第八話 Proud Of Your Boys & Girls

「エンちゃんより先に、私からのフィードバックです! 素晴らしい! 四人で頑張って、すごく良いレポートができましたね!」

「光栄です」

「じゃ、エンちゃんに代わるね」

 ナルキスはうっすら笑っているのだが、瞳の奥にはどうにも隠しきれない野性が潜んでいる。エンカイに切り替わったグロリオサはそれを見抜いた上でニイッと笑った。黒い影に、真っ赤な口元が裂けているようにしか見えない。

「味気なかったのではないか?」

「合宿に比べれば、実に。ですが素晴らしい友達と、楽しい時間を過ごせました」

「やはりな……見込みがある。ついてまいれ。余の美しい月たちへ、貴様を見せてやろう」

「!」

 ナルキスの目は、今度は喜びで輝く。エンカイの月たち、それは即ち、第三部隊のメンバーのことだ。彼女たちは「オラパ」という通称で呼ばれ、これまですべて、女性メンバーのみで構成されてきた。そこへの目通りを許されることは、ナルキスにとっては夢への第一歩と同じである。

「合宿での活躍も目覚ましく、書き物をさせても優秀ときた。そして己で喧伝する通り、貴様は美しい。男にありながら余の月たちに相応しい」

「ああ……そんなに褒められては……!」

「脱ぐでない。美しいがな。良いか? だが貴様にはまだまだ伸びしろがある。そして、まだ迷いがある」

 エンカイの後ろについて歩くナルキス。向かう先は修練場でもグラウンドでもない。どこかの教室のようだ。ガラッとドアを開けると、すべての席に、揃えの白銀の鎧を身につけた女たちが歓談していた。

「余の美しき月たち! これをご覧」

 これ、とエンカイが示したのはナルキスである。紹介を受けたナルキスはジャケットを脱ぎ去ると深々と頭を下げた。

「皆様にお目通り願える光栄、心から感謝いたします! 僕はナルキス。皆様の後進となる男です!」

 堂々たる名乗りである。エンカイは満足気に頷いている。その大胆ぶりまで含めて、ナルキスを気に入っている。オラパの女たちは口々にナルキスについて言及し始めた。

「男にしては美しいわ」

「あの肌ったら素敵よ!」

「髪のツヤ、羨ましいね」

「え、なんで? シャツまで脱ごうとしてる」

「そうであろうそうであろう。何せ余の試練にいの一番に挑んだ者。剣の腕も良く、見目も良い。おまけに首席入学」

 エンカイは相変わらず満足気に、腕を組んでウンウン頷いている。シャツをはだけさせかけるナルキスにジャケットを叩きつけたが、悩むところはそこだけのようだ。

「卒業後は間違いなく、余の下に配属させる。いまのうちから交流しておくが良いだろう。あと脱ぐな」

「身に余る光栄に心が震えているのです! なんてことだ、ああ、服が、邪魔で仕方ない……!」

「オサ、あたし知ってるよ。こういうの、残念なイケメンって言うんだよ」

 とはいえ、ナルキスが歓喜しているのは真実だ。憧れの太陽と、その寵愛を受ける月女神たち。トキシカ第三部隊とはそのような部隊だ。そこへ、何の障壁もなく受け入れられるかもしれないというのは、何より特別なことである。


 僕はオラパにおける、初めての男性メンバーになるのだ! こんな栄光は他に何もない!


