モブ司祭だけど、この世界が乙女ゲームだと気づいたのでヒロインを育成します。

レオナールD

第1話 乙女ゲームのヒロインを拾いました


 ああ、乙女ゲームの世界だ。

 とある田舎町の神殿に勤める司祭……クラエル・バーンがそのことに気がついたのは、一人の少女が礼拝堂にやってきたのを目にした時である。


「司祭様、お祈りをしても良いですか?」


「…………!」


 少女の年齢は十歳を過ぎたほど。

 ボサボサの灰色髪を腰まで伸ばした、みすぼらしい少女だった。

 服は汚れて身体もやせ細っているが、アーモンド形の目の中央に翡翠のような美しい虹彩が輝いている。


 初対面だ。断言できる。

 だけど……クラエルはその少女のことを知っていた。


 前世でプレイした乙女ゲーム……『虹色に煌めく彼方』に登場するヒロイン、レイナ・ローレルだ。


「そんな、まさか……!」


「司祭様?」


 彼女が……レイナが不安そうに瞳を揺らす。

 みすぼらしい姿のせいで、追い出されると思ったのかもしれない。


「いえ、何でもありません。好きなだけお祈りをすると良いですよ」


 クラエルがどうにか驚きを抑えて許可を出すと、レイナが安堵した様子で微笑んだ。


「ありがとうございます。それでは、失礼します」


 レイナが礼拝堂の床に膝をついて、両手を組んだ。


「…………」


 そのまま無言で祈るレイナであったが、しばらくすると変化が起こる。

 レイナの身体からキラキラと輝く白い光の粒が溢れ出て、礼拝堂の奥にある女神像に吸い込まれていったのだ。

 まさに神の奇跡といった光景であるが……これもまた、ゲームのオープニングにあったシーンである。


 レイナは普通の人間ではない。

 乙女ゲームの主人公であり、そして『聖女』なのだ。


 レイナは商家の主人が妾に産ませた子供だった。

 母親が病気で亡くなったことで父親に引き取られることになるのだが、愛人の産んだ子供ということで、義母や姉妹からは酷く虐げられている。

 髪がボサボサで手入れがされておらず、身体が痩せこけているのもそのためだった。


 父親に引き取られてから一年後。

 命日に母を弔うために神殿を訪れたレイナは、そこで奇跡を起こして、聖女として見出されるのだ。

 レイナの祈りが光となって女神像に吸い込まれ、その力は大地に還元されて人々を守る加護となる……これはそういう場面だった。


「そうか……俺のポジションはそこなのかよ」


 レイナが祈る姿を呆然と見つめて、クラエルは思わずつぶやいた。


 クラエル・バーンは転生者である。

 セインクル王国に仕えているバーン侯爵家の五男坊としてこの世界に生を受けて、つい先日、司祭としてこの町に配属された十八歳の若造だ。


 前の人生では日本に住んでいたゲーマーだった。

 ゲームと名の付くものであれば、王道RPGに乙女ゲーム、推理やホラーに戦略シミュレーションまで何でもプレイしていた。

 ブラック企業に十年勤めて、辛かった仕事に耐えたおかげで貯金はタップリ。

 クソッタレな上司に辞表を叩きつけ……さあ、これから大好きなゲームをしてのんびり過ごすぞというところで、急な胸の発作に襲われた。


 おそらく、心臓麻痺か何かだろう。

 気がついたら、この世界に転生していたのである。


 楽しみにしていた余生を台無しにされた絶望に打ちひしがれるクラエルであったが、すぐに新しい危機に直面することになる。

 自分が貴族家の五男坊であり、いずれは家を出て平民にならなければいけないという問題である。


 この国において、家督を継げなかった貴族は問答無用で平民落ちとなってしまう。

 そのため、貴族家の跡継ぎである長男と予備である次男以外は、若いうちに必死になって結婚相手や就職先を探すことになる。


 侯爵家という裕福な家から平民落ちしてあくせくと働くなど、とてもではないが耐えられない。

 前世のようにブラック企業に勤めるのだって二度と御免だ。


 そこでクラエルが選んだのは聖職者の道。

 司祭としてどこかの神殿に勤めれば、大した労働をすることなく寄付金でウハウハ生活が送れる。

 王都にある学園に通ってそれなりに努力して優秀な成績を収め……卒業後は司祭としてとある地方都市に配属され、小さな神殿を任されたのだ。


(このまま、順風満帆な生活になるはずだったんだけど……まさか、聖女の誕生に立ち会うことになるなんて……)


「…………」


 クラエルの存在を意にも介さず、レイナは発光しながら祈り続けている。

 今さら、自分がいるのが乙女ゲームの世界であると気がついたクラエルであったが……どうやら、このゲームにおける立ち位置は主人公を聖女として見出し、王都にある大神殿に報告するモブ司祭のようだ。

