第2話 ヒロインとご飯を作ります

 泣きじゃくっているレイナを一時間近くもかけて宥めて、ようやく泣き止ませることに成功した。

 その頃にはすでに日が暮れかかっており、窓から夕陽が差し込んでいる。


「とりあえず、今日は……いえ、今日から神殿に泊まっていった方がいいですね」


 家に帰したところで、養父母から虐待されるだけである。

 もうレイナをあの場所に帰すつもりはない。このまま神殿で引き取って、ここで暮らしてもらうつもりだ。


「で、でも……帰らないとお父様達が……」


「心配する……ですか?」


「い、いえ……その……」


 心配なんてするわけがない。

 レイナが勝手に外泊したとしても、あの父母は気にはしない。

 せいぜい、家事の手伝いをさぼったことを咎めるくらいだろう。


「あう……」


 レイナも父母が自分を案じていないことをわかっているようだ。スカートを掴んでうつむいてしまった。


「君が悪いんじゃありません。そんな顔をしないでください」


「あ……」


「お家のことは気にしないでください。僕が何とかしますから」


「司祭様……」


 頭を撫でると、レイナがまた泣きそうな顔になった。

 先ほどのように号泣されてしまっても困る。

 頭ナデナデはこれくらいにしておいて、ご飯にすることにした。


「それじゃあ、夕食の準備をしますね。嫌いな物はありますか?」


「な、ないです……あ、私もお手伝いする、します……!」


 レイナが必死な様子で言ってくる。

 別に手伝いは不要だが、断るのもかえって気を遣わせてしまうだろう。


「それじゃあ、お願いします」


「はいっ! 頑張りますっ!」


 レイナが両手に握りこぶしを作って、「ムッ!」と気合を入れる。

 クラエルとレイナは厨房に移動して、夕食の準備を始めた。


「夕食のメニューですけど…………あ」


 献立を考えていてふと気がついたが、レイナにアップルパイを食べさせたのは良くなかったかもしれない。

 飢えている子供に固形物を食べさせるなんて、どう考えても胃に良くない。

 お粥や重湯などの消化しやすい物から胃を慣れさせておくべきだった。


「えっと……レイナさん、お腹は痛くありませんか? 吐き気がするとかないですか?」


「え? 大丈夫ですけど……」


 レイナがクラエルを見上げて、不思議そうにパチクリと瞬きをした。


「私、よくお庭に生えている草とか剥がれた木の皮とかも食べてますから、お腹は丈夫です。何だって食べられますよ?」


「そ、そうですか……」


 当たり前のように重めの不幸エピソードが飛び出してきた。

 レイナのお腹は大丈夫なようだが、代わりにクラエルの涙腺が決壊してしまいそうだった。


「そ……それじゃあ、大丈夫ですね。手伝ってもらえますか?」


「はいっ!」


 レイナが元気良く返事をする。

 レイナは大丈夫だと言っているが……念のため、今夜の夕食はお腹に優しい物にしておこう。


(麦粥と野菜スープでいいかな……ちょうど材料もあるし)


 一人暮らしのため買い置きの食材が少ないのだが、この献立だったらどうにか足りるだろう。


「それじゃあ、野菜を洗ってもらえますか?」


「わかりましたっ、洗ったら皮も剥いておきますねっ!」


 レイナが桶に入れた水で野菜を洗う。

 洗い終わったら、果物ナイフで手際よく皮を剥いていく。

 刃物を持たせていいのか心配していたのだが……杞憂だったようである。

 普段から父母の下で家事を手伝わされていたのだろう。とても手際が良い。


(むしろ、包丁さばきは俺よりも上手いんじゃないか……?)


「できました。このまま切っておきますね」


「……ああ、お願いします」


 レイナばかりに任せてはおけない。

 クラエルは鍋に麦と水を入れて加熱する。

 やや水を多めに入れて麦を柔らかめに煮て、塩で味付け。といた卵を落としてかき混ぜる。

 別の鍋を沸騰させて、小さめに切ってもらった野菜を投入。


(胃の調子が悪いときにはキャベツや白菜、ニンジン、カブなどは食物繊維が少なくて消化しやすい。味は薄めにしておいて、食べ物の吸収を助けるために生姜を入れて……)


「よし、これで完成です」


 特にアクシデントが起こることもなく、夕食が完成した。

 前世では生涯独身だったが……自炊していたおかげで料理は一通りできるのだ。


「それでは、リビングに運んでください」


「はいっ!」


 レイナがニコニコの笑顔で返事をした。

 同時に、お腹が「クー」と可愛らしく鳴いて空腹を訴える。

 アップルパイを食べたばかりだというのに……本人が宣言した通り、丈夫なお腹だった。


「あう……」


「元気が良くて結構なことです。お腹も喜んでくれているようで良かった」


 恥ずかしそうに顔を赤くするレイナに微笑みかけて、クラエルは二人分の料理と食器をリビングに運んだ。


「神に感謝をして、いただきます」


「いただきますっ!」


 司祭としては食事の前に神に祈りを捧げるべきところだが……レイナが口の端からヨダレを垂らしていたので、略式の祈りにしておいた。

 クラエルがスープに口を付けると、レイナも焦った様子で食べ始める。


「あむっ、んぐっ、むしゃむしゃ……!」


「落ち着いて。ゆっくり食べなさい。料理は逃げませんよ」


「あいっ!」


 返事は良いが、フォークとスプーンの勢いはいっこうに収まらなかった。


(そういえば……ゲームでもテーブルマナーを注意される場面があったな……)


 大神殿に引き取られたばかりのレイナが今のように慌てて料理をかっ込んで、指南役の神官に厳しく叱られるのだ。

 あの時は背中に鞭を打たれて、食べたばかりの料理を嘔吐していた。


(テーブルマナーも教えてあげないとな……だけど、今日くらいは良いか)


 これまで、毒親のもとでまともな食事を与えられなかったのだ。

 一日くらい、マナーを気にせずに食事をかっ込んだとしても許されるだろう。


(それに……悪くないものだな。自分の料理を美味しそうに食べてくれる人がいるというのは……)


「あむっ、あむっ!」


 一生懸命に食べているレイナの姿に、不思議とクラエルも心が満たされるのを感じたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る