 ナルキスは心から喜んでいた。それは、能力や外見を別とした理由を汲んだからだった。

 オラパのメンバーが、すべて美しい女性で構成されていたのには、理由があった。彼女たちは皆、美しいが、どこかに必ず大きな傷がある。それは、身体にくっきりと残っているものもあるし、心に刻みこまれてしまっているものもあった。

 「瑕物の女たち」。それがオラパ入隊の条件でもあった。

「オサよ。どうか教えてくれ。なぜ、彼を我らオラパへ迎える? 彼は美しいが、男であり、見たところ瑕もない。まさに完璧な男だ。オラパには、相応しくないのではないか?」

 女の一人が問う。ナルキスはエンカイを振り仰ぐしかなかった。美しさに自信はあっても、事実、選ばれた理由はわかっていない。

 エンカイは「そうだ」と答えた。

「その通り。これは実に美しき男。瑕無く、完全な男だ。一輪の、完璧な、美しき花……それは、何よりもおまえたち月女神を引き立て、また己も月の光を浴びて輝く! 余は求める、より美しき月を、そしてその中にありながら自らも輝く花を!」

「そうか……オサ、わかったよ。きみは本当に、私たちのことを思ってくれているのだね。そして、彼のことも、いっそう磨き上げようとしている。嬉しいよ」

「引き立て合う、僕と、オラパの皆様……なんてことだ、夢にまで見た光景だ! なんて素敵なんだろう……!」

 ナルキスは恍惚と、さっき無理矢理着せられたジャケットを脱ぎ始める。首根っこを掴む勢いでエンカイに着せ直される。

「だがそれはおまえ次第だ。ナルキス、おまえの剣には、まだ迷いがある。何故か? おまえ自身がまだ、悩んでいるからだ……」

「隠しきれませんね」

「無論。だが都合が良い。皆よ、聞け。日も近くなった式典だが、此度は我らトキシカも参加するよう伝令があった。その上大魔女も呼ぶとのことだ。不慮の事態に備え、いっそう鍛え上げるぞ」

「roger、オサ!」

 月女神たちはナルキスにそれぞれらしい歓迎を示しながら教室を出て行った。残されたナルキスと、エンカイ。

「鍛えてしまったからには、どちらも捨てがたい。おまえは悩んでいる。剣を取るか、頭を取るか」

「そうです。僕はどちらにもなることができる。僕にしか許されない、とても贅沢な悩み……」

「なるほどな。では式典までの間を楽しみに見届けてやろう。決して枯れぬ花となれ」

「ええ……感謝します。先生」

 ナルキスは深々と頭を下げる。奥底まで暴いてゆけば、彼はまだ、悩んでいる。どちらかを取るためには、どちらかを捨てねばならないと思っている。剣技を磨いても、頭脳を活かし軍師などを目指しても、どちらでも彼は咲けるだろう。故の、悩みであった。

「フフ、青い悩み持つ若き芽よ。では早速だ、試練を与えるぞ! 余の美しき月女神たちと手合わせしてまいれ!」

「……ああ! なんということだ! 僕は早速袋叩きにあってしまう!」



 レポートの講評後、ロッキーはカロライナにぽんと肩を叩かれ、まずは意識を失いかけた。

「あとで食堂に来てくれ。待ってるからな!」

「ひぇぁい」

 返事らしい返事もできずに、床に伏す。友に助けられながら、なんとか椅子には座る。


 なんで呼ばれた。カロライナがおれを見ているってことなのか。わからねえ。でも嬉しくて熱出そう。


 呆然と心音を整えていると、カロライナにはわかるざわめきが廊下から聞こえてきた。


 パックスだ!


