第五話 Taking Over Midnight

「へー、土井中村ってそんな遠いんだ。じゃこっちに引っ越してきたの?」

「おー。背に腹は変えられね。しっかし首都ってなァやっぱし狭っこぐて好きでねえな」

「ああ、それには同意するぜ。おれも田舎から出てきたクチだが首都の家は小さくてやってらんねえよな」

「へえ、きみも地方からだったのか。なんてとこだい?」

 噂に聞く、魔法学校の修学旅行というのはこういう感じなのだろうかと全員が思っている。若干、実情とはズレているが、おおまかなところは同じかもしれない。四人はいま、来年の入学式まで使われることのない教室に広々と布団を敷き詰め、好き勝手に転がっていた。

「……長我曽ちょうかそ村」

「……ああ! そりゃ随分遠かったろう! その上かなり異邦人が出るんだろう?」

「まあな。つかテメェ、二人三脚のときに気付いてやがったよな。なんでだ」

 リリーはバッグの中身にドライバーを突っ込みながら「あ?」と返す。

「たりめぇだ、田舎者でねえとあんな幅取って歩かねえかんな」

「そうなのか!? え、首都の連中が澄ましてるだけじゃねえのか!?」

「あんなあ、首都ってなァどっこもかしごも狭ェんだべ。あーんなずかずか歩ってたら対向車とすれ違えねえべよォ!」

「それもそうか……おまえやけに首都に詳しいんだな。知り合いでもいるのか」

 リリーの手が止まる。

「ん……まあ、一応」

「あ、わかった。そのひとん家に下宿だ」

「できたら苦労しねェべ! それにあんちゃん家もえれぇ狭ェ!」

「あんちゃん。へえ〜。こっち来てもう会った?」

 リリーは「しまった」と口を塞いだが、タオに聞き出そうという意図はない。純粋な目線で首を傾げられると、リリーは素直に答える他なかった。

「……まだ。そのうづ見づげ出すて顔出す」

「おー、手伝うぜ! ちょっとは道とか、わかるし!」

「首都なら僕も手伝えるよ。生まれも育ちも首都なんだ」

「どっからどう見てもテメーは金持ちだろ」

 銭湯の激安シャンプーをものともしないツヤのある長髪をシャラシャラなびかせながら、ナルキスはフフンと鼻高くとまっていた。本当にそういう態度を取るヤツがあるかと、ロッキーが引いているのは、見えているのに気にしない。

「僕の両親は僕を心から愛してくれていてね。だからこそ、僕の美しさは両親の誇りでもある。美容製品の企業なんだ」

「お、そらええ。なんが試供品とか持っできてねえんか」

「あるとも! 美しく才にも恵まれた僕は抜かりなく試供品を持参している! おすすめはもちろん化粧水だよ、肌質の弱いひとでも安心さ」

「わ〜い」

 ひとしきり化粧品の話に花を咲かせる頃には、全員、ありありと自分の話を打ち明けるようになっていた。きちんとした理由があったわけではないが、全員がぼんやりと「こいつらとはやけに上手くやれそうだ」という感覚を覚えていた。「長い付き合いになりそうだ」との予感も。

「実家は、地元じゃデケェ地主でな。そうなりゃ庭っつったら、山だ。そこで走り回って遊んでりゃ嫌でも体力はつくし、そりゃ田舎だ、異邦人にも出くわす。娯楽はテレビくれえしかねえさ。でもそこで見たんだ、あの狩りを! カロライナが先頭張って、パックスがひたすら追って、追って、追い詰める! おれもあんな狩りがしたい、そう思った! そっからはもう、夢見る坊主じゃいられねえ。ゴロツキ吹っかけて喧嘩三昧よ」

「最後が急につながらなくなったねえ……」

 ロッキーはキラキラ目を輝かせて、収集したブロマイドを見つめている。彼にとってはどんな美術館よりも価値あるすべてだ。

「ゴロツキ……? 僕とは無縁の単語で、ついていけなかったよ。長我曽村ってどういうところなんだい? 異邦人がわんさか出るような地方ってこと以外、詳しくは知らないんだ」

