第七話 We Don't Talk About Drake
ロッキーがパパと打ち解けるのに、そう時間はかからなかった。パパがカロライナとは旧知であることが判明したからだ。
「カロライナ、いいよネ! ボク知ってる頃はtiny babyだったカラ……いますっごく、強い! ボク自慢できる」
「ああ、ああ! わかるぜ! カロライナは最高なんだ! 強いだけじゃない、優しくて気が利いて周りがよく見えていて、一挙手一投足すべてがセレブより輝いているんだ! 脚が、すごく、長いし……!」
「お料理教えたのボクだヨ! カロライナ、マンマのためにタコス作りたかった。で、ボクに教えて、言ってきた」
「なんだそれ! 初めて聞いた! すごいッすごすぎる! なあパパ、夕飯作りおれにも手伝わせてくれ!」
「Vale! タオのお友達、カロライナの仲間、それボクのお友達ヨ」
パパは一歩の幅が大きいが、のっそり歩くので、歩幅ではまるで追いつけないはずのリリーは違和感なく追いつけている。それに気づいているナルキスは、改めてタオの、変化してからの環境に思いを馳せる。自分とは種類の違う、けれども、確かであたたかな愛情を、タオの周囲からははっきりと感じ取れる。
「おお……! ここが、GALA! ッカァ〜〜〜すンげえ! ウチいっぺん来てみだかったんだァ! なんだべここァ、庭の門から洒落てっぺなァ! んだべありゃ、新作け!? ハァこりゃえれえかンわいいなァ〜〜〜!」
店先で飛び跳ねる少女を見かけ、サファイヤは鼻歌混じりに店のドアを開ける。
「まっ! な〜んて可愛らしいグループなのかしら! お嬢ちゃん、試着もできましてよ!」
「ほんと!? う、ウチ、じゃあ、あのツイードのワンピース着てみでえ!」
「あ〜ら懐かしい訛り。キュートだわあ。タオくんごきげんよう。素敵なお友達ができたみたいであたくし一安心ですわ。中で鍵っ子ちゃんもお待ちよ」
「サファイヤさんジャケットありがと! お邪魔しまーす!」
宿題のことなどほぼ、忘れている。魔力の無い故に、関わることなどないと思われていたはずの、大魔女。その見習いにまで挨拶ができるとは、タオ以外は考えもしなかっただろう。
「タオくん! 合宿どうしたの!?」
「早めに終わったんだ。なあトパーズ、オレ友達できたよ。紹介する! ロッキーと、リリーと、ナルキス!」
「わっ、わっ! あっ、あの、トパーズです! どうぞよろしく!」
タオにとって普通になった光景は、三人には真新しいものだ。そしてそれは、実は、パパとサファイヤにも同様であった。
和気藹々とした空気のまま、夕食の支度に差し掛かる、そのように思われた。
「合宿早めに終わって、今日はどうしたの? もうおうちに帰っていいの?」
「なんてことだ、宿題のことをすっかり忘れていたね」
「図書館から引き上げてきてそのままだったな」
「わざわざ本借りできたってのになァ」
「そ。オレら宿題出されてんの。ドレイクについて調べてきてレポート作れって」
トパーズの何気ない質問と四人の答えで、空気が一変した。決して失言などではないが、ここにいたのが事情に根深いパパとサファイヤだったのが原因だ。
「おやめ! その男の名を出してはだめよ!」
「オ〜! ノ、ノ! 触れちゃだめドレイク! これみんな言うヨ!」
「え? え……?」
サファイヤは怒りか悲しみか、見たことのない表情をしている。パパにもたれかかり、パパはそれをダンスの補助のように支える。さしずめ悲劇のワンシーンである。
「あれは……あれはあたくしの、お店のオープンの日! とっても晴れていたのよ!」
「晴れてたのにサ……」
「首都でドレイクがテロを起こして、それがとっても大きな爆発だったものだから、煙がこっちにまで流れてきたの! もう! 思い出すのも苦々しいわ! ああ……おかげでオープン当日は、過去売上最低日でもあるの! オープンが売上ゼロなんて、酷すぎるのだわ!」
「可哀想マリーヤ……ボクまだいっしょじゃなかった」