 第二部隊の面々の声である。カロライナのファンを名乗る以上、彼直属の部下である第二部隊員たちのことまで網羅する。それがロッキーのファンとしての姿勢だ。

 どうやらパックスも食堂に向かっているらしい。時計を見ると昼時で、ふわりと、鼻腔をくすぐる料理の香りが漂ってくる。


 まさかな……。いや……! いや、いやさすがに、まさかな。そんな……わけは……。


 迷いつつ、ロッキーは食堂に向かうパックスの後ろに続いた。

「よー! リーダー! 今日のランチ何?」

「おうオメーら! 歓迎メニューっつったら、これ一択だろ! カロライナ様特製タコスだ! そりゃもうすっげ〜バリエーションでご用意したぜ」

「Yeah! 正直いちばん好き」

「ワ〜〜〜オこりゃ確かにすごいね。ちょっとちょっとォリーダー? な〜に浮かれてんの」

「これが浮かれずにいられるかって! な、誰か呼んできてくれ。新入生の赤い髪の子だ!」

 パックスは全員きょとんとした顔をして、それから、ザッと真ん中で群れを割った。カロライナの視線まっすぐ先に立ち尽くすロッキー。

「それってこの子じゃね?」

「お! そうそう! 嬉しいねえ、早速来てくれたのか!」

 カロライナはいそいそ、エプロンをつけたままで、サッとロッキーの肩に手を置いた。

「オメーら聞いてくれ! ブルーミアの今年の新入生だ! 四人のヤバい連中の中の一人なんだぜ。ロッキーちゃんだよろしくな!」

「よろしくな〜」

「よろよろ〜」

 思い思いの挨拶でひらひら手を振るパックス。ロッキーは肌が白くなるくらいに拳を握ってすんでのところで意識を保つ。

「んでさ、なんでオレらにも教えてくれんの? しばらくは授業っしょ?」

「うん、卒業したらパックスに入るから、先になー。早いうちからオメーらとも仲良くしといてほしいし」

「はっ……えっ……!?」

「いいねえ! ようやくうちらにも後輩だ!」

 ロッキーだけが事態を把握できない。焦った表情でカロライナを見上げることしかできない。カロライナはにっこり笑って、

「そういう感じだから、な!」

「え……!? え……!?」

 慌てふためくばかりのロッキーに、カロライナはハッとした顔でたずねた。

「ひょっとして……嫌だった……!?」

「そんなわけねえ!! ありえねえ!! おれ! カロライナだいすき! パックスだいすき! みんなのファン! うれしい!」

「よかったあ!」

 パックスの面々は「こりゃ面白いことになったな」と思っているが、ニコニコした表情の中に隠してしまう。からかうには、もっと良いタイミングというものがあることを、彼らは知っている。

「じゃ、今日のこの豪勢なランチは、ロッキーのプレパックス加入祝い?」

「そんな感じ。あとあれ、試験も宿題もいい出来だったから、チヤホヤも兼ねて」

「へー、スゲーじゃん」

「スゲーんだよ。あのパパともう顔馴染みなんだぜ? サファイヤ様とも……」

 ロッキーは頬が緩まないよう、険しい顔をする。


 そうだ。おれは知っている。カロライナにとって、タコスが大切な祝いの料理だってことも。

 つまりおれは、祝われている。カロライナに。己の部隊への入隊を期待して。


 そこから時間は緩やかに進む。食べかけのタコスを手に持ったまま、ロッキーはぼんやりと呟く。

「夢が叶った……」

 とうにどんちゃん騒ぎへと変貌したランチタイム。ロッキーのそばでもういくつめかわからないタコスにかぶりついていたカロライナは、優しくたずねた。

「どんな夢?」

「カロライナといっしょに、パックスのみんなといっしょに、最強の部隊で、戦う……でも、どうしよう。夢が叶ったら、次はどうすればいい?」

「んふふ……あ、ごめんごめん。やっぱ嬉しいんだよ、ファンの子がここまで頑張ってくれたことって、俺にはマジで嬉しくてさ。それにさ、叶った夢のその次を探すのって、実はもっと楽しいことだったりして」

「その次……?」

「そ。俺は夢と夢の続きとを追っかけて追い越して、そんでまた追っかけて、ずっとそれの繰り返し。草原を荒野を街中を、足場なんざものともせずに走り続けるコヨーテの群れ! それが俺たちパックスだ。だから実は、いつでも腹が減ってて、いつでも仲間が欲しい。そこに、信頼のおける、燃え上がるキャンプファイアみたいなヤツがやってきた! スゲーぜ、俺も夢が叶うんだ!」

 食べかけのタコスはすっかり握ってペシャンコになっている。それをベチン! と皿に放って、カロライナはロッキーの手を握りしめた。

「炎をも恐れぬコヨーテの群れが、ついに炎さえ味方につける! おまえのことだよロッキー! さ、おまえの次の夢を、俺と探そう!」

 パックスの面々は微笑むばかりだ。カロライナがほぼ毎回この熱量で新人を迎え入れるのを、彼らは知っている。だが今回は少し、驚かされてもいる。


 ちょっと、あの子のこと気に入りすぎてない?