 モブ司祭が大神殿に報告したことで、レイナは自分を苛めていた家族から離れ、王都の大神殿に引き取られることになる。

 とある貴族家の養女となって、物語の舞台となる学園に通うことになるのだ。


「…………」


 ゲームでは名前すら登場しなかったモブ司祭の俺は、オープニングでの登場を最後に二度とゲームに出てくることはない。

 ヒロインのレイナを目にするのも、これが最後になるだろう。

 せめてもの機会として、クラエルは目の前で起こっている奇跡の光景を目に焼き付けた。


「綺麗だな……」


 改めて思うが……光を放ちながら祈るレイナの姿は美しかった。

 もちろん、おかしな意味ではない。相手は十歳の少女。クラエルはロリコンではないのだ。

 例えるのなら、雨上がりの空にかかる大きな虹だろうか。

 みすぼらしい服装や手入れのされていない髪など、少しも気にならない。

 あらゆる文化や嗜好を超えた普遍的な『美』がそこにはあった。


「フウ……」


 気が済んだようで、レイナが閉じていた瞳を開いて立ち上がる。

 光はすでに消えており、レイナ本人は自分がどんな状態だったか、気がついていないようだ。


「ありがとうございました……おかげで、母を弔うことができました」


「そうか……それは良かったな……いえ、良かったですね」


 クラエルは慌てて口調を改めて、「コホン」と咳払いをした。


 ゲームの通りであれば、クラエルはこれから大神殿にレイナのことを報告する必要がある。

 レイナは自分を虐げていた家族から離れて、大神殿に移送されるのだ。


「……ん?」


(いや、待てよ……本当にそれで良いのか?)


 確かに、ゲームのシナリオにおけるクラエルの役割はそれだ。

 それでお役御免。お仕事終了となる。


 だが……大神殿に送られたレイナがそれで幸せになれるかというと、そういうわけではない。

 聖女として見出されたレイナであったが、大神殿で聖なる力を使いこなすことができるように厳しい訓練を積むことになる。

 その訓練といったら、もはやそれは虐待だろうとプレイヤー達を震撼させるほどのものだった。

 おそらく、序盤でひどい目に遭ったヒロインが幸せを掴んでいくというシンデレラストーリーにしたかったのだろうが、あまりの酷さにコントローラーを置いてしまったプレイヤーも少なくはない。


(酷い目に遭うことがわかっているのに、女の子を送り出すとか最低じゃないか?)


「司祭様……?」


「ああ、何でもありませんよ……よろしければ、奥でお茶でもいかがですか?」


 クラエルが敬虔な司祭の仮面を被って誘うと、レイナが驚いた様子で瞳を見開く。


「でも……私、こんな格好ですし……オフロも入ってなくて、汚いですし……」


「構いませんよ。えーと、アップルパイはお嫌いですか?」


「い、いえ……好きですけど……」


「それじゃあ、一緒に食べましょう。どうぞ、奥の部屋へ」


 考える時間を稼ぐために、クラエルは神殿の奥にある部屋にレイナを連れて行った。

 未成年の少女を生活スペースに連れ込むとか絵面はヤバいが、大義名分あってのことなので許してもらいたい。

 落ち着かない様子で椅子に座った少女へと、紅茶とアップルパイを差し出した。


「ほ、本当に食べても良いんですか……?」


「はい、もちろんですよ」


「いただきます……!」


 レイナはあぐあぐとアップルパイを頬張りだした。

 養親の下で虐待され、まともな食事ももらっていない彼女にとって、そのアップルパイはさぞやごちそうだったのだろう。

 口いっぱいに詰め込みながら、涙すら流していた。


「コラコラ、落ち着いて。よく噛んで食べなさい。おかわりはあるからゆっくり食べても構いませんよ」


「あいっ……!」


「…………」


 ポロポロ涙をこぼしているレイナに、クラエルはズキリと胸に痛みを覚えた。


(やっぱり、彼女を大神殿には送れないな。だけど、今いる家にも置いてはおけない)


 ならば、どうするか。

 クラエルはしばし考えこんでから、答えを出す。


「えーと……お名前を訊いていませんでしたね。教えてもらってもよろしいですか?」


「レイナ、です……」


「レイナさん。僕は今月からこちらの神殿で司祭をしております、クラエル・バーンと申します。突然で申し訳ありませんが……こちらの神殿で働きませんか?」


「え……?」


「先ほど、貴女が祈りを捧げるところを見せていただきました。どうやら、貴女には『神聖術』の素養があるようです。こちらの神殿で働いて、神聖術を学びませんか?」


 そう……これがクラエルの考えた状況打開のための妙案だった。

 まず、レイナをこの神殿で引き取ることによって、養親による虐待から保護をする。

 そして、クラエルの下で神聖術を学んでもらい、聖女としての力を育てていく。


(俺は神聖術に関してはそれなりの腕前だからな。ゲームの知識もあるし、レベリングもできるだろう)


 ここがゲームの世界であるとすれば、クラエルにとってはお手の物である。

 ゲームの知識を利用すれば、大神殿での厳しい修行がなくとも、レイナを立派な聖女に育てることができるだろう。

 十分に育って、自分で自分の身を守れるようになってから大神殿に報告。

 聖女として、学園に通えるようにしよう。


「え、えっと……良いんですか? 私みたいなのが、ここにいても……」


 レイナが困惑した様子で言う。

 口から、ポトリと食べかけのアップルパイが落ちる。


「貴女が必要なんです。お願いできませんか?」


「うっ……」


 クラエルの言葉に、レイナがクシャリと顔を歪める。


「う、うわああああああああああああああんっ!」


 そして……泣き出した。

 先ほどよりも、ずっとずっと大きな声で。


「……よしよし」


 クラエルは泣いた子供の扱いに困りながらも、レイナの頭を撫でてやる。

 レイナがしがみついてきて、クラエルの腹に涙と鼻水を擦りつけてきた。


「うあああああああああああああっ!」


「……やれやれ」


 クラエルは苦笑しながらも、レイナを神殿に引き取る方法を思案するのであった。


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