呆然と、GALAオープン秘話を聞かされる。四人はもちろん、トパーズも初耳だ。
「ボクも、ドレイク、怖いヨ。魔力無いひとたち助けたかったは、わかるケド……暴れすぎ、良くないよネ。首都の駅舎、大体新しい、みーんなドレイクが壊したせいだヨ」
「そ、そうなんだ……」
「そんなところにも被害の爪痕があったなんて。記念碑がありそうなところを調べてみなくてはね」
まだ立ち直ってはいなさそうだが、サファイヤはふらふらとパパから身体を起こして四人をそれぞれ指差した。
「いいこと? ドレイクについてお調べになるなら、じゅうぶんに気をつけるんですよ。彼がやらかしたのは本当に、とんでもないこと。世界のカタチがガラッと変わってしまったのよ。そこで失われた命も、心が痛むほど。大切なひとを失って、ずっと苦しんでる方もいるわ。学生さんが真剣に調べていることならって、自分の経験を話してくださる方も多いでしょうけれど、あたくしなんかよりずっとつらい思いをされた方ばかりってこと、忘れないで頂戴」
「……わかった。ありがとうサファイヤさん」
「どういたしまして。そうね、明日はジスのところにでも行ってごらんなさいな。運が良ければ長官さんもいっしょかもしれませんわ」
「……ギベオン長官のことです? そんなに簡単にお会いできるものなんです?」
「ええ! ジスのことがとってもとっても大好きなの。お仕事の合間を縫ってはジスのところに顔を出しておいでなのよ」
そこからはようやく、気を取り直し、パパとロッキーがキッチンに立ち、サファイヤはリリーの試着や採寸にフィッティングルームに入ってしまった。
残されたトパーズとタオ、ナルキスは、冷めかけの紅茶をチビチビ傾ける。
「トパーズはさ、ドレイクがいた頃って何してたの?」
「まだ生まれる前の話だからあまりよく知らないの。きっとみんなの方が詳しいよ」
「魔女は被害の筆頭ですが……地方にお住まいになったことは?」
「ないの。事件はもうないし、ニュースで被害者の報道がたまにあるくらいで……正直全然知らないの」
紅茶を飲み干したナルキスが「ふむ」とカップを置く。
「それでは、広く聞く、ドレイクの略歴をお話ししましょう。彼は平たく言えば単なる、無魔力者のテロリストです。ただし、未だ魔法界でその記録を破ることのない死者数を出した、という注意書き付きですが。僕たち訓練生が受験のため学ぶ内容に即して伝えると、彼が過激なテロ行為に及ぶようとなった頃は、魔法界で最も無魔力者に対する差別が激しかった頃です。いまでこそ、トキシカの台頭により無魔力者への差別は激減しましたが、当時は学業、職業選択、人生設計に及ぶまで、激しい差別をされていたと聞きます。ドレイクはそんな無魔力者の権利を訴えるためにテロ行為に勤しんでいたそうです。いくつもの活動を経る中で、彼は組織のリーダーとして祭り上げられてゆく。そんな彼の起こした最後の事件が、アルラウネの夜。同時多発爆発テロです。ドレイク一派と警察との衝突により、ドレイク一派全員と警察官多数、現場に居合わせた一般人多数が犠牲となった事件です。これによって、魔法界には穴が断続的に開くようになり、そこから異邦人が侵入するようとなりました。……以上が、非常に簡略化してはありますが、ドレイクについてです」
トパーズは途中からカップを置いて、怯えた顔で聞き込んでいた。知らないことが多すぎる。しかしその理由にも思い当たる。
「魔女も魔法使いも、彼のことを忘れようと必死。無魔力のひとたちは、同じ間違いを起こさないようにしてるのに」
「まあ、魔女も魔法使いも、フフ……大魔女見習いの前で言うにはあんまりでしょうが、尊大ですから。自分たちがこの世界で最も重要なピースだと思っている。だからこそ、大魔女ともなると、その功績を讃えられるのです」
ナルキスの視線はサファイヤに向いている。試着室からは終始リリーの興奮した声がしているが、そこに混じる歌声と踊る道具たちが勝ち取った権利は大きい。
