第九話 Grim Grinning Ghosts

 タオたち四人が『新芽ちゃん』とあだ名されながら技術を磨いている頃、人間界では――。

「ここも……」

 オリビンは散歩帰りに、寂しげに俯いた。そのままその様子で帰ってきたので、ジェイはやや前のめりになりながら、オリビンをソファに座らせた。もちろん、隣に座る。

「どうかしたのか」

「ジェイ……最近……寂しいことばかりです……」

「言ってくれ、俺にできることならなんでもするから」

 オリビンには珍しく、大きなため息。心底残念なようだ。ジェイの気はキュッと引き締まる。

「ホーンテッド・マンション……」

「は?」

「よくお散歩に行く通り、ほとんど誰も通らないから、行ってたんです。本物のホーンテッド・マンションがあるので……」

 一気に話が見えなくなり、ジェイの目はキュッと細くなる。

「ホーンテッド、マンション、ね? アナハイムのとは違うのか?」

「あれはまた別の素敵な建物です。お散歩通りには、本物のゴーストがたくさんいたんですよ」

「……調べる。なんてマンションだ」

「ムーンリット・ハウスです」

「おい……ここいらで知らねえヤツのいねえ場所を、散歩道にしてたのか? あのなあ、いくらおまえが本物の魔女だからって、危ない真似はよせ」

 ジェイはいよいよ呆れ返って、天を仰いだ。

 ムーンリット・ハウスを、この近辺で知らない者はいない。これまでに住んだ、幼い子供を含む二十三人が全員非業の死を遂げた現場である。あまりに手の施しようがないため、そして土地管理者も彼らの親族に至るまで行方不明であるため、誰もなんとかしようとは思わないのだ。

「あそこは……あれだろ? 窓辺にいつも同じ女が立ってるだの、足のない子供がサッカーボールを探して庭をうろついてるだの、通りがかりゃ誰でもそんなのを見るヤバい家だろ。おまえそんなところ散歩して、毎回そんなの見てたのかよ」

「ええ。とっても立派なホーンテッド・マンションです。管理人さえいれば、もっと住み心地良さそうにしたでしょうに」

「駄目だ……根底が違う……」

 ジェイがそれ以上話を聞こうとするのを諦めたところで、オリビンは「でも」と、いつもより強い語調で続けた。

「変なんです。ホーンテッド・マンションから急に住人がいなくなるなんて」

「……どういうことだ?」

「ジェイ。この家を、いますぐ出て行こうと思ったことって、ありますか?」

「いや……? あ、ジイさんがカビた本をトラック二台駆り出して持ち込んだときは、一瞬悩んだかな。でも不便はないし、そうそう出て行く気なんざない。おまえもいるしな」

「それです。住み心地が良いのに、不便に思っていないのに、急にいなくなるなんて、おかしいじゃないですか? ホーンテッド・マンションも同じです。彼らがそこに留まるのは呪いとかそんなのじゃないです。単に、そこから出て行く方法を知らないのと、なんだかんだでそこの住み心地が良いからです」

 言われてみれば、と、妙に納得する。家に縛られているとか言う霊媒師がテレビで「この家はダメ!」とヒステリックになっている姿が、突然滑稽に思えてくる。

「なるほど。だが実際、もぬけの殻になってたんだろ? 何か理由があるんじゃないのか」

「それがわからないんです。あちこちに聞いてみていますけど、全然わからなくて……しかも、ですよ。世界各地でそんな現象がたくさん起こってるようなんです。ちょっと、職場に確認してみてくれませんか。きっと同じことを言いますから」

