第十話 Entr'acte
式典の会場は毎回同じ、ターミナル駅近くのスタジアムだ。平素はスポーツ等で盛り上がるが、今日はひっそりと、落ち着いた色味の服装の人々が集まっている。中には、魔女や魔法使いの姿もある。以前まではそれほど多くはなかったが、今回は下心付きの者が多く参加している。
その要因たるすべての姿が、スタジアムにそろった、かに思われた。
「あれ? ダチュラいねえ?」
「煙草ですよ。
「さすが〜……」
タオは頭の後ろで手を組んで、スタジアムを広々と見渡す。毎回、半数程度しか埋まらないという座席が、今回は全席埋まっている。半数は無魔力者で、半数は魔女や魔法使いと見て良い程度だろう。追悼、追憶、興味、すべての思惑が集っている。
「いまのうちに、段取りでも確認しておきましょうか。まずは学長の挨拶。それから大魔女様方のご紹介。で、長官様のご挨拶。それから、黙祷ですね。いつもとやることは変わりません。でも今回はまあ、ここまで過剰な
「トパーズもいるしな〜! オレ、頑張る」
「はあ、まあ、ほどほどにどうぞ」
ダチュラ以外に興味のないベラドンナからすれば、タオがずっとトパーズの方から目を離さないのは、どうでも良いことだった。ダチュラの帰りをただ、待つ。喫煙所のある内野席側関係者用通路から戻ってきたのは、ロッキーを伴ったカロライナとパックスだった。ベラドンナは首を傾げる。
「あの、答えの決まってる前提で訊くんですが、喫煙所ではダチュラと
「はァ? ンなわけねえじゃん! そんなんベラちゃんがいちばんよくわかってんだろ!?」
「です、よね」
「え何、あンの毒ナスビ、いないの? どこ行ってんだ? 迷子か? おいおい……始まるまでマジ秒だぜ? とうとうドタマに毒が回っちまったか?」
タオはベラドンナ越しに、ロッキーに目配せをする。ロッキーも、視線で返す。
「カロライナ。おれたち、探してくる」
「エ!? だ、大丈夫!? 道わかる!? 迷子になったらすぐ連絡するんだぜロッキー!」
親にすらあまりされたことのないレベルの過保護を発揮されつつ、ロッキーはこくんと頷いた。
「まあ、新芽ちゃんたちは社会科見学みたいなものですし、しばらく外れても大丈夫でしょう。
「オッケー! すぐ戻るよ」
タオとロッキーがチームから外れるのを目視していたナルキスとリリーも、それぞれの部隊から外れてくる。関係者用通路の突き当たり、ほぼ使われない階段の裏に入り込んだ四人は、息を潜めてなるべく声を出さずに話し合う。
「ダチュラがいねえ!」
「おれも、喫煙所で鉢合わせすらしなかった。いつもならカロライナが追い出して入れ替わる形になるが……」
「先日の件もある。彼は何かを隠しているね」
「なんか仕掛けんなら、今日だべな」
「仕掛けるって……い、いや、オレはなんもないと思う。それを証明するために、探そう」
四人は、もう誰も通る時間ではなくなった関係者用通路を、四方向に分かれる。
式典の開始を告げる鐘の音が、ひっそりと響きだした。
サファイヤは、いつもの微笑みはどこへやら、ブルーブラックのシンプルなワンピースとヘッドドレスに表情を沈めている。パパと出会うきっかけになった事件に違いはない。
その隣でエメラルドは退屈そうにしている。悲惨な事件だったとしか知らないので、あまりこの場にいる必要性を感じていない。かろうじてサファイヤから許可が出たのがブラックのチュールトップスだけなのも、面白くない。
ルビーは、いつも通りだ。警備で呼ばれているというシャノアールを探して、ずっとスタジアムを見渡している。喪服にほとんど縁がないので急場凌ぎのパンツスタイルが珍しい。
アメジストもサファイヤ同様に沈んだ表情だ。そもそもこの式典自体があまり好ましくないのである。ドレスのデザインをギベオンとセット風に仕立てられてしまったことも、気に食わない。
トパーズは内野関係者エリアで待機していたタオと小さく手を振り合ったりしていたが、タオがどこかへ行ってからは大人しく座っているだけになった。普段あまり着ないモノトーンのワンピースのスタイリングだけ、チラチラ気にしている。
「大魔女も、それぞれですね」
「ええ、まあ。間接的に損害を受けた聖母殿はその後のこともありましたし、錬金術殿は無魔力の方に興味ありませんから。未だにわからないんです、アメジスト……どうしてそこまで、心を痛めることが、できるのか」
