第十二話 Eye of the Tiger

 玄関口を徘徊する異邦人の群れ。公園入り口では緊急出動してきたらしいトキシカ隊員たちが必死の攻防戦を繰り広げており、すでにいくらか、怪我人も見られた。

「こいつは速度が出て良いが、耐久性はどうなってやがる」

「誰が改造すたと思ってんだ。ウチのアーマーと同じの土井中素材だべ。異邦人の十や百、たぶん千くれぇ、ギャリギャリに轢き潰せんべ」

「ヘッ、つくづくおっかねえメカニックだぜ」

 ロッキーは嬉しそうにレバーを動かし、シートベルトを全員分目視で確認した。速度はとても安全とは言い難いが、乗員の安全は、確保できている。小さな矛盾を乗せたオープンカーがいま、公園内を赤い彗星が如くに駆け抜けてゆく。

「それじゃ、作戦通りに!」

「よっしゃ任せろォ!」

「おうさァ!」

「カロライナからの命令だ、ゼッテー生き残るぜ!」

 公園内を渦を描きながら、その流れで異邦人を次々轢き潰しながら、やがて車の鼻先が玄関口を突き破った。飛び出すタオ、ナルキス、リリー。誰も誰の背中を振り向かない。

「おれは炎だ……カロライナにそうと認められた……炎だ……」

 ロッキーは強くハンドルを握りしめ、ぐっ、と、アクセルを踏み込んだ。

「退くんじゃねえぞ。てめーら轢くのがおれのやり方だからよォ」

 一切のブレーキ音なしに、ロッキーは長い廊下を超高速で走り抜けた。かなりの数の異邦人が撥ね飛ばされ轢き潰されたが、湧いて出るようにあちこちから顔を出す。

「燃えてろ」

 指を弾くと、タイヤ痕の上に炎が上がった。煽られて焼かれる異邦人の姿が影となって映る。


 カロライナのアップがマジでかっこよかったときのやつ……俺でも決まったぜ……!


 ロッキーは非常に勉強熱心である。カロライナのこととなると、パックスの面々も驚くほどだ。

 ロッキーはカロライナのこれまでの戦いをほぼすべて知っている。調べに調べ、どのような戦法を取ったか、どのようなトリックを使ったか、どちらの手足で異邦人を倒したか、すべて知っている。調べ尽くしている。

「ったくよお、こんだけいるんならよお、ぜんぶ……ぜんぶ試せるじゃねえかよお……!」

 どれほど大勢の異邦人に囲まれていようと、ロッキーは絶望するどころか、期待にきつく口角を吊り上げる。


 楽しみだ。それどころじゃないって、わかってるけど。


 地元ですれ違うダチュラ派と派手な喧嘩を繰り広げた日々も、畑を荒らす異邦人をそのへんに転がっていた農具で倒していた日々も、すべてはこの日のためにあったのかもしれない。すべての世帯がロッキーにだけ軽トラの鍵を貸していたが、その経験はあまりにも直接的に役立っている。

 いま、ロッキーは、力に満ちていた。

「うらぁ!」

 長我曽村ではほとんど家宝に匹敵する、農具や軽トラ。ここにそれらはないが、それに匹敵する武器となる仲間たちがいる。彼らを支えることにつながるのも、ロッキーを動かす力の一つだ。

「かかってきやがれ異邦人どもがあ! おれに敵うと思わねえことだな!」

 崩れかけの廊下の壁には、鑑賞目的の武具がまだ大量に飾られたままだ。まずは手近な斧を取り、ロッキーは異邦人の群れに吸い込まれるように飛びかかった。



「左から回り込め! 駐車場に集めろ、一気に狩るぞ!」

「オーライ、リーダー!」

 鍛え上げられた俊足の群れが、まるでシミュレーションシステムでも動かしているかのように自在に動く。カロライナの指示と向かう先とを読み合い、全員が己の力量と技術の届く範囲に到達する。

 それはまるで、幼い頃から共に活動してきたダンスチームのように。

 それはまるで、高らかなシーシャンティに任せて船を引く水夫たちのように。

 それはまるで、狭いコミュニティで育ってきた民族の織りなす独自の祭祀のように。

「よしそこだ、叩け!」

 呼吸まで揃った爪の群れが、巨大な異邦人を千々に裂く。

「リーダー! そっちにデケェのが行ってる!」

「オーライ、任せろ」

 どの車から拝借したのかは不明だが、スペアのタイヤを盾に、各種サイズのスパナを腰に揃え、尖った歯で咥えた発炎筒をキャップから引き抜く。派手すぎる煙草を咥えているかのようだ。