 思った。まるで愛の告白。

 確かに、実力は申し分ないらしいけど……?

 ワォ、どうしよ。こっから何かが起こったら。

 そしたら今度は俺らでパーティしようぜ。


「カロライナ……おれ……! 新しい夢を、探したい……! いっしょに……!」

 パックスの面々は顔を見合わせる。


 お似合いかも。

 じゃ、心配ないね!


 熱く抱擁を交わす、新しい師弟関係の起こる瞬間は、特に誰にも見られていない。



「今日からあたしがあんたの先生よ。じゃ、早速得物全部出して」

「マジでか」

 リリーは控えめに驚いている。R.O.D.Oはそんなリリーのバイタル値の変動を検知しているが、想定よりも低いため、あれこれと予測を立てている。

「何に対しての『マジ』よ。あんたの得物は銃でしょ? ならあたしが適任じゃない」

「やー、びっくりしちまって。まさかほんとにディギーに教われるたあ思っでねがったでな」

「まだきちんと認めたわけじゃないけど、あんたには実力があるわ。それをあたしなりに整えるのは、教員の姿勢としては、当然。……ちょっと待って。まだ出てくるの?」

「ん?」

 机一つに収まらず、二つ、三つと銃火器で埋まってゆく様を黙していることに我慢がならなかったディギーが口を挟んだ。せいぜい、あのアーマーと拳銃が三丁、くらいだと思っていたのだ。

「ん? じゃないわよ。あんた、普段からこんなに持ち歩いてるってワケ!? てかどっから出てきたのよ……」

「こうでもすてねえと、土井中じゃやってげね。身を守る手段は多いに越すたことねえ」

「恐るべき、辺境の地……いえっ! でもっ! ダメよ! あんたはね、腕の足りない部分を、弾数で補ってる。弾一発、いくらすると思ってるの?」

 リリーは不満げに頬を膨らませた。

「すりゃ、ディギーみでぐ腕がありゃ、ウチも上手くやれら。ケチケチでぎら。あと、ウチはドンパチやんのが好きなんでな!」

「首都を土井中といっしょだと思わないで! あとケチケチって何よ! ケチじゃないわ、節制とおっしゃい! 美徳よ!」

「んやただのケチだべ」

 山盛りの銃火器によって、二人の間には壁ができている。心象風景のようで、教室の引き戸のあたりからこっそり見守っていたポールはやれやれとため息をついた。

「でもな、やんねえといげねことは、わがってんだ。ウチもディギーみてえな腕になんねえとな」

「そうね。隠し種があるのは悪いことじゃない。それを必要最低限で使うことが、より美しい技術だと、あたしは思う」

 リリーの出した銃の一丁を手に取るディギー。手入れは、かなりしっかりとされている。きっと、いつ使うことになっても大丈夫なように。

「あんたは既に、チームワーク性と単独行動性とを使い分けられてる。モノの見方もいいセンスしてるわ。だからあたしと、第四部隊のメンツで、とにかくブラッシュアップするの。あんたは、磨けば、必ず光る。それは保証する。それにあたしたちも、あんたの土井中からのお友達について、いろいろ聞きたいし」