「ドレイクの死後についても我々は学びます。無魔力者よりも後ろ指をさされた存在に皺寄せがいったからです。獣人差別……これも、残念ながらまだ、残っていますが。サファイヤ様が発起人となり、魔女・魔法使いへ獣人差別撤廃の啓蒙が進みました。これは、ご存知のはず」
「もちろん。だからこそそんな大それたことできそうにない私が見習い……っていう引け目はあるんだけど……」
「おや、なんてことを。トパーズ様もれっきとした大魔女、その見習いというだけでも、一般の魔女・魔法使いからは憧れられるものでしょう。そのおかげでタオに会えた、そうでしょ?」
照れ臭そうに笑うタオ。トパーズは顔を赤らめて俯く。
「僕は、美しい。だから僕のいる世界にも美しくあってもらわねばなりません。でも、この世界の根幹を探ってゆけば、必ず……ドレイクにたどりつき、そしてその記録は、美しくない」
「夕食よ!」
サファイヤの元気な声で、この場は一旦、締めとなった。
翌日、学校前に集まった四人の目の下には、一様にクマができていた。それぞれが徹夜で本を読み込んできたものの、
「成果なし! つかオレの借りてきた本ゴシップネタしかねえやつだったわ。レビュー見たけど最悪」
「僕はきちんとした出版社を選んできたのだけれど、著者によって主張がすべて食い違っていたよ……なんてことだ」
「これ書いだ奴ァ田舎を知らね過ぎら! データの比較対象が首都じゃ! 何の意味もねえ!」
「カスだったぜ。以上だ」
この通りなのであった。
「ん〜、やっぱ思ったんだけどさあ、昨日のサファイヤさんみたいに、当時を知ってるひとたちに聞くのがいちばん手っ取り早いよな」
「でもおめぇ、気ィつけろ言われたでねえか」
「うん。だから昨日、ジス先生に連絡取ってみたんだ。したらさ」
まだ新鮮に「大魔女と気軽に連絡の取れる仲なのか」という驚きがやってくるが、元々平均値からは外れている三人が一旦受け止めるようになるまでは早かった。
「遺族の会ってのがあるんだって。ギベオンさんが昨日のうちにアポ取ってくれてあるからさ、今日はそのひとたちに話聞こうぜ」
「なんてことだ! ああタオ、きみの人脈にはとにかく驚かされてばかりだね!」
ナルキスはいつの間にコンシーラーを塗ったのか、すっかりクマの隠された、いつもの、美しい顔を眩く輝かせてタオの手を取り上下にぶんぶん振り回す。
「スゲェぜ、やるなタオ。おし、早速行こうぜ」
「んだな。時期も時期だ、向こうさんも忙しいべな」
そんな四人の姿を、教員室の窓辺から、ポールが眺めている。
「あいつら仲良しだよなあ」
「いいことじゃないですかあ」
のほほんとした返事を、湯気の立つマグを持ったグロリオサがする。エンカイの覇気は一切感じられない程、一般OLに見える。が、数々の顔の傷がその印象をすぐにかき消す。
「いやあ、そりゃいいことなんだけどさ。ちょっと意外っつーか。だってここのトップ張るような連中って、大体、プライドが高いだろ? そうすると、どっかのお二人さんみたくなるのが関の山じゃない」
「ンだァ、本人いる前で堂々と悪口かァ?」
カロライナからの文句が飛ぶ。ダチュラは口を挟まず、ただ首を横に振るだけだ。カロライナはそのまま、堂々と、悪口を自ら続ける。
「プライドだの何だのは関係ねーよ。オレはオレの意思で、コイツを嫌いなの」
「ガキだな……」
「アァ!? こンの毒ナスビ、腕引きちぎってテメーの得物ブチ折って接ぎ木にしてやろうか!?」
「みっともない真似はおよし。どっちがガキよまったく。ご覧なさい? タオはダチュラ派、ロッキーはカロライナ派って公言してるのに、あんなに仲良しよ。ファンが鑑になってるってのに本人たちがその調子でどうするの、お馬鹿さんねえ」
首が妙な方向に曲がっているが、ディギーはダチュラとカロライナの顎を両手で押し上げたまま説教を垂れる。正論を叩きつけられているので、二人とも大人しくギブを示す他ない。