「かわいいかわいいロッキーちゃんを死地に向かわすなんざ、ヘッドの風上にも置けねえ。ならオレは、ここを狩り尽くすくれえに暴れねえとな」

 巨大な手のような形の部位を振り上げた異邦人が、カロライナの真上にいる。

「核がよお……剥き出しだぜ、間抜けッ!」

 発炎筒を擦ったカロライナは、それをプッと宙に吹き出すと、もう片手にあったスパナをバット代わりに思い切り打った。真っ直ぐに、直線のままで、発炎筒は異邦人の核に突き刺さる。そのまま、その異邦人はバラバラと崩れて消えた。

「大事なモンも守れねえでどうするよ。守れねえんなら、守る必要もねえくらい、強く鍛えるのが筋だろが」

 新しい煙草に火を点けたところで、カロライナの視線の先にはスタジアムの関係者通用口があった。野球選手の練習用の金属バットや、サッカー選手の使い古しのスパイクが、ズラリと保管されている。

「……最高!」

 笑ってはいる。しかしその目は、とてもいつもの爽やかなものとは結びつかないような、凶悪さにすら満ちたものだった。



 誰が、いつの間に設定したのか、スタジアム内のモニタには、スタジアム外で戦い続けるトキシカメンバーの姿が映し出されている。

「まあ……あんなにちっちゃくってかわいかったキャロちゃんが、あんなに強く……!」

「私たちいま全滅の危機ですけど、サファイヤさん平常運転ですね……」

「慌てても仕方ないわ。それに、あたくしはキャロちゃんたちを信じてますもの」

「カロライナさんが小さい頃に預かったことがあったんでしたっけ。聖母の名に偽り無しですね」

「うふふ、そうかしらね。ああ! 応援してあげたいのに、歌の一つもダメなんて。魔女っていうのも、考えものね」

 スタジアムに取り残された人々は、目に見えない、見える、それぞれの立場で異邦人の脅威に震えている。

「……魔法が使えても、こんなに、無力なんですね」

「本当ね。苛々しちゃう。異邦人ってどうして私たちの目に見えないの?」

 不貞腐れているルビーが割って入ってくる。隣で不甲斐なさそうにしょぼくれているシャノアールを、獣人姿のままで、猫可愛がりすることで、思い切り魔法を使えないストレスを発散しているらしい。

「いやあ、姐さん。異邦人マジで洒落になんねっスよ。気持ちよ〜く飛ばしてたときに警報鳴ってさ、危うく突っ込むとこだったりとかしたことあるっスけど、マジ危ない。見えねえ壁あるんスよ? エメちゃんじゃなきゃ避けらんなかっただろな〜アレ」

「土井中なんかで飛ばすからでしょ」

「否定できねー」

 それなりに「平常運転」の四人に対し、気まずそうにビャクダンがアメジストのそばに立っている。四人の大魔女(見習い含む)がいつも通りでいられる理由がわからない。

「……文筆先生、俺は、トキシカの連中のこと、実は結構信頼してるんですよ。だからその……大丈夫だと、思いますよ」

「気にかけてくれてありがとう。私は大丈夫だから、ロージーを見張っていてくれないか。トラブルとありゃドンパチやりたがるのに、異邦人相手じゃできないだろ。機嫌悪くしてるはずだからな」

「いやあ……まあ、そうですが。そこは優秀な部下がおりましてね。……ご心配なさってるところについては、一応大丈夫だと思いますよ。確かに長官はドがめちゃくちゃ付くくらいの虚弱体質ですけど、それを補うだけの抗魔力がありますでしょ」

「それが異邦人にも通じりゃあ良いがな」

「……」

 完全に会話の糸口を間違えたビャクダンは冷や汗を流すことしかできずにいる。このまま会話ミスを続けると、侵入してきた異邦人に知らず知らずに殺されるより、本気でキレたアメジストに殺される率が上がる気がしている。


 虫にされて潰されちまうのかな……一生箒から降りられなくなるとか……いや文筆先生のことだ、もっと悪趣味かもしれねえし、もっとシンプルかもしれねえ……どっちにしろ……嫌だな……。


 誰もの胃が、負担を受けている。




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