『私のことと判断したが、どうかね?』

 皮肉っぽく混ざってくるR.O.D.O。リリーがアーマーの頭部だけを起動させると、黒板をスクリーン代わりに、R.O.D.Oの姿が映し出された。

『ご挨拶が遅れて申し訳ない。私はR.O.D.O、しがない人工知能だよ』

「とんでもないわね。こんなにスムーズに会話できるAIがいるってのも驚きだし、その上異邦人を検知して撃破までするんですって? どうなってんのよ。こんなの公表したらあたしたち必要ないじゃない」

『私はそこまで働き詰めになるつもりはなくてね。リリーさえ守れれば、それでいい』

「リリー? 愛の重い男はよしなさい」

「R.O.D.Oさはウチが作ったんで、ウチのことすか守りてぐねえんだな。でもウチがきちんと命令オーダー出せば聞ぐから」

 そういう問題じゃない、とツッコミを入れたくなったディギーだが、もう一度R.O.D.Oの姿を見、首を傾げた。

「な〜んか見覚えある顔してんのよね……好きな芸能人でもベースにした?」

『いや。私は……』

「R.O.D.O、ミュート!! で、な、んな、なんでも、ねえがら!!」

「いいじゃない教えなさいよお」

「まだだめ!」

 ようやくリリーに年頃の感じが出てきたので、ディギーはようやく笑うことができた。

「うふふふ……じゃ、とっておきの弾丸節約術を教えてあげる」

「え? 何?」

「弾一発ずつ、名前付けるのよ。こっぴどくフラれたヤツの名前じゃなくて、ずっと忘れらんないヤツ」

「うわ。悪趣味」

「これが結構使えるのよ。きちんと卒業できたら、あたしの最後の最後の弾に付けた名前、教えてあげるわ」

 「う〜〜〜ん」と悩むが、リリーは結局、頷いた。

「興味ねえけど、想像つがねえから、聞ぎてえな。おし、頑張んべ」

「頑張りましょ。手始めに得物を削るところから! それと、名前もね」



 第一部隊は、部隊と名乗ってはいるが、実質ダチュラ単独の部隊だ。副隊長も在籍はしているのだが、現場ではダチュラが一人ですべて片付けてしまうので、ほとんど表には出てこない。

 その、第一部隊副隊長・ベラドンナが、タオを待っていた。広々とした修練場は、かなり物置としての存在感が強い。外観よりも一回りほど狭い室内に入る。タオはきょろきょろと周りを見回すしかできない。

「きったね〜〜〜」

「仕方ないじゃないですか。トキシカは暇じゃないんですよ。昔ならともかく、最近は虚構ウソみたいな数の異邦人がやってきて。掃除が追いつかないんです」

「そうなんだ……ちょっとずつやってくのも無理?」

「無理です。ていうかやりたくないですし。ここにあるの、ほとんどグロリオサさんのですし」

「そ、そうなんだ。じゃあ、本人に任せないとだよね」

 ベラドンナは、美女である。

 現場にはほぼいないため、彼女すら駆り出されるような現場を捉えた写真などには大きく映されがちだ。紫がかった黒髪を腰あたりまで伸ばし、肌は白い。すらりと高い背丈。大きな眼窩に、他人よりも大きな瞳孔のある目玉が埋まっている。

「ダチュラは?」

「そのうちいらっしゃいます。タオさん、と、おっしゃいましたか。彼に気に入られるなんて、随分メッチャお強いんですね。宿題も褒めていらっしゃいましたよ」

「ほんと!? うれし〜」

「ええ。本当。だから私、本気憤怒マジギレしてますわ。よりにもよってダチュラに目ェ掛けられるヤツが出てくるなんて」

「ん? え?」

「ダチュラが来るのはあと十五分後。それまで、思う存分新人いびりおけいこさせてもらいますわ。私と彼だけの第一部隊せたい……夢と理想の職場環境おうち……あなたが壊そうとしてるのは、私の、世界かてい