「なんにせよ、実力者同士が上手いこと連携できそうなのは、俺らとしては喜ばしいよなあ。そうだよ、あいつらそもそも、クソ強えじゃん。やーほんと、見込みありだよなあ」
ここで一人くらい反論してもおかしくない雰囲気だが、実のところ全員同じことを思っているので、反論は出ない。
「あの格闘技はもっと磨けばもっと光る」
「あの子の身のこなしはパックスでも活躍してくれそ~なんだよなあ~!」
「エンちゃんも褒めてましたよお、あの剣はまだ伸ばすとこがあるのが嬉しいって」
「そうお? あたしはあんなにバカスカ撃つのは嫌いよ。筋はいいけど」
いつもより会話量の多い教員室を、ヤカツは微笑んで見守っている。
「こんにちは。ブルーミアの学生さんがインタビューに来てくれるなんて、初めてのことで、私たちも嬉しい限りです。さ、どうぞ中へ」
「どうもこんにちは。急なお願いにも関わらず、感謝いたします。僕たちもこんな機会に恵まれて、嬉しいですよ。お邪魔しますね」
遺族の会は、首都のビル群の小さな一室で、活動をしている。活動の内容は、主に広報だ。追悼式典を控えたこの時期は、メディア各社からのインタビューも多く予定されているため、こうして時間を取れたのはひとえにギベオンの肩書によるものだろう。
「驚きましたよ。ギベオン長官さんからご連絡いただいたのは久しぶりでしたから。長官さんご自身も、おつらい思いをされていますから……私たちのことは、陰ながら支えていただいている状態でしたもので」
「え……な、なんか、あったんですか。オレがあのひとに頼んだんスけど……聞いてない……」
遺族の女性は少し驚いた顔をしたが、大量の資料の中から、当時の新聞の切り抜きを開いて見せた。
「きっと、あなたたちを、驚かせたくなかったんでしょう。文筆の魔女様がよく仰るんです。あいつは見栄っ張りの虚勢だけがいいもやしだから、いつも後からこっちを心配にさせるんだ、って……」
「……酷い。これが、当時の写真」
壊滅状態になっている首都のターミナル駅。パパに聞いた通りの光景が、写真に残っている。女性の指が、小さな文字の一文をなぞった。
「当時はまだ、警察だけが魔法界の治安組織でした。そこに、まだ若い頃のギベオン長官さんと、ヤカツ学長が所属していたんです。お二人とも、たくさんの部下を失いました」
「学長が? あ……まさが、学長の耳、聞ごえねのって」
「ええ……この大爆発自体は、ドレイクの自爆です。そこまで追い詰めたのが、ヤカツ学長だったそうです。幸い、お耳だけで済んだそうですが……。私は、警察に入ったばかりの恋人を、この爆発で失いました。ヤカツ学長はいまでも、この時期になると、お見舞いに来てくださるんです」
新聞記事は、日を追うごとに、死者数と負傷者数が増えてゆく。調査が完全に終了したのは、そこからかなりの期間が経ってからだ。
「ここには、いろんな遺族がいます。一般人だったお子さんを亡くした方もいますし、ご自身がハンディキャップを負うことになってしまった方、お知り合いがドレイク一派に関わっていた方も。みなさん、話してくださいますよ。ギベオン長官さんのお知り合いでもあり、ヤカツ学長の指導を受けるみなさんになら、きっと」
他の遺族を呼んでくる、と、女性は部屋を後にした。好きに見て構わないと言われた資料たちを、四人はおそるおそる、めくる。
「被害規模は、数字や教本の資料程度には知っていたけど、こうしてリアルな言葉を聞くと、キツいね……」
「おれたちは異邦人慣れしてる。良くも悪くもな。だから、おれたちがその汚れ仕事を引き受けるための覚悟を、こういうモンで学んでおかなきゃならねえ」
「この宿題ってえのは、そういうトコ見聞きするためのモンだっつうことだっぺ。ウチらァ、犠牲が出てからでねえと動けねえ。歯痒いナ」
「……なあ。なんで……なんでさ、ドレイクって、こんなことになっちまったんだろ」
一人、視点の違う切り込みを入れるタオ。唯一、他者を殺害することを特段の悪としない環境で育った過去と、現在とでは違う立場にいる者。
