第六話 My Sweet Road
「モ〜ニ〜ン、やんちゃキッズども。おいおい、嘘だろ? 全力で寝てるじゃねーか」
始業時間ぴったりに教室のドアをガラッと開けたポールは、肩をすくめて呆れ返った顔をした。
「ま、昼くらいにまた来てやればいいさ」
そしてすぐにドアを閉めて去る。新入生が発生した年は、毎年恒例のことだ。あまりに過酷な試験を通過した生徒は、疲労に襲われ翌朝遅くまでしっかり眠ってしまう。大概は急かせば起きるが、いつの頃からか、ポール自身が起こすのをやめるようにしていた。ポールの役目は、座学の課題を伝えるだけだからだ。
ポールは、これでも、第四部隊の副隊長である。ディギーとバディを組んでいるのだ。且つ、医療班の隊長である。医者だったからだ。
これだけのキャリアを持つ男だが、基本的に怪我人の出ない、むしろ返り血だらけで帰ってくる隊員しかいない組織では、ほとんど出番がないも同然である。
窓際で医学書をぼんやり読んでいるか、新作レーダー探知機のレビューブログを漁るか、居眠りをする。それしか、いまのポールには、することがない。なので、こうして担任の役割も任されてしまう。能天気が売りのポールは「ひと当たりが良いってことさ」と捉えている。
「ヘイ……」
昼をすっかり過ぎても、四人は起きてはこなかった。むしろ、未だに元気よく、爆睡している。
「ヘイヘイヘイ! さすがに俺が叱られちまうぜ! ほら起きろおまえら!」
「んぁ!? 誰らぁてめぇ〜!」
「うがあ!」
寝ぼけたタオが筋の良い突きを繰り出し、油断していたポールは見事に顎に食らう。
「え!? なんだよオイ! 俺いま殴られたのか!?」
「っせえな……」
「ぎゃっ!」
同じく寝ぼけたロッキーからもヘッドロックを食らう。ギブを出し続けてようやく睡眠に戻ったロッキーが腕を緩めるまで、ポールは死んでもおかしくない状態だった。
「げほっ、げほげほ! いやおまえら」
「失礼……そこは、遮らない、で……」
「は!?」
「陽の光が心地良いんだ……」
ナルキスが手を出すことはなかったが、そこそこ強い力で脛を叩かれ、慌てて退けることになる。
「うるせっぺよォ誰だが知らねえけんどよォ〜……おうR.O.D.O、感電」
『残念だが従いかねる。リリー、もう身体は大丈夫そうだぞ。そろそろ起きることを推奨する』
「なんなんだ今年は!? ちっくしょう俺も昨日の試験見とくんだったぜ!」
ひとしきり騒ぎ立て、肩で息をする。使われていなかった目覚まし時計をセットし、四人のちょうど真ん中あたりになるように、置く。ポールは意外と、まだ、遊び心の余裕を残していた。
目覚まし時計がジリリと鳴る。正確には、ジリ、程度しか鳴れなかった。四人に同じタイミングで叩かれ、そのまま潰れてしまったからだ。
「オ〜……」
やや予測可能な場面ではあったが実際に見ると「もしかしたら自分がああなってたかも」という恐怖がじわじわと侵食してくる。
「ったく、どう起こしたらいいんだよ。あとなんか声一人分多くなかったか? 四人だよな?」
『失礼、ポール先生。それは私だ。リリーの生活補助AIなのだが』
「ワォ! いいねえAI執事! ロマンじゃないの。で? 頼むからそいつらなんとか起こしてくれない? さすがに俺が怒られっちまうからさ」
『失礼、ポール先生。それはできない。私はリリーの命令にのみ従う』
きっぱりと断られてしまうとポールはいよいよ頭を抱えた。
「オ〜ウ……じゃあどうしたらいいんだよ。打つ手なしってか? だよなあ、そうだろうぜ。わかったよ、じゃまた明日にでも来るから、AI執事の……Ah、きみ名前は?」
『R.O.D.O』
「じゃR.O.D.O、きみに、命令じゃなくて、お願い。誰かが起きたら身支度整えて教員室に来るよう言ってくれ。その程度なら大丈夫だろ? 話した感じ、優秀なAIっぽいし?」
