第十四話 Dang Dang
「R.O.D.O、解析」
シンプルな指令が、R.O.D.Oにとっては何よりの幸福だ。
『了解した』
リリーのアーマー内部のモニタに、整然とウィンドウを並べる。三人の友の行方を示すマップと、異邦人の反応が高速で消え続けるマップ。後者はリリー自身のマップだ。
「ったく、こんだけ屋敷じゅう回ってんのに、どこ居んだべ長官さんは」
『異邦人の反応が強いところかと踏んだが、屋敷全体が異邦人の巣窟となると無意味な見立てだったかな』
「R.O.D.Oさのミスでねえ。多すぎる異邦人が悪ぃ」
『その通りだ』
軽口を叩いてはいるが、R.O.D.Oの本心は、リリーがかなりタイムアタックの仕事を請け負ったと思っている。
R.O.D.Oにインプットされたギベオンの情報の中には、「大魔女を除けば魔法界トップクラスの魔力を誇る人物」という項目がある。サファイヤがほんの鼻歌で大量の異邦人を呼び寄せてしまったのと同様に、ギベオンはただそこに在るだけで魔力を放っている状態に近い。
厄介な人物を攫ったな、ダチュラは。
リリーの実力を数値的に理解しているR.O.D.Oがこの結論に至る。
魔力を自制しきれない体質とも言えるのが、高魔力の存在だ。そう多くはないゆえに、「異邦人をけしかけられでもしたら即死」だ。いまごろどこかの部屋で砂粒になっていてもおかしくはないのだ。
「タオは」
『まもなく最奥部、大広間に到着する』
「うし、そんならR.O.D.Oさ、ドンパチすんぞ」
『ジギタリスに怒られるぞ。いいのか?』
「ディギーはこごにいね! だがらやんだべ」
『了解した。客間しらみ潰し作戦に移行する』
本来は一部屋ずつ設えが違い、客人を楽しませるものだったという客間。リリーに割り当てられたのは、これらのどこかに監禁されているであろうギベオンを保護する役目だ。どうしても「弾数」という制限がある以上、リリーが場をつなぐことは難しい。ナルキスの指示は相変わらず、的確だった。
『では始めよう。左から失礼!』
「ハズレ!」
アーマーから伸びた複数の銃口によって、まずは調度品の多い(リリーに言わせれば「落ち着きのない」)部屋が制圧される。
「隣の部屋は」
『壁のすぐ向こうに三体感知』
「こっちのが早えさな」
R.O.D.Oの制止は間に合わず、リリーは壁ごと、隣室の異邦人を撃ち抜いた。
『……ただでさえ倒壊まで秒読みって建物に、無茶をさせるね、リリー』
「んーや絶対ウチが長官さん見っける方が早え」
『ちなみに次の部屋もハズレかと。反応がそこまで多くない』
「おぅし」
リリーはアーマーの掌底部に仕込んである小型の衝撃波発生装置を壁に向け、一切の躊躇いなく放つ。計算上、三部屋分の壁を撃ち抜くが、その途中にギベオンが挟まれている可能性は、考慮しない。
一方で、遠くに爆発音を聞き、ギベオンの意識はうっすらと戻り始める。視界にはやはり異常はないが、本能的に指の一本も動かしてはならないと感じている。
そもそも私の身体が限界近いが、さすがに不味いか? 最悪の場合、腕は切っても……いや、ショック死する。私なら普通に。
詰んだか? とまで思い詰めたとき、すぐ近くで爆発が起こった。崩れ落ちる壁と舞い踊る埃の向こうに、無機質だが正義に満ち溢れた影を見る。
「まさか……ビャクダンくん? きみがなぜここに」
「んや、ウチだべ。あんちゃんがこんなとこさいだらおっ死ぬべ」
「その声はリリー嬢ではありませんか! ああそうか、あの場にはきみたちもいましたね。ダチュラを追ってここへ?」
「まーな。つか動くでね。ドタマ吹っ飛ばしてぐながったらな」
ギベオンが身体を強張らせた次の瞬間、ギベオンの周囲1m以内で複数の銃弾が静止し、落ちる。
「……いまのは?」
「んっとに見えねってなあ厄介だなあ。異邦人ども、長官さんの面ァ覗き込んでたぞ」
「そんな……」
「心配すんでねえ、ウチを誰だと思ってっだ」
フルアーマーのためにギベオンからリリーの表情は伺えないが、どうやら見覚えのある表情だろうと思える声音だった。
自信のあるときのビャクダンくん、右の口角がイーッて上がるんですよねえ。似てるんでしょうね、きっと。
「任せましたよ。あと私、肩外れて肋骨折れてるんで、あとちょっとで痛くて死にますから」
「おいっ、急かすでね!