「親父は、オレを誘拐しねーと暮らせねえ事情があったから、わざわざ遠出してまで攫ってきた。オレは親父の役に立ちたくて、殺人拳法から身に着けた。悪いヤツには、そうなっちまう理由があんだよ。被害者からしたら酷なことかもしんねーけど、オレはそこが気になる。ドレイクがどうして、こんな事件起こしちまったのかってこと」
「学生さんなのにそんな視点を持てるなんて、すごいですね。ならきっと、僕のお話はお役に立てるんじゃないでしょうか」
部屋に入ってきた男性が差し出したのは、一枚の写真だった。若い頃の男性と、肩を組んだ青年とが、笑い合っている。
「彼とは当時の職場で仲良くなったんです。無魔力者を雇い入れる工場で、休憩時間にお喋りを始めたのがきっかけでした。あるときから、彼が頻繁に、すごい考えのひとがいる、是非会って話を聞いてみないかと、僕を誘うようになりました。人見知りなので、断っていたんですが……あの夜以来、彼は工場に来なくなりました。パブリックの調査報告書を読んで、彼の名前がドレイク一派の一覧に載っていたのを見て、すべてがつながりました」
「どういうひとだったんですか」
「普通のひとですよ。テロなんてこととは無縁のように見える、普通の無魔力者でした。確かに、無魔力者への差別については、たびたび不満をこぼしていました。でもそんなのは当時はみんな思っていたことです。いま……思い返せば、こんなことを言っていたので……。『無魔力者が差別されるのは、単に、魔女・魔法使いが多いからだ、減って同じだけの数になれば、少しは変わるんじゃないか』と……。これがドレイクの洗脳なのだとすれば、彼は……」
ドレイクが主張したことは、始まりから終わりまで、一貫して「無魔力者への差別撤廃を」であった。結果として、彼が成し遂げたことは、トキシカの設立を余儀なくし、世間に無魔力者の活躍の場を作つことになったとも言える。その果てにやってきたのが、史上最悪の獣人差別期であったことは、誰にとってもやるせない。
「でも彼は……そんなことをする必要などなかったんじゃないでしょうか……。だって、彼は、ただ、無魔力者への差別を無くしたかっただけです。それなのにどうして、あんな荒々しい手段に、身をささげてしまったのか……わからない。わからないんです。でも、これだけはわかる。僕なんかの言葉では届かないくらい、彼はドレイクに心酔していた。ドレイクには、大魔女に匹敵するほどの、カリスマがあった。これだけは、間違いない……」
ほとほと涙を落とし、申し訳ないと断りを入れ、男性も部屋を出て行った。
「言うなりゃ、邪悪なカリスマってとこだっぺなァ。タオの見方なら結構深掘りでぎるかもな」
その後もインタビューは続く。先の男性と同じく、家族がドレイク一派だった者、恋人がドレイク一派だったことを死後に知った者などがおり、自身のハンディキャップ要因が直接的な被害者の中にも、わずかだが、ドレイク本人との接触経験のある者もいた。
遺族の会の事務所を後にした四人は、ひとまずカフェに入った。肩の力がいつまでも抜けない。
「聞けば聞くほど、ドレイクのカリスマ性が理解できる。彼は生前、志同じくする者たちの痛みや苦しみに寄り添い、カウンセラー的役割も担っていたようだね。そこに傾倒する者たちが、ドレイクを祭り上げた。そして……と、いったところか」
「どうやら本気で、無魔力者の権利を得ようとしていたってのは、わかったぜ。そっから爆弾魔になっちまったのは、わけがわからんがな」
「んー、そこはオレちょっとわかるかも。言って通じない相手には手出した方が早いんだ。一度慣れるとな、それが当たり前になってく。だからドレイクも同じだったんだと思う」
「だどもそら間違えだ。結局、もっと立場の低い、獣人が酷ェ目に遭うたあ考えてねがったんだ。後先考えでねえ、間抜けでねえか」
それぞれの意見が出そろう。レポート自体は問題なさそうだが、それにしても、わだかまりの残っていることは、間違いなかった。