「ギベオン、あなた相変わらず、文筆の魔女のこととなると、感性が失われますね。彼女は聖母の魔女と近しいですが、少し違うでしょう。聖母の魔女が広く万人の心を受け止め代弁する魔女とすれば、文筆の魔女は広く万人の心と同じく自身の心も痛める魔女。だからあなたを気にかけてくださるというのに」
ギベオンは何も言わない。いつも通り、余裕の感じられる微笑で、アメジストを見つめている。
「あの方が、私を。そんなはずは。私が含まれるのだとすれば、その『万人』の一部にすぎませんよ」
ヤカツは額に手を当てて首を横に振った。手のかかる隊員たちを数多く引き受けてきたものだが、未だギベオンを超える「面倒な子」はいない。ヤカツの警察時代でも、ギベオンとは、面倒で、掴みどころのない、謎めいた男だった。
「そろそろ私の挨拶ですので、これにて」
「ええ。文筆の魔女も見ていますよ、格好つけていらっしゃい」
「いつも通りやるだけですよ」
ヤカツは「そうですね、いつも、彼女の前では、格好付けでしたね」とタブレットに打ちかけたのを、削除した。
もうスタジアム周辺を五周はしただろうか。モニタからは、ギベオンの挨拶が聞こえ始めた。
「いなくね? ロッキー、そっちはどう?」
『いねえな。カロライナが心配してる……も、戻、っちゃ、ダメだよな、ダメだ、うん、まだ探す、悪ぃ』
『二階席からも見たけど、ちっとも。いっそもう、オラパにも共有するかい?』
『……?』
リリーだけ、黙ったままだ。しかし次の瞬間、四人のデバイスにR.O.D.Oからの警告が入った。
『皆、落ち着いて聞いてくれ。首都を中心として魔法界各所で異邦人の異常発生が起こっている。土井中は防ぎきれなかった。複数の巨大個体が、スタジアムに向かっている』
「はァ!? うわマジだ!」
四人がそれぞれの隊長に連携をはかろうとしたとき、スタジアムから悲鳴が轟いた。
「おい! ヤベェぞ!」
モニタに映し出されるショッキングな映像。紫紺のローブに身を隠した誰かが、壇上で話していたギベオンの腹を殴りつけたのだ。くの字に折れる細い身体を軽々担ぎ上げ、とてつもない跳躍力でスタジアムの中空から逃げてゆく。
四人にはわかる。ローブからわずかに覗いた目は、片側が隠されている。右目だ。それが誰なのか、四人には考えるまでもなく、わかる。
「ダチュラ……!!」
「チ、んで思ってた通りになんだべ」
「みんな! 一旦戻ろう! 体勢を立て直すんだ!」
ナルキスが先導する形で、四人は内野まで戻る。スタジアム内は阿鼻叫喚だ。
「あ! ロッキー! おまえら!」
「即座に戻るその判断力、褒めてつかわす」
「やっぱりあんたたちさすがね。いまは褒めてる場合じゃないんだけど」
隊長たちに迎えられる形で、四人はスタジアムの状況を読む。目配せを交わすと、ナルキスが前へ出た。
「僕が代表して、状況報告をします。まず周辺ですが、観測史上最大数の異邦人に囲まれています。籠城戦間違いなしの数です。そしてギベオン長官をどこかへ連れ去ったのは皆さんもお察しの通りダチュラです。そして僕たちは、彼の行き先に検討がついています。ご提案します。僕たち四人でダチュラを追う。皆さんはここで、魔女魔法使いの観客を守り抜いてください」
誰もが反論しようとして、一つも反論できずに押し黙る。たった一人、ベラドンナだけが、焦燥していた。
「
「ベラ! しっかりなさい!」
「だってだって
頭を抱えて座り込むベラドンナはうわ言のように呟く。
「あのひとは確かに、可哀想なひと……愛した
「事情を知っているようだな。だがこれでは使い物にならん。ナルキス、余の月を彩る花。だが策はあるのか?」
「ええ、もちろん」
警官の悲鳴が聞こえてくる方向から、派手なドリフト音も響いてくる。乗りつけたのは無人のリリーフカーだ。
「ね、リリー」
「ん。ちっと改造済みでな、ナビもバッチシ入ってんべ」
「おし、運転はおれに任せろ。伊達に地元で乗り回しちゃいねえぜ。お、いいカスタム」
「ちょ、ちょちょちょロッキーちゃあん! 大丈夫かよ!?」
有無を言わせずリリーフカーに乗り込む四人は、関係者席に立つヤカツを真っ直ぐに見ている。ビッ、と、手を垂直に振り下ろす。「行け」のサインだ。
「母さん……いや、総隊長。よしわかった! アホンダラの毒ナス野郎に代わって俺が総指揮を取る! 第二部隊、北方から西方を固めろ! 第三部隊は東方から北方! 第四部隊は南方を中心に遠距離の援護を頼む! 各部隊通信班は地方司令部と連携を取れ! それから新芽ちゃんズ!」
低いマフラー音が響く。
