第二話 Good to Be Bad

「あ」

 カレンダーを見たシャノアールがぴんと耳を立てる。

「上長ォ。そういえば、今日ですねェ!」

「ブルーミアの入学式か。まあ、あのガキはあそこなら無双だろ」

「いつか街中でもタオくんの勇姿が見れるようになるかもしれないですねェ」

 トキシカ訓練校への入学を提案したビャクダンはケラケラ笑って、余裕のある面持ちでコーヒーのマグを傾けた。実際に殴られた経験のある二人の言葉は、重みが違う。

「スナップが隊員トレカになって、カードショップに出回る日だって遠くねえだろ。そうしたら俺ァ思ックソからかってやるぜ」

「意地悪なんだからァ。ボクはサインもらって自慢しちゃお~」

「お気楽ですねえ。トキシカはそう甘くないですよ」

「ぉわ!? ギベオン長官!?」

 長官室のコーヒーを切らしてしまったので仕方なしに分けてもらいにきた先で、興味深い話が聞こえてきたので、つい、ギベオンは話に割り込んでしまう。

「あそこの学長と私とは面識がありますが、以前から戦闘面に関しては彼女の右に出る者はおりませんでした。そんな彼女にビシバシ指導を受けた隊員が教鞭をとるわけです。いくらタオくんといえど、苦労はするでしょうね」

 腹は黒くとも、ギベオンの言うことは基本的には事実のみだ。こと、面識のある者の話となるとそれは間違いない。ビャクダンもシャノアールもごくんと息を飲む。

「部隊長としてトップ張ってる連中は、魔法界イチの武闘家って言われてんだぜ? それを育て上げたって、じゃあ学長さんはどんだけヤベェんだ……?」

「少なくともタオくんに指の一本も届かなくなっちゃったボクらじゃ、魔法抜きだと歯が立たなそうですねェ……トキシカ怖ァい……」

「それほど、魔法界は異邦人との戦いを余儀なくされてしまったのです。あの、史上最悪のテロ以降にね」

 長官室のものより素朴な味のするコーヒーを一口啜る。スティックシュガーを二本入れ、ギベオンはフッと笑った。

「でも、タオくんなら本当に、トキシカの新たなスターメンバーになれるとも思いますよ。あの子には技術以外に、他の誰にもない最大のアドバンテージがあるじゃないですか」

「無魔力……それも、本当の本当にスッカラカンカンカーン! ですもんねェ」

「魔力がある以上は異邦人の姿はボヤける。が、人間界出身のあいつには、そりゃもう驚くほどくっきり見える。どうです長官? 俺も少しはひとを見る目があるでしょう?」

「伸びしろ、と受け止めておきましょうか」



 今日のためにサファイヤ(退院済)に仕立ててもらったセットアップのショートジャケットの襟を、緊張した表情でピッと正すタオ。門をくぐれば、その先はもう、ブルーミアだ。

「それじゃ、行ってらっしゃい。一週間合宿、頑張ってね!」

「おう! みんなによろしくな」

 トパーズの鍵束から一本、受け取る。それはたちまち、一週間分の着替えを含んだ荷物に変わった。ハグを交わして、タオは校舎へと向き直る。伝統と格式高い、トキシカ訓練校、その最高峰である、ブルーミア。続々と新入生が校門を抜けてゆく中、タオもそれに倣った。

「ダチュラいねーかな……って、まあ、まだか」

 式次第は既に手元に届いている。入学式の開始時間までは、校舎内を自由に見学して良いとある。教室に行くより前に、あれこれ見て回ってみようと、タオは廊下に一歩踏み込んだ。