「僻地に間違いはねえさ。名産とかも特にねえし。農家しか住んでねえしな。まあ、野菜は美味いと思うぜ、何せ異邦人ブッ倒してできてる肥沃な土地ではあるからな」

「へー。メシ美味いのいいな! ロッキーも料理とかできんの?」

「そりゃ。カロライナが料理上手だって知って、もっと練習したくれえだ」

 生活と人生設計の基礎すべてにカロライナが組み込まれていることは、ロッキーの話の端々に現れる。第二部隊の集合写真と、添えられた「パックス」のロゴ。第二部隊の別名である。

「パックスの一員になりたくて、ここまでやってきたんだ。最高の試験だったぜ」

「ほー。おんなじ僻地でも様子が違ェべなァ。土井中村は野菜なんぞ育てちゃいねがったべ」

 ようやくドライバーセットをしまったリリーが、メンテナンスの終わったスーツ一式をドンと置く。

「土井中っつったら、マシンだかんな。だだっ広ェ倉庫街がずーっと続ってんだ。ウチにも魔力がありゃ、ライダーどもと箒カッ飛ばしてたんだがなァ。んでもそこらじゅうにスクラップが落っこってんだ、ちっといじくりゃまァだ全然使えるようなのがな。あんちゃんの箒改造すてしこだま怒られたのもいい思い出だっぺ」

「あんちゃんかわいそ。戻してやったか?」

「んなことしねェべ。あんちゃんも気に入ってたんでねえか? たま〜に夜中に乗り回すてたなァ。……会いでェなァ。元気すてっかね。結構最近になって転勤なってなァ。ま、あんちゃんならたぶん、いまごろウチのマーク1使いこなしてっぺ。カッケェ〜んだこれが! 魔法使い仕様だがらビームとかは出せねっけどな」

「全部自分で作ってんの? マジで?」

「土井中にウチ以外のメカニックはいねェ。ウチが異邦人の迎撃システム開発すたから、技術者が全員出てった。R.O.D.Oつってな、このスーツと腕時計にも搭載すてんだわ。ほれR.O.D.O、挨拶」

『やあ、どうも。私がR.O.D.Oだ。自己紹介代わりに本日の土井中村近郊での異邦人出現情報と撃破情報をお伝えしよう。二十時現在、土井中村近隣二キロ圏内では異邦人が三十体確認され、全個体当システムにより撃破済だ。どうぞよろしく』

 土井中村の現状をさらりと言いふらす。過疎地にさらなる加速がかかっていると同義だが、異邦人はリリーの開発した「Realtime Observation Duty On(リアルタイム観測当番くん)」ことR.O.D.Oシステムで順調に倒されるため村に入ってくることすらなくなったという。

「……それヤバくね? めちゃくちゃ大発明じゃん。てかカッケー」

『恐縮だ』

「だァがら首都まで出てきてんだ。あんちゃん居るかもしんねえし、ディギーに撃ち方教われるいい機会だかんな。ウチもあーいう技ってのが欲しいわけよ。首都ァ土井中と違ってどっこもかしこも狭ッ苦しっぺ? あちこちブッ放すてたらあちこち壊しちめェかんな」

「道理だな。数撃ちゃ当たるをやってられるほどフィールドがいつも広いわけじゃねェ」

「んだ」

「確かに、ここで学ぶことはどこで学ぶより有意義なものだ。僕もそう思っての入学だったさ」

 どの角度から見てもキラキラエフェクトがかかるように、次のポーズに至るまでも流麗な動きをキープするナルキス。何が彼をここまでの状態にしてしまったのか、誰も知らない。

「僕は首都で常にハイレベルな教育を受けてきた。両親は僕が興味を示したものすべてを与えようとしてくれたんだ。僕の美しさへの探究を、支えてくれた。音楽も、絵画も、すべての芸術はまず与えられ、僕は審美眼と僕の美学を磨いてゆく……素晴らしい! 僕にはどんな道も開けていた。だけどこれほど惹かれた職はない。僕の夢はね、オラパの一員になることさ。男子禁制の、あの美しい第三部隊! 僕はそこで最も美しい月となる……ああ、なんて素晴らしい!」