「……ドレイクは、救われたのかな。こんなんで。結局、取り締まられてんじゃん。死んだけど。こーやって、世界中穴ボコだらけにすんのが、最終目標だったのか?」
「さっきから聞いてりゃあおまんら、真面目くさってあの色ボケのこと調べとんかえ。ワシから言わせりゃあの、あいたァただの色ボケのド阿保じゃ! あ~も考えとりゃせん! いっつもいっつも『あの子』『あの子』ちゅうてからに、うるさあてたまらんかったんじゃ!」
ドン引きしている四人に、後ろの席に座っていた、顔の整いすぎているウサギの獣人が、アルコールで呂律の回っていない口でまくしたてる。時刻はまだ、昼にもなっていない。
「え、え~……と……」
タオは何故か見覚えのあるその男と、いつどこで会ったことがあったか思い出そうとしている。思い出せないうちに、男は勝手にべらべら喋り出した。
「ワシャあいたァからウチ来いちゅうて誘われとったがのう、酒も出んし真面目くさったツラした連中しかおらんしで、つまらんかったわ! ケッ、ぞうくそ悪い。ワシャ確かに獣人じゃがの、魔力持ちの獣人じゃボケが! ハナから下に見おってからに。おまけにお仲間が帰りゃす~ぐカキタレにべそべそ甘えよる。気色悪いんじゃ! 『僕にはキミしかいないんだ……キミがいない世界になるんなら僕はもう何もする意味もない……キミは僕といてくれるよね……?』カァ~~~ッ! 反吐が出よんわ、ボケカス! いっちゃんキショいんはカキタレがガキの坊主やったとこじゃのう! ワシに声かけよる連中の百億倍キショいわな」
言うだけ言い残し、去ろうとする男を、タオがなんとか引き留める。ナルキスは男のあまりの汚い言葉遣いに気を失っている。大人しくカクテルを飲んでいた姿からのギャップもあるのだろう。
「ま、待ってくれ! なあ、その、ドレイクの言う『あの子』って名前とかわかる!?」
「ああ? 覚えちょらんわ!」
「……そっ、か。その、どうも……」
レジで「パーティの魔女にツケとけ」と言って去るのを見てようやく、タオは「あああのひとがツキちゃんかあ」と思い出す。エメラルドやビャクダンから話だけは聞いていたが、本人に会ったのはこれが初めてのことだった。聞いていた通り、顔は年と内面にそぐわない程に整っている。
「おい、ドレイクにツレがいたなんざ聞いたこともねえ。もしあの酔っ払いの言うことがマジなら、結構なネタじゃねえか?」
「R.O.D.Oに取り込んだどのデータにも、ンな記述はねえ。……まあそりゃ、あのウサギが酔っ払いでねがったら、調べても良いかもしんねえがな」
「……」
タオは静かに考え込む。
もし、ドレイクが活動を始めた理由が「あの子」なら。これだけの規模になってしまうのも、決してあり得ないことではない。
人間の爆発力を侮ってはいけない。これはタオが、北区のあの家で知った事実だ。
「もし、ドレイクの動力源がマジに『あの子』さんなら、こんなんなっちまった理由には、なるよ」
「は? 仮説にするにしても信憑性がなさすぎだろ」
「うん。でもつながるんだよ。オレは知ってるから……愛ってヤツのヤバさ」
「……愛」
抽象的な言葉だが、察しの良い三人は考える。もし、自分の愛するひとが、権利を奪われ脅かされていたのなら。否、むしろほとんど、現状はそんなようなものだ。世の中はあまり、代わり映えしない。無魔力者は無魔力者としての職しか選べないし、魔女も魔法使いも大半はふんぞり返って暮らしている。
「……ひとまず、レポート自体は、上手いことまとめるか。そんで、残りの日は、「あの子」について調べてみようぜ。見つかるかどうかは、賭けだけどよ」
「おう。すたら明後日、レポートの下書き持って図書館さ行くべ」
「わかっ……た、よ……」
「うん。オレももうちょい、みんなに聞いてみる!」
レポートの提出期限まで、あと五日ある。
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