「お! ダチュラのデッケ~写真! うおお、スゲェ。こんなデカいヤツをあの棒一本で倒しちまったんだあ。カッケェ~! マジでスゲェ~!」

 長い廊下に、在籍教員、つまりトキシカ第一~第四部隊までの隊長たちの勇姿を収めた写真がずらりと並んでいる。足を止めて見入っている新入生も多い。

「ハワワ~やっぱりサマになるぜ。別にいつも目が死んでてもカッケェもんはカッケェよな。ウヒョオ~これ毎日見ながら教室行くの嬉しっ!」

 一人でも大盛り上がりしているタオに、近付いてくる新入生が一人、ある。

「おい」

「んお?」

 タオの視線よりもかなり低い位置から、ドスの効いた低音がする。そのまま視線を下ろすと、とてつもなく目付きの悪い男子生徒が腕組みして立っていた。真っ赤なヘアカラーにこの目付き、尚且つ着用しているのが学生服を大幅に改造したものであるところを見るに、無益な争いを吹きかけ、かけられの日常を過ごしていそうな想像ができる。

「テメェ……ダチュラのファンか?」

「うん。そうだけど」

「……おれは、カロライナの、ファンだ」

 彼はボンタンのポケットから、パツパツのカードファイルを取り出した。開けば、公式・非公式問わず、カロライナのみが写っているコレクションカードがミヂ……とファイリングされている。

「テメェ、ダチュラ派っつーことは、わかってンだよなァ? ア?」

「わ! スゲェ! カードこーんな集めたの!? スッゲ~! 見てもいいか!?」

 タオの反応は、男子生徒の慣れたものとは似ても似つかない。ダチュラのファンとカロライナのファンは、彼らがそうであるように、たびたびいがみ合う傾向にある。「己のコレクションを取り出し、見せる」行為は、まずは互いの力量(熱量とも言う)を見せ、威嚇牽制を行う意味になる。

「な、見ていい?」

「いやっ、ダメだ! おまえはそれに値しない!」

「なんそれ? あ、カロライナのデッケ~写真、あっちにあったぜ行こうよ」

「いらん! 一人でじっくり見る!」

「あ、わかるわー。こんだけデッケ~とさ、浸れるよなー」

 混乱した男子生徒は頭を抱えてしまった。細い目を大きく見開いて、なんとか落ち着きを取り戻そうとしている。ファン同士のやりとりでこんなにも穏やかなものは、ありえない。特に、ダチュラ派とカロライナ派の間には。

「そうだ! なあ、クラスどこ? オレA組! タオってんだよろしくな」

「……? お、おれも、A組……名前は、ロックローズ……地元だと、ロッキーって呼ばれてる……」

「ん! またあとでなーロッキー!」

 ロッキーは知らない。アメジストが時折タオのことを「初夏の風」と評することを。



「伸びしろはタオくんの方ですよゥ。ブルーミアの受験って、他の訓練校と違ってキツいんでしょ?」

「現場は基本的には体力勝負とはいえ、戦略練ったりは必要だからな。それにブルーミアはとにかく名門だ」

 異邦人は穴から出現し、魔力のある者を襲う。穴はいつどこに出現する等の傾向がまったくのランダムであるため、異邦人被害は事故・災害と同等の扱いになる。

 それでもわずかにわかっていることは、異邦人は人気の多い場所には寄り付かないということだった。事故件数は郊外や地方に集中し、人口密集地域である首都では極少数である。そのメカニズムがわかっているだけマシで、魔力のある者は少しでも被害を避けようと、首都に集まるのである。

「地方にももちろん訓練校はありますが、のびのびと訓練はしていられませんからね。ほとんどが実地訓練になるため、洗練された戦い方を学ぶことはできないのだとか。その点、ブルーミアでは比較的安全に、理屈から異邦人対策の基礎を学べる。大きな利点です」

「そっちよりも人気商売のとこが大きいと思いますがね、俺は」

「ふふ、否めません。実際、学長もそれが狙いだと、私は思ってますから。何せ異邦人対策にはとにかく、金がかかる」



 教室の近辺まで来ると、新入生の数も増えてくる。すでに交友関係を広げている人々を見て、タオもつられてわくわくしてくる。

「いろーんなヤツがいるなあ~!」

 片っ端から声を掛けでもしようかと思ったタオの視界に、妙な人だかりが入る。皆が皆、好奇の視線で、中心にいる誰かを見ている。

「何、何?」

「ああ、なんか、女子同士のケンカだよ。初日からよくやるよな」

「……え?」

 訓練校というのは、武器持ち込みが当たり前の世界だ。異邦人は魔法では倒せない。そのため、結局は物理的な力に頼る他ないのだ。各々が各々の得意とする武器で一人前に戦えるようにするのが、訓練校の主題だ。