『承知した。ところでリリー、どうして覚醒はしているのに、起き上がらないんだ?』
しばらくの静寂の後、小さな舌打ちが響いた。そしてリリーがのっそりと起き上がる。
「んや……この短ェ間に、ウチのR.O.D.Oさがずいぶんとひとに慣れたモンだと思ってな」
『AIは学習して成長するもの。土井中村では他者との会話は困難だ。なにせそもそも、ひとがいない』
「おし。その調子でもっと成長すんべよ」
「ヘイ! 俺を置いてくなよ! 他の連中も起こしてくれ! おまえらは今日から早速授業なんだぜ!?」
ひと月ぶんの疲労感を肩に、ポールは端から布団を、力任せに引き剥がして回った。
「と、言うわけで、改めて。モーニン、おまえたち。ま、もうとっくにランチの時間も過ぎてるわけだが。俺はポール。第四部隊副隊長だ、マイナー過ぎて知らないよな? いいって、怒らないから」
「知っちゃいたが、こんなテンションとは知らなかったぜ」
「いいねえ、今年の新入生ってのは曲者揃いとは聞いちゃいたが、なかなか面白い連中じゃないの」
寝起きの悪さの暴れっぷりを見てきたにしては落ち着いた授業態度であることも、ポールを驚かせるにはじゅうぶんだ。
全員A組の優秀クラス、そこに加えて他の新入生が揃って地方校に逃げ出すほどの実力者。ただの暴れん坊ってワケじゃねえんだなあ、これが。
「授業って何すんの?」
「いい質問だぜ。ま、何事もまずは基礎だ。地面がぬかるんでちゃベースボールの試合はできないだろ? メスを握っていいのも免許のある医者だけ。トキシカも根っこのとこは同じさ」
「ええ、わかりますとも。美しいメイクをするには基礎化粧品できちんと整えた地肌がなくては」
「そんなとこ。んじゃまずおまえらに質問。トキシカはある災害の対策のために、我らがヤカツ学長を中心に集まった組織だが、その『ある災害』とは何だ?」
馬鹿にされていると思っている四人の顔を見て、ポールだけがケラケラ笑う。
「いいから答えろって!」
「……異邦人対策だっぺよ。あと、穴」
「そう大正解! じゃ、その異邦人と穴が魔法界に出るようになっちまった原因は?」
これには険しい目つきに変わる。ブルーミアに限らず、トキシカ訓練校への入学を目指す際は、必ず学ぶ項目だ。
「……ドレイク」
「そう、大正解。こいつが魔法界そこかしこでブチかました超大規模テロ。これがすべての原因だ。ここまでは基本のキだし、わかるよな? てなわけで、最初で最後の座学はここまで。あとは、宿題だ。ドレイクについて調べてまとめて、レポートを提出すること。期限は一週間! レポートはトキシカの報告書の形式に準ずるから、このあとレジュメを配布する。以上! 質問は? あるか?」
四人は顔を見合わせる。
ドレイクについては、入試の際必ず問われる項目だ。主犯を務めたテロの名称や、その被害状況などを問われる。大抵のトキシカ訓練生はカバーしているはずの分野である。
「調べるっつったって、そこにも形式があるんじゃないのか? 書籍か? 聞き取り調査も含めるか?」
「そこは自由。自分なりに調べてみて、自分なりの答えを出しておく。これが評価基準。あ、一週間後はレポートをもとに考えを聞く時間を取るから、ある程度質問にも答えられるようにしとけよ〜」
「テーマ設定も自由ってこと?」
「そ」
「字数制限ねえべか」
「ないよ〜」
最後に手を挙げたのはナルキスだ。
「一人につき一つのレポート、という決まりは?」
「そうきたか……前例がないからなあ、なんとも言えねえ」
「先生方も、四人分のレポートなんてなかなか見慣れないでしょう? でしたら、僕たち全員でまとめたレポートにそれぞれの結論を掲載すれば、形式上は問題ないでしょうし、目を通す先生方の労力も削げます。悪いことではないと思いますが」
「言われてみりゃそうかも。じゃ、今年の特例ってことで良しとするか。よーし早速取り掛かってくれ。困ったら相談してくれて構わねえからさ」