「口の悪くなるタイミングとか似てますねえ」
R.O.D.Oは思わずギベオンのバイタル値をスキャンしたが、口調の柔らかさに反して、本当にいまにも死にそうな数値ではあった。
『さすがと言うべきか、痩せ我慢と言うべきか……』
「ちぎしょォめ、やっぱ長官さん目がけて集まってきてるでねえか。んっとに美味えメシだべなあ高魔力の連中はヨ」
それでもリリーは銃を操る。目の前で誰かが砂になるのは寝覚めが悪いし、と、彼女の言い訳はいつもこれだ。
『んね、こんなんでも節約すんの?』
「当たり前のこと言わないで。それに節約じゃなくて節制。こんなときだからこそ、美学は曲げちゃダメなの」
『い〜やいい加減認めた方がいいね、きみのは節制じゃなくて節約、ケチ、出し惜しみ。昔っからずーっと変わんない』
遠距離サポートのため、ポールからの通信を切ることはできない。ディギーは何か言い返そうと考えるが、上手い言葉が見つからない。
『ま、そこが好きなんだけどね。昔っからずーっと変わんない』
「……ちょっと。これ全体通信よ」
『……あれえ? わ、嘘、待ってくれほんとに? うわっ! あーあー、失礼! みんな! 一旦忘れてくれ!』
「ほんっと、昔っからずーっと変わんないわね」
離れた位置からディギーからの合図を待機している隊員は、呆れた声をしているディギーのその表情は、照れくさって微笑んでいるのを確認している。その上で、何も言わない。その代わり、自分のバディに視線で伝える。そしてそれが、隣の位置にいる別の隊員に伝わり、それらが即座に連鎖することで第四部隊の意志統率が為される。
今日もポーディギ、ヨシ!
多少の表記揺れはあるらしい、ポールもディギーも知らない呼称が、こんな非常事態時でも第四部隊の均衡を保つ。
「各員、配置は整ったわね。いいこと? あたしたち全員が倒れたら、トキシカ全員が死ぬと思いなさい。それと、弾数はいつも通り、極限まで削ること。さ、ぶちかますわよ!」
狩場に、戦場に、彼らは援護としてやってくる。姿はない。だがどこからか、自分たちの背中を取ろうとしてくる敵に対して、正確無比な銃弾が撃ち込まれる。そして知らしめる。「洗練」とは、この技術のことを言うのだと。決して無駄な弾は使われず、一つとして取りこぼしもない。
『三時の方角に三体。待て、待て、よしいまだ』
「奥のヤツをもう少し寄せたいわ」
『五時の方角に誘導してくれ。そっちにまた三体いる』
「copy!」
ディギーの弾が二体以下を撃つことはまずない。現役ダンサーの名は伊達ではなく、驚異的な高さのピンヒールで異邦人を避けつつ、弾の軌道上に並ばせて撃つ。その背後に一発、狙撃銃からの弾が落ちた。
『失礼、背中に虫がついててね』
「このあたしがわからないとでも思った? よくやったわポール」
『おっと……まだまだ、きみのオンステージみたいだぜ、ディギー。今度は十一時の方角に五体並んでる。絶好のチャンスだ』
「最高ね」
残弾数を確認する。一般的にはとても切り抜けられる数ではなかったが、ディギーからすれば思わず笑ってしまうほどの数だ。
「マジ頑張ってくれてんのはわかるんスけど、結構なジリ貧じゃねっスか? これ」
「どうしたって物理戦になってしまうのだもの、仕方ないわ。……火炎瓶でも作ってくるんだったわ」
すっかり観戦気分でスタジアムのビジョンを手に汗握って見ているエメラルドとルビーを置き去りに、サファイヤはトパーズを連れ出した。少し席を変えただけだが、この場においてはじゅうぶんな配慮だろう。
「あの……」
「タオくんが心配なんでしょう? ジスみたくならないのが不思議なくらいだわ」
「……サファイヤさんはなんでもお見通しですね。そう、ですね。ほんとは、すごく怖いし、タオくんも心配。でも私、それ以上に、タオくんのこと信じてるんです。だからここで怖がってるだけじゃいられない。信じて、待つ。それが私にできることだから」
「あー、ジスに聞かしてやりたいもんだわあ! そうよねえ、信じてあげるのが結局いちばんよねえ!」
わざとアメジストに聞こえるくらいの声で言う。トパーズは不安げに顔を覗かせたが、アメジストは膝を抱えたまま、ぶすくれている。
「……どうせ私は信じてすらやれない薄情者だよお!」
「まっ、逆ギレ。おこちゃまですわよ!」
続
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