閑話2


合格発表があったその日、生徒会に所属する栗山陽菜乃くりやまひなのは、手伝いのために学校に来ていた。作業自体はそれほど多くなく、ほんの1時間弱で終了した。 

 

 その為、今日はもう何もすることがなくなり、これから帰ろうとしていた。


「やった!やったぞーーーーーー!!!!!」


 すると遠くから喜びの声が聞こえ、陽菜乃は思わず笑みを浮かべる。声の感じからして男子なのだろうが、それがまるで一年前の自分と同じ様に思えた。


 当時彼女は合格したのを知って叫びはしなかったももの、嬉しさのあまり号泣してしまい、教員や周りの人から心配されるほどだった。今思い出すと少し恥ずかしいが、狭き門を突破した甲斐はあり、今のところ充実した学生生活を送っている。


 先程の声の主も厳しい受験勉強を耐えてきたのだろう。あの叫びからとても感じられた。


 そして、そんな彼を含む新入生たちが楽しい学生生活を送るために、生徒会役員として全力を尽くそうと、陽菜乃は心に誓った。そして顔も名前も姿もわからない相手を心の中で祝福し、荷物を取るために教室へと向かった。






「だから俺は不審者じゃないって!」


「はいはいわかったから、取り敢えず名前を教えてもらおうか」


「全然わかってねーじゃん!」


 警備員室の前で、警備員と一人の男が言い争っており、荷物を取り終えて帰ろうとしていた陽菜乃は、それを目撃した。


 不審者と言われている男は自分と同い年位のように見え、とても不審者には見えなかった。それに声の感じからすると、先程叫んでいた声の主と同じに聞こえる。


(もしかして、誤解なんじゃ…)


 嶺苑の敷地内に学校関係者以外の男性が立ち入ることは殆どないため、少しでも目立つ行動をすれば怪しまれても不思議ではなかった。仮に彼が受験に合格したとしても今はまだここの生徒ではないので、身元を証明するのは難しいだろう。


「あんたじゃだめだ!理事長に会わせてくれ!」


「ふざけるな。それに、得体のしれない奴に会うわけが無かろう」


 このままだと不審者として、警察に通報されかねない。何とかして誤解を解こうと彼らの方に行こうとした。


「すみません、その人不審者じゃありませんよ」


 陽菜乃とは反対の方から声が聞こえ、全員その方を見た。


(桜?)


 声の主は獅子倉桜だった。陽菜乃とはクラスメイトであり、仲の良い友人である。いきなり桜が現れた事に陽菜乃は驚く。


「これはこれは、桜さんじゃありませんか。こいつが不審者じゃないとは、一体どういうことですか?」


 警備員の態度が急に畏まる。桜が理事長の娘であることは、この学校で知らない人はいない。それならば、そうなるのは当然だった。


「彼の名前は中村翔太。私の友達で、この春からウチに入学する事になっています」


「こ、こいつがですか!?」


 警備員はかなり驚いた様子だった。翔太と呼ばれた男子は、それを見て警備員を睨みつけていた。


「私の言う事が信用できないのなら、どうぞ理事長ウチの親に直接聞いてみて下さい」


 そう言った桜は、普段の彼女からは想像できない凄いオーラを感じた。警備員の方もそれを感じ取ってか何も言えず、二人に詫びを入れると直ぐに彼を開放した。


「何もあそこまでしなくても…」


「え?翔ちゃんが不審者じゃないって説明しただけだけど」


「いや、さっきのお前めっちゃ怖かったぞ」


 やり取りからして、桜と彼は本当に友人なのだと陽菜乃は理解する。そして二人は仲良く話しながら歩き出し、姿が見えなくなった。


「翔太君、か」


 陽菜乃は噛みしめる様に言った。最初は気づかなかったが、彼の顔に見覚えがあった。あの日以降目にした事はなく、二度と会えないと思っていた彼に再会する事ができた。


「まさかもう一度会えるなんて…」


この奇跡に陽菜乃の興奮は収まらない。あと一ヶ月もない入学式が、もはや待ち遠しくて仕方なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染みの母親に脅されて元女子校に入る少年の話 辻浩明 @onifutaba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