ポールは毎年、この課題の説明をするだけの教員である。こんなに一週間後が楽しみな年は、初めてだった。
しばらくしてから、「あれってもしかして手抜きの許可した?」と気づく。
「やるじゃねえかナルキス。四人で取っ組みゃそりゃ早えよなァ」
「わかってくれるかい、ロッキー。なに、ドレイクについてだなんてあまりに広義のレポート課題は、一人で一週間などでは到底書ききれないだろうからね」
「だっぺな。おまけに、追悼式典の時期も近ェしヨ」
「なんそれ? オレ知らねー」
事情を知った三人には「オレ」と「知らねー」の間に「監禁状態だったから」という状況説明が入るようになったタオの言葉。
「テロの犠牲者は現在でも記録を更新しないほど、未曾有の数値だった……受験勉強でやったとこだろ」
「この時期はいつも式典やんでねえか。……もすかすて、テレビもなかったか?」
「ない」
「なんてことだ……仕方がないけれど。毎回警察の長官さんが登壇するんだよ。いつもお召し物が素敵でね」
「警察の長官て……ギベオンさん? へーあのひとそんなにスゲーんだ。普段ジス先生のストーカーしかしてねーから実感ねーわ」
「おれらはおまえのいる環境が不思議でたまらねえよ」
四人が目指しているのは図書館である。首都にはいくつも図書館があるが、ブルーミアからは最大規模の図書館が近い。めぼしい書籍資料ならそこで手に入るだろうと踏んだのだ。
そして、度肝を抜かれる。
「……この列、全部?」
「そうです。ドレイクについての研究書は、人体が砂になるときの砂粒より数が多いと言われていますから」
「ええ……」
「図書館員でも持て余す量なんです。それぞれ、分野に分けてはありますが、望む記述を探すためには時間がかかりすぎるでしょうね。お手伝いできそうなことがあれば、また声をかけてください。頑張ってくださいね」
図書館員のはにかみ。疲れた表情だ。この時期になると、同様の質問が相次ぐのだろう。
「困ったね。それじゃあ……作戦を立てようか」
「おうおう、ブルーミア生らしいべ」
無地の紙に広がるブレインストーミング。四人にとってはまだ、学友と過ごす貴重な時間だ。
「今回もなかなか様になってるじゃないか」
GALAでは、完成品のセットアップを試着した状態のギベオンが満面の笑みを浮かべている。宝物のミニカーを褒められた子供と変わりない。
「お言葉を返すようですが、当然です。聖母殿がお作りになられたのですから」
「お上手ね。でもま、本当にとっときの生地にしましたもの! ねえジス、見て頂戴よ! このネクタイの刺繍のディティールったらないわ! なんて素敵なのかしら! シャツもしっかり新調しましてよ。それにほら、パイピングも自信作なの。長官さんといえばエレガントな印象ですけども、今回は少し遊び心を込めてみたわ。パイピングに添えたドットの刺繍、可愛いでしょう? 脚も長くていらっしゃるからラインを強調するのにも刺繍を長く入れてね、それからなんと言っても靴よ! おメンズのお洒落は足元が命でしてよ! スーツに装飾を多くしたぶん、足元はスッキリさせてあげたかったからプレーンに。しっかり磨いて艶を出して、それから硬めの革だから本番までに何度か履いて、革を慣らして差し上げてね」
「丁寧な解説まことにありがとうございます。どうです? 貴女としても鼻が高いのでは?」
「なんでだよ。関係ないだろ別に」
素っ気ないというよりは、本気でそう思っている声音だ。わざとらしく目元を隠すギベオンとわざとらしくそれを庇うサファイヤ。
「関係なくないのよ。今回はあたくしたちにもお呼びがかかるんですってから」
「なんだそれ。聞いてないぞ」
「今日お話するつもりでしたから。いえね、節目のようなものですし。先日の聖母殿の事故もありましたし、啓蒙というか、何と言いますか。トキシカの方からそのような提案がありまして」
