第三話 For the First time in Forever

「お、珍しいな。おまえが外回りなんざ」

「聖母殿に用向きがございまして。そろそろの季節ですから」

「……ああ、あれな」

 怪我の一つもないも同然のサファイヤはとっくに店を再開させている。心配性のパパはしばらくつきっきりになるという。ちょうど、GALAへと、資料として借り受けていた雑誌を返しに箒を飛ばしていたアメジストは、コーヒーショップのカップ片手に歩いていたギベオンの隣に降り立った。

「毎度毎度、新しい衣装で大変だな」

「公費で落とせますから、大したことでもないですよ」

「ははあ、サフィの衣装なら公費で落としたいところだ。高くつく」

「それだけ、良品でございますから」

 束の間の幸福を、ギベオンはこれでもかと噛みしめる。もうすぐに店に着いてしまうのが惜しい。



 しょぼくれた顔のトパーズが、まだ湯気の立つ紅茶を前に、ずっとそのままでいる。気持ちよく見送ったはいいものの、タオと一週間離れるのは初めてだ。じわじわと、心配よりも、寂しさが勝ってきている。

「つか面白システムっスね。入学して早々に合宿とか」

「訓練校なのだし、魔法学校とはシステムが違うのね、きっと」

「あれだ。やっぱ危ねえ仕事なわけっしょ? 一週間、クラスメイトと過ごしてさ、仲間意識を強めるとかじゃないスかね」

「ああ、ありそう」

 しょぼしょぼのトパーズをまったく気にかけず、ルビーとエメラルドは楽しいティータイムを過ごす。トパーズの好物の茶菓子にエメラルドが手を伸ばしたところで、その手を遮る形でトパーズがようやく動いた。

「お二人は訓練校のこと、どこまで知ってます?」

「知らないわ。何も。違う世界の話だと思ってるもの」

「知~らね。近所になかったし」

「私、タオくんの入学に際して、いろいろと調べたんです。もう入学決まっちゃってたし、タオくんの夢だから止めたりはできなかったんですけど、たぶん……魔学より全然、キツいです」

 顔を見合わせる大魔女二人。魔学こと魔法学校は、大魔女及び見習いクラスになってくると気分で行ったり行かなかったりしたものなので、正直、思い出というものは皆無に等しい。故に、より遠い世界である訓練校ともなると、知識にすらない。

「魔学ってそんなキツかったスけ」

「さあ? 成績が低いと大変とは聞いたことはあるけど」

「魔学も大概、競争意識の強いひとたちは、大変そうでしたよね。それは、魔学は入学金がとっても高いからです。学費を無駄にして親に失望されたり、魔法をほとんど使わない仕事にしか就けなくなるから、そりゃもうあの手この手で蹴落としあってましたよ。怖いから私も関わらないようにしてましたけど……」

 トパーズは真面目に学校に通ったので、他の生徒たちの悲惨な末路をいくつか知っている。しかし残酷なことに、魔学というのは他者を踏み台にしてのし上がることが基本なので、賛同はできずとも、異を唱えることもまた、できない。唱えたところで変わらないからだ。魔女・魔法使いの競争社会は、本質であり、本能ですらあるのだ。

 ではその競争の根源たる「魔力」に縛られない、ほぼ魔力を有さない「無魔力」の人々が、その対照的存在となり得るか? まったくのNOが、現実の答えだ。

「無魔力のひとたちの武器は、文字通り武器か、地頭しかないんです。とりわけ訓練校を選ぶひとたちは、武に秀でたひとばかりです。いいですか? よーく、考えてください。考えた上で、この動画を見て」

「ブルーミアのCM? こんなのあったのね」

「教師四人なんスか? 少なくね?」

 動画内では、トキシカのトップクラスの実力を誇る第一部隊~第四部隊のそれぞれの隊長たちが教師として紹介されている。

「あら、この間の棒の方。ダチュラさんだったかしら」


 壇上に立つダチュラへは、新入生たちからの熱い視線が向けられている。憧憬、嫉妬、興味等、含まれる意図は様々だ。

「皆、この度は、入学おめでとう。是非、我々の後進として、成長してほしい」

 やはり手短に、彼らしいやり方で挨拶を終える。表情もほとんど変わらない。そのクールさに、何人ものファンが心を掴まれているのだ。タオはピシッと背を伸ばして、後方の生徒が見えづらそうにしていることなど少しも気にかけずに、誰より強い思いを込めてダチュラを見つめる。バチンと目が合うと、その目はフッと細められた。にわかにざわめきたつ生徒たち。