 ベラドンナの黒髪が不穏に揺らめいている。タオは思わず一歩、退いた。


 なんで……殺意向けられてんの? オレ。


「ダチュラは、私だけの隊長。上司。本気恋愛ガチコイ対象。ポッと出のあなたに盗られるなんて耐えられないわ」

 ベラドンナは、美女である。

 ダチュラを心から愛し、愛し、愛した結果、当時従事していた事務職を辞し格闘技を習得し執念と狂気のみで第一部隊の副隊長にまで昇り詰めた、妄執を抱えた、美女であった。

「さ……始めますよ」

「オレだけ……全然歓迎されてねえじゃん! 酷えよー!」

 旗手であり、槍の使い手でもある。ベラドンナからの一撃はすべて偽りのない威力で発揮され続ける。修練場の床に穴が空くことも、グロリオサの私物がズタズタになることも厭わず、ベラドンナは槍を振り回す。

「わっ! うわっ! クッソこんなんで!」

「なんで避けるんですか? いびれないじゃないですか」

「いびられてるよ! いまこれめちゃくちゃいびられてる! 当たるまでいびってないつもりなんだ!? 認識怖えよ!」

「え? ていうかなんで避けられるんですか? 一応私、他のメンツ全員地方に追い出してダチュラの専属部下になるくらいには強いんですけど」

「やり方がパワータイプだ!」

 ものの三分で、修練場は悲惨な姿に変わっていく。焦ってきたのはベラドンナの方だ。


 おかしすぎる。こっちは槍の分リーチあるのに、あの子、生身で全部捌いてるの……危険ヤバすぎ?


「チクショ〜ッなんかムカついてきたぜ。反撃とかしないでおこっかなって思ったけどよォ、いびられてンだったらちっとはやり返さねえと味気ねえよなァ〜ッ!」

「は? ……思考が読めなさすぎる……あと十分で潰せるかしら……」

 流すばかりだったタオだが、ベラドンナと大きく間合いを取ると、一度、大きく深呼吸した。そして、

「!? 速……!!」

「槍のスペア……注文しとくんだな!」

 震脚、からの、猛スピードでの前進。一気に槍の内側に入り込むと、高位置から脚を振り下ろして、ベラドンナの手から槍を叩き落とした。真ん中でメキャッと折れる槍。変形したそれを、遠くまで蹴り滑らせる。

「!」

「もう動いちゃダメだぜ。ここに敵の手ェ当たってたら、大人しく降参すんのが身のためだ」

 タオの手刀が、ベラドンナの首筋にそっと当てられていた。

「……試験のときって、かなり脱力してました?」

「初手でグラウンド百周させられてっからね。一応疲れては、いたかな?」

「は〜〜〜……ヤクい……ダチュラが気に入るわけですね。やっぱり私じゃ相手にすらならなかったですか。無味乾燥ツマンネ

 ほんの五分足らずの決着。あと十分は来ないはずのダチュラが、煙草をふかしながらやってきた。

「おまえ、マジに強えなあ。何やってきたんだ?」

「あっあっ! ダチュラ! えっとな、んっとな、なん……だろ! わかんね!」

「たぶん固定の流派じゃない。あれこれ混ざってる上にきちんと教えてたヤツがいたわけでもなさそうだ」

「そうなんかな? ガキの頃からいろんな強えオッサンにいろんなの教わったからなー」

「いろんな強えオッサンね……そう周りにホイホイいるモンでもねえと思うが」

 不満顔のベラドンナに、メキャメキャになった槍を手渡して、ダチュラはごくわずかに、笑った。

「何にせよ、トキシカの未来は明るいな。おまえのようなのがあと三人はいる。隊長連中もなかなか舞い上がっていやがる」

「憧れが目の前で構えてんだぜ。やる気にもならあ」

「その調子で、文句言わずに式典の警備も駆り出されてくれ。大魔女は見習いまでお呼びするそうだ」

「え! 式典!? オレ行くの!? トパーズも来んの!?」

「いま俺そう言ったろ」

 いままで式典に大魔女が招待されたことはなかった。が、先日サファイヤが異邦人被害に(かなり自業自得だが)遭っている。魔女・魔法使いに対して異邦人対策の第一線の状況を啓蒙するにはあまりに良いタイミングだろう。