サファイヤはとっくに、新しいドレス生地の選定に入っている。ギベオンは請求先を書いた紙をカウンターに置き、アメジストを伴って店を出た。
「トキシカからか。確かにサフィが世話になったし、断る理由もないかなあ」
「嬉しいですよ、貴女と共にいられて」
「含みの多い発言をするな」
四人して図書館の机に突っ伏す。小一時間ほど格闘したが、書籍の専門性、その方向性を絞ることすら難儀している。単純に、数が多いのだ。
「めんっどくせ〜……! こっからテーマ絞るとか無理だぜ!」
「タオの言う通りだね。ここまで多岐にわたってしまうと、書籍資料に頼るのは危険かもしれない。どれもこれも著者が別だ、誰が間違ったことを書いてるかさっぱりわからない」
「となると無難に聞き取り調査か?」
「だっぺなあ。んなに古い話でねえし、そこそこ出揃うべ」
いくらか当たりをつけた分だけ借り、図書館をとぼとぼ後にする。それでも四人の足取りはまだ軽い。
「こっからだと、サファイヤさん家が近いぜ。お店だし、客がいなきゃ相手してくれるぜ! なんせお喋り好きだからなーあのひとは」
「アポ無しで……大魔女と……?」
「だーいじょぶだいじょぶ。たぶん喜んでくれるよ!」
やや緊張した面持ちになる三人を引き連れ、タオはGALAへとまっすぐ向かう。道中のバルで瓶ビールを煽っているパパと目が合った。
「Hola! タオ! 学校どう? もしかしてお友達?」
「そうだよ! パパ今日休み? いつも休みっぽいけど」
「パパ」という衝撃の単語に大きく口を開いている三人。タオの親について聞いたことを、一旦、忘れてしまっている。
「今日、もう、お仕事、終わり。Over! マリーヤとごはんだヨ。そうだ! お友達もいっしょに、来るかい? アプレンディーザも誘ってサ!」
「マジで! やったー! なあおまえら夕飯美味いの食えるぞ! パパはなあ、料理上手なんだぜ!」
「おめ、おめさ、おめさの親父は」
「あ、ごめん。パパは、パパ。名前なんだよ」
「紛らわしいな!?」
タオの人脈からは、予測もつかない筋が芋づる式に出てくる。まだクラクラした感覚でいながらも、三人は豪勢な夕食を承諾したのだった。
サファイヤに以前誂えてもらったイブニングドレスに着替え、ギベオンのエスコートに連れられるままに、アメジストは予約必須のレストランへと来ている。向かいで澄ましているギベオンが、ずっと奥歯を噛み締めているのにはとっくに気づいている。
「しかしまあ、そうか、節目か。そんな頃合いになるのか。おまえも毎回大変だよなあ」
「私の仕事はこれくらいですから。平時、何もないのです。この程度はやって差し上げませんと」
「もやしのくせに意地を張るなよ。きちんと休めと言っているんだ私は」
アメジストと食卓を同じくできる喜びを、ギベオンは奥歯を噛み締めることでしか耐えられない。耐えていなければとめどない詩を、片膝ついて語り上げてしまうだろう。
「貴女に言われたくありません。一週間後の締切はもう終わったんですか?」
「うるさいな。さすがにそれは終わらせてあるよ。なんてったって日長先生の挿絵が入るんだからな! 楽しみでしょうがないよ」
「プライベートのラブコールが届いて良かったですねえ。日長先生も貴女のファンなのでしょう?」
「ふふ、まあな。嬉しい話さ。世知辛い世の中だが、こういう大きな喜びをもたらすこともある。捨てたモンじゃないってことだ」
「浮かれていますね」
頼んだワインがやってくる。グラス同士が軽やかに鳴る。
「いいじゃないか。私にも浮かれたいときくらいある」
「素晴らしいことです。まったく、いまの世を、あの腐れ毒ペンペン草野郎にも拝ませてやりたいものです」
「……おまえドレイクの話になると途端に口が悪くなるよなあ」
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