「これ、棒術ってやつっスね。なんか前に飲み友が教えてくれたんスよ~。いろんな武器に応用できて、極めたらメチャ強いらしいっスよ」

「じゃあ彼、これ、極まってるってことじゃない? 見えはしないけど、これって異邦人と戦ってるところなのよね。振り回すのも、突きと回避なんかも、相当速いわ。棒のしなりを見るに、当てられた方のダメージもすごいわよ」

「タオくんが憧れるのも無理ないのかなって。たぶん、タオくんのスタイルにいちばん近いのはダチュラさんですからね。で、この次のひとが、第二部隊の隊長さん。いつもダチュラさんとバチバチしてるカロライナさんです」


 気さくに手を振り、カメラのフラッシュを咎めもせず、むしろ自らポーズを決める。ぴんと立った耳と尻尾。グレーがかった金髪をかき上げて、惜しげのない、投げキッス。

「よう! やあ、やっぱり新入生ってなァ良い。フレッシュ! それに尽きるぜ。俺が言いてェのは、そのフレッシュなセンスは捨てねェ方が得ってことだ。駅前のティッシュ配りからもらったチラシ入りのティッシュ、付き添いで行った映画のたまたまもらった特典、古本屋で買った本に挟まってた栞……。思い当たる節、あるだろ? センスはいつか財産になる。自分を助けるときが必ず来る。チラシには割引券、特典はプレミア品に、栞はもしかしたら、誰かの遺品かもしれねえ。そこからつながる人脈は図り知れん。そういう風にな。ま、俺ァそういうセンスをシャッターチャンスに活かしてるんだけどな」

 星屑の飛び散るウィンクを、複数台のカメラに向かって決める。カロライナのブロマイドは目線の外れているものを探す方が難しいと言われる所以がこれだ。そして、最前列でそれら一連の決めポーズを見ていたロッキーは、最前列にいるにもかかわらず双眼鏡を構えているのだった。


「面白い方ね。魔法は一切使ってない、手品だわ。これで異邦人を倒してるの? 戦いながら煙草も吸って、なんだか遊んでいるみたいよ」

「あ、でもこれ、確実に追い込んでるんスよ。ほら、ここ。他の隊員が待機してるとこに向かってたんス。あ! スゲェ、ここの地形を利用して隊員を隠してたんだ! いや~異邦人は見えなくてもこのひとの動き見てるだけで楽しいな~!」

「カロライナさんは格闘スキルも高いんですけど、何よりこういう、コミカルな戦い方で、とにかく映像映えするんです。火を吹いてみせたり、ナイフ投げしたり、それでたくさん渾名があるんですよ。『トリックスター』とか、『カロライナ・ザ・ハウンド猟犬』なんて呼ぶひともいるらしいです。あ、で、次のひとが、グロリオサさん。第三部隊の隊長さんですね」


 にこやかな女が壇上に立つ。誰も見覚えのない姿なので生徒たちはひそひそと話し合うが、女はにこにこしたままで、挨拶を始めた。

「は~い、こんにちは~。たぶん、みんなの知ってる感じと違うと思うんだけど、私がグロリオサだよ~。こっちが本当の私だよ~。いつも中継とかで映るあの子はなるべく覚えないでね~、おっかないからね~。みんなは、ああいう感じにはならないでね! 強くなるのは、あんな感じにだけじゃないんだからね!」

 ゆるダボのニットと、プリーツのロングスカート。大きめレンズの眼鏡をかけ、長い髪をざっくりとした三つ編みに仕上げた彼女の姿は、彼女の言う通り、生徒たちの知る姿とはまったく異なる。


「すごいドレスね。キラキラすぎて姿が見えないじゃないの。アクセの数もすごいわ、どれもこれも魔法具だし。魔法具なら確かに、異邦人は寄ってこないけど……それでも危ないんじゃないかしら?」

「この魔法具スッゲー高そ~! な~るほどね、武器がいっぱい入ってんだ。にしても強いスね……剣でも槍でも、なんかひたすら強っ。そんで、あれね、なるほどっスね、バーサクタイプなんスね」

「彼女の名前はグロリオサなんですが、この衣装のときの彼女は『エンカイ』と名乗るんです。モード入るためなのか、ほんとに二重人格なのか、誰も聞いたことないらしいです。お二人のお見立て通り、魔法具ありったけにこれまたありったけの武器詰め込んで、それを使い分けてくスタイルですね。正直すごいかっこよくて、私はこのひとのファンになりかけてます。眩しい理由はわかんないんですけど……。最後が、第四部隊の隊長さんの、ジギタリスさんですね」


 黄色い歓声が、主に男子生徒から上がる。彼女――よりは、彼と呼ぶべきなのだが、この立ち姿は、おそらく「彼女」が相応しい。

「ハァイ。みなさんご存知のディギーよ。まずは入学おめでとう! これからアナタたちといろんな戦地を見るのが楽しみ。でもいいこと? まずはあたしの授業で眠ったりなんかしたら、一発退学よ」