 すぐさま電話を出して、コール。仕事絡みとなるとジェイは速い。

「俺だ。ちょっと調べてほしいんだが……」

 やがてジェイは「マジかよ」と呟いて電話を切った。そしてオリビンに向き直り、

「本当らしい。全国の支部から、目をつけていたエリアに同様の現象が起こっていると、報告が相次いでいるそうだ」

「魔法界で、何かあったんじゃ……」

「考えられる原因は、そこだな。しかしどうする? コンタクトは向こうから取ってもらえなくちゃどうしようもない」

「魔法界との接続が危ういのであれば、お電話やオンラインもそうなるはず。ええと、大魔女でいちばん暇してるのは……」

 やや失礼にあたるのではないかと思われる探し方でオリビンが選んだのはエメラルドだ。

「……つながらないですね。ええと、そうしたら次は……」

 ルビー。アメジスト。サファイヤ。トパーズ。順にコールとコンタクトを図るが、すべてつながらない。奇妙なことは、コール音すら鳴らずに切れてしまうところだ。

「全員から着拒食らってない限りあり得ないです」

「それは、考えられるか?」

「……ノーコメントです」

 珍しく難しい顔をするオリビン。珍しいこと続きが面白くなってきたジェイは、鼻歌交じりに着替えを始めた。

「When the crypt goes creak and the tombstones quake、さて、本部に顔出してくる」

「詳しく聞いてきてくださいね」

「おまえもいっしょに来て構わないんだぜ」

「……あそこは、得意じゃないんです。あのひと、いるし。一旦、気を紛らわせます。ファンクラブ限定コンテンツの配信が今日までなんですよね」



「ああもう〜〜〜!」

 ペッペッ、と手から塵を叩き落としながら、タオはいい加減溜まり続ける不満を漏らした。

「いくらなんでも最近異邦人多すぎ!」

「首都、それもブルーミアの敷地周りに出るたあこりゃ只事じゃねえ。トキシカ設立以来だぜ、こんなのはよォ」

 カロライナも同意見のようだ。各部隊、全員、奇妙な日々が続くことに、初めこそ苛立ちや焦りを覚えていたが、ここまでくると、不安になり変わる。そわそわと落ち着かない様子の隊員が多かった。

 その中でも落ち着いているのはロッキーやリリーをはじめとする、地方出身者たちだった。彼らが日々相手していたのは、現状よりも少ない数の異邦人だ。

「こんなモンで慌てるなんて、カロライナらしくないぜ。地方の戦線だって知ってるんだろ?」

「首都が地方並になんのが、マズいんだ。傾向だけで言や、このままじゃ地方だって異邦人だらけになっちまうんだぜ」

「土井中ァもっど毎日大変だったべ。やっぱ弾数は多い方がいいんでねえかなあ」

「それとこれとは別よ! なら、AIの彼に聞いてごらんなさいよ。どうなの? データは」

『確かに増加傾向にはあるが、これまでのデータを元に計算した予測数よりは下回る。爆発的な増加ではないよ』

 誰も経験したことのない現象に、打開法はただ一つ。

「つべこべ言ったってしょうがねえ。俺たちは、ただ、倒す。それだけだろうが」

 ダチュラは静かにそう言う。反論はできない。皆、それしか道がないことを知っている。

「もっと素早く動く。もっと強くなる。強い精神力で、戦術と知恵で勝つ。違うか?」

「是である。だがしかし、少しばかり、知恵が足りぬ。我はそのように思う。これでは式典も危険であるな……日も近いというに」

 ナルキスはこの、会議にほど近い会話の間ずっと黙っていたが、四人で繰り出したレストランのパスタ皿にそっとカトラリーを置いた。

「僕の、気のせいなら、いいけど」

「……?」

「最近の異邦人たちは皆、同じ方を向いてる気がするんだ。それに、大きさも、本当に少しずつだけど、大きくなってきている。気付けないくらい少しずつ」

 誰もそれを、馬鹿馬鹿しいと断ずることもないし、肯定もできない。ただ、ナルキスの審美眼の正しさだけは、知っている。

「同じ方?」

「僕なりにね、異邦人たちの『正面』を考察したことがある。彼らは常に歪な形をしているが、人々を的確に襲う。そのとき必ず、一点を見るはずだろう? それを彼らにおける『正面』と捉えて、複数事例調べたんだ」

