第5話 合格発表

 

 地獄の受験勉強を乗り越え、翔太は順調に成績を伸ばしていった。受験本番でも緊張することなく、ある程度解くことができた。


 だが、そこは流石嶺苑の受験生たち。終わった後も慌てたり落ち込む様子もなく、澄ました顔で座っている。


「名前はなんて言うの?」


「入学式にまた会おうねー」


 方方から受験生同士での交流が始まっていた。もうすでに合格できるかどうかではなく、入学して会う約束までしている。


 それを見てか、受かるかもしれないと思っていた翔太の自信は底をついた。合格発表までの1週間食事も喉を通らず、周りは懸命に励ますもあまりに効果はなかった。








 1週間後、合格発表の日を迎えた。桔梗から指示で、現役生である桜と瑞希と一緒に見に行った。美女二人と一緒に学校に行くという、思春期男子なら喜びそうな展開であった。しかし、


「だ、大丈夫だって、あんなに頑張ってたじゃん!」


「そうですよ!自信持って下さい!」


 雰囲気はそれどころではなかった。桜と瑞希が励ますが、翔太からの返事はない。表情は暗く、やや頬が痩けた様に見える。校門前に立ち尽くしてから20分は経った。彼らと同様に、結果を見ようと大勢の人たちが通り過ぎていった。


「もう無理!帰る!」


 突然走って逃げ帰ろうとしたが、直ぐさま桜に襟首を掴まれて失敗に終わる。


「ちょっと、らしくないよ!いい加減覚悟決めなって」


 そう言って、そのまま校内へ引きずり込んでいった。桜の力が強いせいで、翔太の首が絞まる。


「ぐ、ぐるじいぃぃ、じぬぅぅ…」


「何やってるんだか…」


 瑞希は呆れながらも、二人についていく。その異様な光景に、周囲からは好奇の目で見られていた。



 合格者の受験番号が張り出されている場所に行くと、人だかりが出来ていた。受験番号がずらっと張り出され、各々の結果を受けて喜ぶ者、泣く者、三者三様の様相を呈していた。


「翔ちゃんの番号は?」


「ろ、ろくぜろいち…」


 乱れた呼吸を整えながら、握っていた自らの受験票の番号を答える。その際に桜を睨みつけたが、桜は意に介さなかった。


「601 601 601…」


 ブツブツと呟きながら601を探す瑞希。桜と翔太も、601を探す。










590

593

598

599

600

601

605




















“601”




















「…あった」


「「「あった!!!!!!」」」



 目当ての番号を見つけて3人は驚く。桜と瑞希は大喜びし、翔太は固まっていた。


「夢じゃ、ない、よな?」


 そう言う翔太の頬を桜と瑞希が、両側から引っ張る。


「いででででで!!!」


「痛いでしょ?本当なんだよ」


 笑顔で翔太を見る二人。頬の痛みが収まらないことに、現実味を帯びてくる。


「翔ちゃん」


「「おめでとう」」


「やった。やったぞーーーーーー!!!!!」


 突然の大声に周囲の人たちは驚き、再び彼に好奇の目を向けた。だが、最早そんなのは気にならない。彼の中には喜びしかなかった。


「ちょっと!恥ずかしいからやめなって!」


「まあまあお姉様。今日位いいじゃないですか」


「はぁ…それもそうだね」

 

 

 その後、騒ぎを聞きつけた警備員に翔太はつまみ出されそうになるが、桜たちが誤解を解いたお陰で事なきを得た。








「おめでとう。やるじゃないか」


「どうも」


 翔太は夜に桔梗に呼び出され、彼女の部屋に訪れていた。先程まで合格を祝うパーティをしており、片付けを終えたばかりであった。何を言われるかと気構えていたが、それを聞いて安堵した。


「まあでも、うかれすぎるなよ。今日だって場合によっては、合格が取り消しになりかねなかったぞ」


「うっ!それはすいません…」


 桔梗にとっては少しからかったつもりであったが、翔太は今になって恥ずかしいことをしてしまったと思っているようだった。


「それよりこんな時間に呼び出して、何の用すか?」

 

 思い出すもの嫌なため、話を元に戻す。桔梗もそれを察してか、これ以上は突っ込まなかった。


「呼んだのはな、借金のことだ。約束通り、半分の500万に減額だ。よかったな」


 しかし翔太は喜ぶでも泣くでもなく、黙ったままだった。それを見て、桔梗は不思議に感じた。


「ん?どうした、嬉しくないのか」


「いや、受験に没頭してたから、そういえばそんな事あったなぁ〜って」


 無反応だったのは、一年前に約束した事を忘れていたからであった。当初こそ借金返済が目的だったが、受験勉強をしている内に、本気で嶺苑に入りたいという気持ちが強くなり、彼の中で受験の目的が変化していた。


「そうか、それは良かった」


「え?」


「なんでもない。残りの分は前話した通りだ。赤点を取りすぎて留年、なんてならんようにな」


「あ、ああ。それは問題なさそうだけど…」


 そう言いながら目を逸らす翔太を見て、桔梗は微笑ましく思っていた。そして立ち上がり、翔太を見据える。


「改めて合格おめでとう。として歓迎するよ」


 笑顔でそう言うと、手を出した。普段からは想像できない行為に少し戸惑った翔太だったが、純粋に祝福しているのを感じて、その手を握った。


「ようこそ、嶺苑学園へ」




 翔太はまだ知らなかった。野球を辞めさせてまで嶺苑に行かされた真の目的について…




   【借金残り:5,000,000円】

 

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