐待の痕跡。レイナがいかに凄惨な環境にいたかをマジマジと見せつけられる。


「…………ヒール」


 クラエルが唇を噛んで治癒魔法を発動させた。

 レイナの身体が緑色の柔らかな光に包まれる。

 白い肌に刻まれていた傷が残らず消えた。

 汚れはなくならないし、肌質も良好とはいえないが……傷の無い白い肌に変わる。


「司祭様、私の身体……ジクジクがなくなりました」


 レイナが先ほどまで傷だらけだった肌に触れて、翡翠色の瞳を瞬かせる。


「ずっとジクジク痛かったんです。だけど、すごく楽なんです……おかしくなってしまったんですか?」


「いえ……それが普通ですよ。怖がることは何もありません」


 クラエルは痛ましさに歪みそうになる顔にどうにか笑顔を浮かべて、優しく言う。


「痛いのが当たり前なんて、そもそもがおかしかったんです……さあ、お風呂に入りましょう。こっちに座ってください」


「……はい」


 レイナをバスチェアに座らせて、浴槽のお湯をゆっくりとかける。


「はう……」


「熱かったですか?」


「いえ……だいじょうぶ、です。たぶん……?」


 一度も入浴をしたことのないレイナは未知の感覚に戸惑っているようで、身体を縮こませてされるがままになっている。

 何度かお湯をかけて、髪や身体にこびりついた汚れを落とす。

 タオルでしっかりと肌を磨くと、スベスベとした肌が現れた。

 栄養状態が悪いせいで玉のようなとはいえないものの、これから改善されるだろう。

 虐待の痕が痛まし過ぎて、年端もいかない少女と入浴している罪悪感が消えたのが不幸中の幸いである。


「はい、綺麗になりましたよ」


「これが……わたし……?」


 壁に付けられた鏡を目にして、レイナが瞳を限界まで見開く。

 鏡の中には、整った少女の顔があった。

 長い前髪が顔を隠してしまっているが十分に可愛らしくて、美少女の片鱗がうかがえる。

 まるで大粒のダイヤの原石。

 乙女ゲームのヒロイン、いずれ聖女として人々に崇められる美少女がそこにはいた。


「可愛くなりましたね。これが本来の貴女ですよ」


「かわいい、ですか? 私が……?」


「はい。とても可愛らしいです」


「ッ……!」


 鏡の中の美少女がクシャリと泣きそうな顔になった。

 本当に泣き虫な子である。

 クラエルは苦笑しつつ、レイナの身体を抱きかかえて湯船に入れた。

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