「だからって脱ぐなし」

「裸体こそ人体の美しさの表象なのだよ……」

 「僕の」と付くだけあって、ナルキスの美学は独自性に満ちている。いつの間にか、ネグリジェの首のレースアップを解いて限界まで広げている。白い肌が鎖骨あたりまでさらけ出されている。上半身が無理だと察したらしく裾を上げようとしたところ、ロッキーに無理矢理引き下ろされ、諦めた。

「みんな目標とかあってえらいなー……オレそういうのねーもん」

「ダチュラに憧れるヤツは大概フワッとしてやがる。気にすんな。むしろそのフワッと加減で合格してんだ、誇りに思えよ」

「んだ。タオおめ、組手アホみでぇに強ェよなァ。どっから来てんだ?」

「きみの体質、とっても気になるよ。体臭に悩むひと向けの商品開発にとても効果がありそう」

「あーね、オレはねー……」

 気前よくペラペラ喋りだしそうになってから、タオは思い出す。トパーズに口酸っぱく言われてきたことだ。


 タオくん、自分が人間界出身ってことは、絶対秘密だよ!


 すんでのところでこれを思い出す。


 あぶねー。台本通りに喋らねーと……。


「あー……と、ね、北区だよ! 北区のせんべろ街で、んーとね、あんまデケェ声で言えねーんだけどね、まあ、あれよ、いわゆるヤクザの家でしてー……」

 嘘は言っていない。問題は、タオの演技力が、サファイヤに匙を投げられる程どうにもならないということだ。

「体質……は……なんか……生まれつき……」

「……」

「格闘技……は……通販のビデオで……」

「……」

「……ごめんなさい」

 全員からの冷めた目線で、さすがに項垂れる。

「ちょっと? いやかなーり複雑でさー……だから黙ってろって言われてんだ。ごめん」

「別にどうでもいいけどよ。せめて完全に嘘の部分については説明しろ。そこに出生のことが関わるなら、秘密のままでいい」

「んな格闘技が通販で完成はしねえべ」

「あときみ、大魔女とも知り合いなんだよね? そこについても実に気になる」

「えーと……えーとねー……」

 つい最近まで、不遇だと思ったことのなかった生育環境について赤裸々に語る。人間界出身とは伝えずに、届出のなかった透明な存在だったとして、籠から出されず同じ餌だけを与えられてきた経緯の一切を、さらりと話してみせる。

「んで、裏社会で賞金首になってたトパーズの暗殺すんのに家飛び出して、返り討ちに遭って、そっからいろいろ実家のことバレて、いまじゃ警察のひとたちと大魔女みんなと友達!」

 絶句という反応だけが、タオの予想から外れている。そうとしかならないはずだが、やはりタオにはまだ諸々の自覚がない。

「テメェそれ……な、え? なんて?」

「うしわがっだ。嘘こいてっかバイタル見んべ。やいR.O.D.Oや」

『異常なしだ』

「クソが、全部平常値でねえか」

「なんてことだ……なんて、ことだ……」

「やっぱヘンだよなー。そこんとこまだよくわかってなくてさあ。みんなが言うことにゃ、普通を知らねーからいまも全然普通じゃねーこともわかってねーって」

 その通りなので全員頷くばかりだ。タオは慌てて付け足した。

「あ、でもでも! 別に不都合とかは、ないから! 全然、大丈夫だから! むしろ楽しくやってっし!」

「見りゃわかる。なら、まあ、いいか……」

「これからはきっと、もっと楽しいさ。何せこの僕がいる!」

「んー。どうせ長ェ付き合いになんべ」

 そして銘々に買ってきた飲食物を出してきて、酒盛りじみて飲み食いし始める。ひとしきり、地元や友人知人、親兄弟、経歴や夢を語り尽くす。

 気づけば夜は深くなり、ぱたぱたと布団に倒れ込む。R.O.D.Oの声だけが教室に響く。

『おやすみリリー。電気は特別に私が消しておくよ』

 古い校舎の電気系統システムになど瞬時に侵入できる程度の技術で作られているR.O.D.Oは、そんな機能のないはずの教室の電灯をゆっくり、少しずつ、間接照明のように消していった。

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