 そしてその名門校の教室前廊下でいま、人だかりができており、その中心では三人の女子生徒がナイフ、レイピア、カトラスを構え、小柄な丸腰の女子生徒一人と対峙していた。

「な、なんで誰も止めねえんだ!? そりゃ小競り合いは日常茶飯事だけどよ! おいおい! そういうシャレになんねえのはやめとけ!」

 タオは大慌てで三人と一人の間に割り込んだ。不機嫌に加速をかけられたらしい三人は、ムッとした表情をタオに向ける。

「せめて殴り合いにしとけよ! つか、丸腰の相手にゃフェアであれよ!」

「うっさ。そんな田舎者ほっときな~? 庇うだけ意味ないよ~?」

「いや、つーかそもそも、こんな重そうな荷物持ってる子にンなモン向けんのもフェアじゃねえわ。せめて荷物は降ろさせてやれよ。なあ?」

 タオは背中に庇う形になっている小柄な生徒の方を振り向いた。彼女は小さなリュックと小さなポシェットしか身に着けていないのだが、奇妙なものを見る目付きではなく、純粋に驚きを隠せずにいる目でタオを見ていた。

「なあ? それ、めっちゃ重いだろ? 小っせえけどさ」

「ねえ! どいてくんない? まとめて相手してもいいけど!?」

 苛立ってきた三人組がそれぞれの剣を構え直す。が、タオの後ろを見て、手から武器を落とす。小柄な女子生徒だったはずだが、いつの間にか彼女の姿は金属製のフルアーマーを装備していた。

「ウチを田舎モンだァ甘く見んでねェ。煽られたら殴りェす、それが土井中どいなか村鉄の掟だべ」

 数多の銃口がアーマーからヌッと出てきて、三人組や、彼女らを囲む野次馬にも照準を定める。

「ホレ、落としとるべ。拾えよ。んだども、もういらねっぺか? したらオメェ、ウチがもらっといてやっぺ」

 三人組は大事なはずの武器を拾うことはせず、そのまま逃走した。野次馬たちも一斉に解散する。

「ふー」

 残ったタオの前で、アーマーはすべて、彼女の背負っていた小さなリュックに格納されてゆく。

「オメェ、よぐが重てェってわかったな」

「肩に、ちょっと、食い込んでたから……ってかスゲーそれ! 自作なのか? 交機のにちょっとデザイン似てんな」

「ありゃウチが納品すたんだべ。ウチのが最新で、もっとハイカラだっぺよ。こいつはマーク5っつーんだ」

「す、スゲェ~……マジでスゲェ」

 田舎訛りのひどい彼女はタオからの素直な賛辞を聞いても無表情を変えない。が、尖った耳の先はほんのりと赤い。

「オメェ、クラスさどこだべ」

「A組。タオってんだよろしくな」

「ウチもA組だ。リリー。よろすくな」



「でもボクらじゃ入ることも許されなさそうな場所だし、雰囲気すら想像できませんよねェ。同じような境遇の子たちしかいないんだろうし、魔法学校よりは平和かもォ」

「魔学は超競争社会だしな……正直、無魔力の連中ってのはほとんどかかわりがないから、よく知らん」

 ギベオンは哀れな生き物に向ける視線を二人に向けている。コーヒーはとっくに飲み切っているのだが、無魔力の人々に対しての理解が世間一般程度しかないことを、できればそのままでいてほしいと願う気持ちと、教えたらどんな反応がくるのかワクワクする気持ちとに挟まれている。両者を戦わせた結果、勝ったのは後者だった。