「ただでさえ最近は、首都にすら異邦人がバカスカ出てる。大魔女様を一箇所に集めるなんざ危険極まりないが……まあ、いざとなりゃそこに守りを固めりゃ、いいしな」

「スゲー……オレも初めての大仕事になるんだあ。卒業前なのに」

「ハ、そうだな。……おいベラ、いつまで拗ねてる」

「いいんですよ。別にいいんです。式典に合わせて新調しようと思ってたとこだし。ちょっとくらい屈曲メキャっても、別に」

「え、なんか、ごめんね」

 あからさまに拗ねていたベラドンナだが、勝手にダチュラの全身を見回して視覚を満足させると、大人しくどこかへ去った。

「あれでいいんだ……」

「安くて助かってる。ところで、聞きたいことがあってな」

「なに〜?」

 ダチュラは、一瞬、怯む。ついさっきまでベラドンナの鮮烈な殺気を受けていたはずだが、タオは動じないどころか、まるで何もなかったかのようにヘラヘラ笑っている。それは、タオが少なからず人間を手にかけてきたことがあるからだが、ダチュラはそれを知らないため、新鮮に驚いている。


 強いな。何もかも。


「レポート、寄越したやつの中にな、メモが挟まってた」

「え、ごめん。たぶんいらねーから捨てちゃっていいよ」

「そうか。ま、不確定な情報だったようだしな。誰に聞いた」

「あれかな、もしかして。ドレイクに好きな子いたかもってやつ。なんか、ベロベロの酔っ払い。飲み屋界隈じゃ有名人だし、酔っ払ってるだけでフェイク言う印象なかったからほんとかなーって思ったけど、宿題にはいらねーってなって、削った」

「そうか。メモは処分しておく」

 結局、どれほど調べても、ツキがわめいていた「カキタレ」の情報は、出てこなかった。まったくのデタラメと、割り切れればよかったが、タオはまだ、ほのかに断じきれずにいる。

「その……酔っ払いの話。信じてるか?」

「あんま。でもあり得るとは思うよ。オレ……ちょっとアレな育ち方したけど、そういうヤツ、多かったから」

 ハネた横髪を指でくるくる遊びながら、最近はめっきり思い返すことの減った過去のことを思い出す。憂うでもなければ、憤るでもない。曖昧な表情のタオの横顔を、ダチュラはじっと見ている。

「根っからの悪人ほど、誰かに縋ったりはしねーの。悪いことしてるなって思ってるヤツは結構しんどいみたいでさ、腹割って話せるヤツを探してたよ。なんか……辞めりゃいいのにって思うかもだけどさ。そいつらが今更いろいろ辞められるかっつったら、そうもいかねーし。んで……もし、さ、ドレイクがそういう、今更どうにもなんねえ状況なんだったら、その子のこと本気で好きだったのかなー……とか。その子に助けられてたのかも、とか。思わなくはないよ。オレはそういうの、知ってるから」

「言動はガキなのに結構考えてんだな」

「実はそうだったりしてな? はは! ま、結局のとこわかんねーんだけどな。ドレイク死んでっし。そんな子いたのかも裏付けねーし」

 ダチュラはもう何も言わない。ただ、ほとんど動かない表情が、ほんの少しだけ強張った。

「式典、なんもないと、いいね」

「俺たちの仕事は少ないに越したことないからな。よし、稽古つけてやる。……おまえも棒使ったらどうだ? リーチあると、その分強いぜ」

「できなくはねーんだけど、素手のが感覚わかりやすくて好きなんだよね」

「そうかよ。式典まではずっと稽古だ。飽きるなよ」

「よっしゃ!」

 それぞれの特訓が始まり、新入生たちは、それぞれの悩みや楽しみを抱え、日々を過ごす。




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