「あのバカ頼んだぜ!」
力強く頷く。全員四番のチームを乗せたリリーフカーはスタジアムから飛び出した。
「総員配置につけ! 警察連中にはスタジアム内のパニック緩和に努めるよう伝達しろ! いいか、全員生き残れ! 勝ってバカデケェ祝勝会すんぞ!」
ロッキーの運転は正直言って荒いが、道を埋め尽くす勢いの異邦人がかなりのスピード感で倒されてゆくため、特に問題はない。
ナルキスからR.O.D.Oに共有された図面は、あの一軒家の間取りだった。
「かなり古い資料にようやく見つけたよ。大幅な改装さえされていなければ、この通り。ダチュラはどこにいるかわからないけれど、この間外観を見たのと照らし合わせると、中央奥に最も広い部屋がある。ここを目指して進むべきだ」
「指揮はナルキスに任せる! オレたちはとにかく中に入ってダチュラ探さねえと」
「長官さんも探さにゃならねえべ。警察のトップってんだら、垂れ流しの魔力ァ大魔女レベルでねえか。異邦人ウジャウジャすてんだ、すぐに星屑ンなっちめえ」
「え、やっぱギベオンさんそんなスゲーんだ」
「突っ込むぞ掴まれッ!」
改造の結果、ロッキーの長我曽仕様の運転でも耐えられるようになっているリリーフカーは、自分の底力に驚いているようですらある。自然公園はもはやその面影を残さず、誰がどう見ても、無秩序なゴースト・パークだ。
「なんだあれ……家から異邦人が湧いてんじゃねえか。どうなっていやがる」
「ドレイクの目論見は結局誰にも知らされないままだったが……彼が果てた跡地が、異邦人の出現地点になっていることは関係あると見て間違いないね」
「……ダチュラはなんで……」
タオは焦っている。かつて暮らした「地元」で、破滅する者というのを何人も見送ってきた。この家の前で見たダチュラには、その気配があったからだ。
「誰のために死ぬつもりなんだよ……!」
うっすらと戻ってくる意識。ギベオンが目を覚ました場所は、できればもう二度と見たくないと思っていた場所だった。
「この家、まだ……崩れて、いなかっ、た、んです……か……」
「いまにも、ってところではあるが。おかしいな、俺、そんなに強く殴った覚えはないんだが」
「私の……虚弱ぶり、舐めないでいただきたい、ですね。肋骨折れてます。あと二時間で、死ねる自信、あり、ますよ」
「それは……困るな。一応、人質になると思って連れて来たんだ。死なない気でいてほしいね。まあこういうのは、気合だよ、気合」
「ハッ、まったく脳筋の言い分は……これだから……」
椅子に座らされてはいるが、丁寧にロープで拘束されており、動けない。ギベオンは部屋の中を見回すことしかできずにいる。それでなくとも殴られた腹に鈍痛がある。妙な方向に曲がった肩の気配も感じていた。
「ちょっとこれ……脱臼してるじゃ……ない、です、か……戻す、ときの痛みで……死んだら、責任取ってくださいよ……?」
「普通に縛っただけなのに身体硬すぎて外れたんだよ。あのさ、こういうのは日々の運動で変わるぜ? 魔女のケツ追っかけるより、少しは運動したらどうだ。学長の知り合いなら、コーチング代も安くしといてやったのに」
「きみ、ねえ。この期に及んで、あのペンペン草の……弔い合戦でもする気ですか? するに、しても。どうして、いま……」
「さあ……タイミングじゃないか。何事も。なんでいま、って思うときに限って、事は起こる。そういうモンじゃないか」
ローブを床に放る。床板はかなりの面積が割れたり、抜けたり、腐食が進んだりしていて、そもそもとして、この建築物の耐久がそう長くないことを見せつけるかのようだ。ギベオンを振り向いたダチュラの目が不可解に濁っているのを、ギベオンは痛ましく見つめ返す。
「きみが背負う必要はないと、ヤカツさんから、言われ続けてきたんじゃないんですか」
「言われたよ。たくさん。でもあのひとが、あのひとを、忘れさせてくれなかった。仕方なく、俺は、あのひとに囚われたまま。この夜の中に、あのひととずっといる」
「きみには、誰の言葉なら、届く」
「……それがわかれば、こんなことにはなっていないさ」
ダチュラは部屋のドアをそっと閉じた。ドアにはいくつも穴が開いていて、ダチュラには、そこから部屋の中を覗き込もうとする異邦人たちの姿がくっきり見えている。それ以上声を荒げたりしないギベオンに、ダチュラは心底感心している。
続
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