「魔力のない人々が、魔法以外で為すことは何だと思いますか?」

「んー、イメージ的にはァ、ITとかァ、工学とかすごいイメージですねェ」

「地頭が良い印象ですかね。実際、会社重役とか、魔法で誤魔化しの効かねえ立場のひとは無魔力が多いし」

「お二人は基本的に、魔女と魔法使いしか相手にしない役職ですからね。知らないのも無理はないでしょう。覚えておいてくださいね、彼らが最終的に出す答えは、正しい使い方かそうでないかはともかくとして、すべて暴力です」



 教室内にはまばらに生徒が集まってきている。名前の書かれた紙の貼られた机がきっちりと並べられている。窓側に自分の席を見つけたタオは浮ついたまま座ってみる。窓からは体力育成に使われるのであろう広いグラウンドが見渡せる。謎の高木が中央に立てられているのは不思議な光景だが、あまり気にはならない。

「やあ、こんにちは。しばらくこの席だね、よろしく」

「おう! よろしくな!」

 前の席に座っていた生徒に声をかけられ、タオは元気よく返事する。これから名乗り合うと思われた矢先、前の席の生徒に、別の生徒が声をかけてきた。

「ちょっといいかな?」

 すらりと背の高い、美しい男だ。切れ長の目、白い肌、ラメの入ったアイメイクと、サイズのぴったり合ったセットアップ。極めつけに、甘くてさわやかな香水をまとっている。ちらちらと、彼へ向けられる視線は、どこか熱を含んでいるものが多い。

「誰かと思えば! 首席入学のナルキスくんではないかな?」

「そう、その通り。僕はナルキス。当然、知っているよね。僕からきみに、言いたいことがある」

「何だい?」

「そこは、僕の席だ。いますぐ退いてくれたまえ」

 タオの前の席の男は首を傾げたあと、机に書かれた名札を見た。どこにも「ナルキス」とは書かれていない。

「わ、悪いが、ここはきみの席ではないようだよ。第一、きみは首席入学じゃあないか。A組出席番号一番なのだから、きみの席は、あの、廊下側の最前列のはず」

「この僕に、あんな日の当たらない、湿っぽくて角まった、埃寄せの席を使えというのかい?」

 タオどころか教室じゅうの誰もが言葉を失っていることを一切気にかけず、ナルキスはペラペラと続ける。

「僕に日の当たらない席を使わせるなんて、名門校だというのに失望だ! きみの座っているその席……心地良い陽気が差し、常に輝く光に照らされる、その席……それは、誰よりこの僕に相応しい席だとは思わないかい?」

 唖然としてしまって動けない彼を、ナルキスは冷たく急かす。どこから出したのか、クナイを首筋に当てたのだ。

「さっさとしたまえ」

「わ、わかった! すぐに退くよだからそれはどうか仕舞ってくれないか!」

 静まり返る教室で、日の当たる席で、ナルキスは満足そうに脚を組む。が、机の高さはナルキスが脚を組むと不足する。机は早々に前方へと押しやる(その前に座っていた生徒はギュッと押し込められる形になる)と、広くなったスペースで、ようやくナルキスは大満足といった顔になった。

「ああ、いいね……僕の見立て通りだ。この席は僕のものだ。一つだけ、計算外のことがあるが」

 ナルキスはくるりと半身を振り向かせた。タオをまっすぐに見つめている。

「きみのコロン、どこのかな?」

「あー、えーと、あー……自前? 体臭なんだよなこれ」

「へえ! ますます気に入ったよ! 思わぬ出会いだ。きみの香り、僕のコロンととっても相性が良い! 実は僕のも自前でね。自分で調合したのさ」

「へー。すげー。今度教えてくれよ、そういうの好きな友達がいてさ」

「いいとも! きみ、名は?」

「タオ。おまえはナルキスな、覚えたぜ」

 教室は再びざわめきだす。ナルキスの一連の(理解の不可解な)行動に対しても、そしてそれに一切動じないタオにも。

 そして、まだ熱狂冷めやらぬうちに、放送がかかった。

『新入生は大ホールに集合のこと』

 いよいよ、入学式が始まる。

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