第2話 高校一年生 運命の日
その日、私は数学のテストで29点を取ってしまい、どうやって母に言い訳をしようかと頭を悩ませがら学校の正面玄関を出た。
私が溜め息を吐いて下を向いていると、グランドの方からキャーキャーと騒ぐ女子達の声が聞こえてきた。
全く落ち込んでいる時に甲高い声が聞こえると癪に障る。
迷惑な女子達だ。
けれど私は優しいから、そんな気持ちを微塵も表情に出さずにいた。
そして癪に障るものの、みんなが何に騒いでいるのかちょっとだけ気になってグランドに近付いた。
そこで私の胸は高鳴った。
キラキラと光る汗に爽やかな笑顔、少し長めの前髪から覗く垂れ目、女子生徒から「高橋先輩」と呼ばれてるいるサッカー部の先輩。
これは運命に違いない。
その瞬間、私の脳内に私と先輩の甘酸っぱいストーリーが浮かんだ。
♡妄想レベル1♡
その日、サッカー部のマネージャーになったばかりの私は学校指定のジャージを着て、グランドの隅にあるベンチの上に部員が飲むドリンクを用意していた。
そして何の変哲もない青いボトルを掴むと溜め息を吐いた。
「先輩、私の事なんてただの後輩としか
思ってないんだろうな」
私が持っているボトルはサッカー部の部長で、私が片思い中の高橋先輩のボトルだ。
そして先輩のボトルを見つめるだけで、私の頭の中には、サッカーをしている時の先輩の笑顔が思い浮かぶ。
それだけで心臓が痛くなる気がする。
「先輩に可愛いって思ってもらいたくて、コンタクトにもしたけどやっぱりダメかな」
私が俯くとグランドの中央から声がした。
「休憩ー!!」
顧問の先生の声だ。
先生の声に部員達は足を止めると、一斉に私のいるベンチに向かって来る。
私は先輩のボトルを一度ベンチに置くと、ドリンクを取りに来る部員に、次々と決まったボトルを手渡した。
そしてあらかたボトルを渡し終わると高橋先輩がいつもの様に1番最後に来る。
「先輩お疲れ様です」
「ありがとう」
先輩は手渡されたボトルの蓋を開けると、顔を上に向けて凄い勢いでドリンクを飲んだ。
私はその先輩の隆起する喉仏を見ると目が離せなくなった。
「ごめん。タオルも取ってくれる?」
「は、はい」
私は先輩が唇からボトルを離し、拳で唇を脱ぐっているのに見惚れていた為、先輩が差し出す手に遅れてしまい慌ててベンチの上のタオルを取った。
すると慌てていた為、ベンチからタオルを落としてしまった。
私は直ぐにしゃがみ込むとタオルを手に取ったが、その手に誰かの手が重なった。
驚いてその手の持主の顔を見ると先輩が私の隣にしゃがみ込んでいる。
「あの先輩」
「氷堂が何かを落とすなんて珍しいから、大丈夫?」
顔に先輩の息がかかりそうな距離で話しかけられ、急速に私の顔に熱が集まる。
しかも先輩の目に見つめられて視線を逸らせない。
「おい、高橋。氷堂を口説いてるんじゃないぞ!!」
「違うよ。氷堂が具合悪そうだったから!!」
後ろからの
けど先輩の左手はタオルを掴む私の右手に重なったままだ。
そして私が逃げられない様に左手に力を入れると、また私の顔を覗き込んだ。
「ねえ。氷堂ってマネージャーになる前から俺の事見てたよね」
「えっ」
私は先輩の言葉に思わず小さく声をあげた。
確かに私はグランドの外から先輩を見ていたけど、メイクでばっちり可愛くした子達からは離れて一人で見ていた。だから先輩の眼中にはないと思っていた。
「知ってたよ。一人だけ遠くからみていた眼鏡の子」
「あ、あの。すみません」
私は先輩に気付かれていたという事実に真っ赤になると、恥ずかしさのあまり俯いて謝ってしまった。
すると先輩は私にだけ聞こえる様に小さな声で笑うと、私の耳に唇を近付け低い声で囁いた。
「何で謝るの?俺も氷堂の事が気になってた」
私が先輩の囁やきにどうしたらいいのか分からず黙っていると、先輩は私の手を離して立ち上がった。
突然立ち上がった先輩を私が見上げると、先輩はチームメイトに向ける様な笑顔で私の顔を見た。
「困らせてごめん。けど俺、氷堂の事本気だよ。だから俺の事考えて」
先輩は明るく私に話し掛けるとまたグランドに戻って行った。
私はそんな先輩を見送る様に立ち上がると、さっきとは全然違う、いつもの先輩の背中を見つめた。
私はそこで現実に戻った。
今は妄想なんてしている場合ではない。
そして帰り道、29点のテストをどうやって母に見せようか頭を悩ませた。
取り敢えず母のご機嫌取りをして誤魔化すか。
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