 過剰な女装表現、世に言う「ドラァグ」だ。ジギタリスは「ディギー」のまま、ウフッと完璧なウィンクと指鉄砲をしてみせた。野太い歓声が上がる。


「スッゲ! 一発しか撃ってねっスよね!? 弾の軌道的に、三体はブチ抜いてるっスよこれ! ここへきてマジで異邦人が見えねーことにキレそっス。スゲ~よ~このひと」

「なかなか素敵なドラァグメイク。こんなに高いヒールで戦えるの? 本当にすごいわね。銃の数が少ないけれど、ああやって、一発で何体も倒すってことよね。それってすごい腕よ、物理法則を無視してる! このウィッグもね」

「ドラァグクイーンとしても活動してて有名らしいんですけど、ディギーさんのすごいとこは、やっぱり一発で終わらせちゃうところですね。インタビューとかでよく言ってるのは、『三体だけじゃまだもったいない。五体倒してから』だそうです。それでついた渾名が『ホット・ショット・ディギー』。納得です」


 仕立ての良い和服を一寸の乱れなく着付けた老女が、最後に壇上に立った。学長・ヤカツのことは、入学以前に知ることはない。彼女はメディア露出を好まないため、こうした学内行事にしか顔を出さないのだ。皆が一様に沈黙していると、ヤカツは持参したタブレットにマイクを向けた。

「こんにちは皆さん。ご入学まことにおめでとうございます。私は耳が聞こえず話せませんので、代りに音声読み上げ機能に話させています。私が本校の学長、ヤカツです。私が前線に立っていたのは遠い昔のことですが、当時と現在とでは、現在の方がより、異邦人や穴の数は増加傾向にあります。にもかかわらず、被害件数を押しとどめているのは、ブルーミアの誇る彼ら四人の尽力によるものです。みなさんも、ここで、彼らから多くを学んでください。そして次世代のトキシカメンバーとして、咲き誇ってくれることを願います。みなさんの未来が、かぐわしいものであるよう。これにて教員挨拶はすべて終了です」

 生徒のほとんどが、ピチッと背を伸ばす。勝手に姿勢が整ってしまうほどの殺気を感じ取ったからだ。ヤカツの指は素早く動き、タブレットに文字を打ち込む。

「A組十二番、二十一番。B組三番、六番、十六番。C組一番、四番、十番、十二番、二十三番。D組二番、五番、六番、八番、十四番、十五番、十七番、二十番、二十二番、二十四番。この程度で動けないようでは現場ではただのお荷物です。合宿に参加する資格さえありません。即刻、退学!」

 どよめきに包まれる大ホール。入学式の様相は一変して、バトルロワイアルと言い換えても過言ではなかった。

「え、マジ?」

 もちろんタオが見逃すはずもない。憧れのダチュラは常々「目が死んでいる」と評されるが、異邦人を相手にするとき、つまり、戦闘モードに入るときだけは、別だ。

「ああ、最高だ……」

 ずっとカロライナのことだけを見ていたロッキーはうっとりと呟く。カロライナの煙草のお気に入り銘柄は二つある。常飲しているものは「ジャスミン」だが、戦闘時に取り出すものは「リーパー」だ。そしていま、彼が咥えた一本の出てきた箱は「リーパー」のパッケージだ。

「おや、おやおや……」

 つい、目を細める。ナルキスの目を焼くほどの輝きがそこにある。何重にも重ね付けされたネックレス、ブレスレット、リング、アンクレット、ヘッドチャーム。ゾッとするほどの量のスパンコールやビジューで飾られたナイトドレス。その背後から、ざわざわ揺らめくロングヘアのシルエットだけを映し出して輝く、無数の剣と槍。

「ほー……」

 リリーが感心するほどの存在感の銃。地方局の荒れる画面で何度となく見てきた、ホット・ショットの数々を放ってきたのはまさしく、ディギーがキスしているリボルバーだ。

「では五分以内に運動着に着替えの後、グラウンドに集合しなさい。一秒でも遅れた者、即刻、退学! では始め」

 感情のない機械音声が、より場を混乱へと招く。


「や~こんな精鋭揃いなら、別に新人なんていらないんじゃないっスか?」

「痛いトコ突きますね~その通りです。実際に、ブルーミアの卒業生は、随分前に出たっきりだそうです。もっと怖い話をしますが、ブルーミアの退学者は、全員入学一週間以内に出ています。つまり、この一週間合宿は、仲間との絆上げイベントなんかじゃありません。ただの、新人いびりです」

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