「確かに……連中の、顔なんて視点じゃ、見たことなかったな。で? どうだったんだ」

「うん。おそらくある。目のついている個体もいたが、それはあてにならない。あれらは、核でモノを見ている」

 異邦人には必ず「核」が存在する。人体で言う心臓に値する部分である。そこを破壊することが、異邦人退治における最適解とも言われており、トキシカ入隊を目指す学生はすべて習う項目だ。だが、

「核に目みてえのがついでるってことだなァ? んなのあり得んか?」

「目というか、感覚器官だね。人体がそこに在る、と、感知するための器官。残念なことに、視認できるものでもないし、やつらは殺せばすぐ塵になってしまう。確証を得られるかと言われると、怪しいね」

「でもさ、いろいろ観察して、向きが同じかもって、割り出したんだろ? スゲーじゃん! なんで誰にも言わねえの?」

 ナルキスの長いまつ毛の影が頬に落ちる。美しい横顔に、通りがかったウエイトレスからため息がこぼれる。照明の上手い当たりどころを瞬時に見つけ出したナルキスはちょっとだけ、満足そうだ。

「これを言うのだって、ためらったとも。僕にある自信は美しさだけだ。正義や正答というものにはてんで自信などない」

「ンだそれ。確かにテメェは矯正のしようのねえくらいのナルシストだが、テメェの答えが合ってようが間違ってようが、別に気にしねえだろ」

 ロッキーはフォークでナルキスを指しながら、リリーの除けた野菜をつまむ。タオも追加のピザを口いっぱいに詰めながら、ウンウン頷いた。

「……そうかい。ありがとう。やはりきみたちは僕にとってかけがえのない友だね。では見せようか、この、正解のない地図を」

 メインはすっかり片付いたピザの皿の上に、バサリ、広がる手描きの地図。



 四人は早速、街から繰り出したことを後悔し始めた。大小様々な異邦人が徘徊する、首都とは思えないような空間で、警戒を怠れない。

 何故、こんな場所が放置されているのか? その答えは、「アルラウネの夜」当時まで遡る。

 当時、ドレイク一派が拠点としていたのが、首都に存在した自然公園内の施設だった。美術品として保存されていた一軒家なのだが、行政による整備のため閉鎖されていたところを、施工業者に介入するなどして工期を遅延させ続けていたのである。

 四人が過剰に警戒しているのにはもちろん理由がある。こここそ、ドレイク一派が警察と衝突を起こした現場なのだ。複数の「穴」に加え、そこから常に異邦人が侵入し続ける。自然公園とはかけ離れた姿に成り果てた、薮とでも呼べようここは、いまはトキシカの管理下にある。本来学生の入場は許可されていないが、彼らがここへ忍び込むことは難しいことではまったくない。

「……オメェら」

「ん?」

「これ……使い。R.O.D.Oさを取り込んであるデバイス」

 リリーは人数分のメガネ型デバイスを取り出した。

「ここさ来るんなら入り用だっぺ、な?」

「門外不出の技術だとばかり思っていたが」

「オメェらでねがったら、渡さね」

 R.O.D.Oにより可視化される異邦人たち。「家」まではあと少しだ。

「ナルキスの言う通りだぜ。連中、同じ方を向いてうろついていやがる」

「ここの門番の隊員キツいって聞くけど、こんなまっすぐ向かってくるんじゃマジ大変だな」

「てことは、行く先もわかっていやがんだな。クソッ、こんなヤベェところ作り出して何がしたかったんだドレイクのヤツは」

 不許可入場の身で騒動を起こすわけにはいかないので、異邦人を避けながら「家」に近づくしかない。薮を掻き分けながら進むと、ようやく、「家」の姿が見えてきた。何故そのままで建っていられるのかわからないような状態だ。建てられた当時は豪邸であったため、巨大な廃墟が残されているようにしか見えない。

 その玄関口に、誰かが立っていた。

「え」

 四人は慌てて公園を出た。見間違えていなければ、自分たちの見たものが何故そこへいるのか、理由がまったくわからない。

「なんで……ダチュラが、あそこに?」




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