第4話 瑞希先生と受験勉強
先日行った桜との受験勉強の疲れが癒えぬ中、今日は瑞希から教えてもらう事になっている。彼女の担当は理系科目で、翔太の苦手分野である。テストでは高得点を取った記憶が無く、60点取ればいい方だった。
そういう意味でも、教えてもらう事は非常にありがたかったのだが、翔太は不安に感じていた。それは、瑞希の学力がどれ位あるのかわからない点にあった。彼女は桜とは違い、芸能活動をしているので学校を休むことがしばしばあり、授業についていけているのかと翔太は思っていた。
そうこうしている内に瑞希がやって来て、桜の時と同様に翔太の部屋にやってきた。
「おはようございます。翔ちゃん」
翔太に向けて綺麗なお辞儀をしてみせる。眼鏡をかけ、黒い綺麗な長髪をストレートのままにしている以外は姉と瓜二つである。
「おう、って何でお前まで制服なんだ?」
ちなみに今日も休日であった。
「え、だって私の制服が見たいと言ってませんでした?」
「言ってねぇし、誰から聞いたんだよ」
「はい、お姉様から」
(あ、あいつ〜!!)
確かに翔太は、前回桜が来た時にそれらしい事は言っていた。しかしそれは、桜をからかうために言ったのであって、本気ではなかった。
「悪いな瑞希、それは桜のでまかせだ」
「そんな…折角喜ぶと思って、夏服も持ってきたのに」
そう言って、持ってきた大きめをバックから嶺苑の夏服を取り出す。
「残念だったな。てか、どこで着替えるつもりだ」
「はい、ここで」
「そうか、早めに気づいてよかったよ」
何も知らず、いきなり着替えられたら勉強どころでは無くなっていたので、翔太は安堵する。それに、タイミング悪く亜由美が入ってきて、見られでもしたら色々と面倒だった。
「そんな事より、勉強を教えてくれ」
残念そうに夏服をしまう瑞希に、翔太が言う。
「あ、そうですね。でも、私で大丈夫ですか?」
「そりゃ、こっちが聞きてえよ。勉強どの位できんの?」
「多少は。ですけど、お姉様よりは自信ないので、期待しないで下さい」
「まあ、赤点とか取るレベルじゃなきゃいいよ」
「それなら大丈夫です!」
そう言って、自信満々の表情を見せる。それを見て翔太は少し安堵し、ノートや筆入れを準備する。机には過去問や教科書が置かれ、本格的に勉強がスタートする。
「では、まず数学のビセキからやりましょう」
「ビ、ビセキ?」
ビセキと聞いて、翔太の手が止まる。聞き慣れない用語に思わず聞き返す。
「何それ?」
「だから微積。微分・積分ですよ。毎年この範囲が出題されるので、ここを確実に…」
「いや習ってないし、初めて聞くけどその言葉」
「えっ、習ってないんですか!冗談、ですよね?」
「マジ」
微分・積分は基本高校で習う範囲であり、まだ中学生である翔太は、習っていなかった。それを聞いて瑞希は、表情を曇らせる。
「本当ならそれ、まずいですよ。ここ、配点が高くて、毎年微積で稼いだ人が高得点取れてるんですよ」
「そんな事言ったって、習ってないもんは解けないぞ」
「そんな自信満々で言わないで下さい」
この空間に重い雰囲気が漂う。数学はもう捨ててしまおうか。そんな気持ちが翔太の中に生まれる。だが、瑞希は諦めていなかった。
「決めました」
「え?何を?」
「一から微積を教えます。今日は徹夜でやるので覚悟して下さい」
「なにーー!!!」
瑞希の表情が変わり、凄まじい覇気を翔太は感じた。徹夜で勉強なんて、今までやったことがない。それに、夜中に瑞希と二人きりになることに、翔太は緊張する。
「で、でも、徹夜ってことは一応
「そこは大丈夫です。ちゃんとお泊りセットも持ってきてますし、お母様にも許可は貰ってます」
そう言って、バックからパジャマやら化粧品やらを取り出した。あまりの用意周到さに翔太は開いた口が塞がらない。こうなったら心に決めるしかなかった。
「わかったよ。母さんに聞いてくる」
「いいわよ」
「え!」
翔太が振り向くと、亜由美が部屋に入っていた。いつもなら部屋に入る前には気づくが、今回に関しては気配すら感じさせなかった。
「瑞希ちゃんなら心配ないわ。息子をよろしくね」
「はい、亜由美お姉様」
亜由美のウインクに、瑞希は笑顔で答える。翔太だけがこの展開についていけなかった。
「あ、そうだ。あまりに大きな声は出さないでね。それじゃあ」
そう言って、ドアを閉める。一瞬なんのことだがわからなかったが、翔太は直ぐにその意味を理解した。
「ナ、ナ、ナンノコトダ。アハハハハハハハハ」
何となく笑ってみたが、瑞希は笑顔のまま翔太を見つめる。寧ろ罵倒された方が、彼にとっては良かった。しかし何も言わず、変な汗が流れる。
「み、瑞希サン?」
「フフフ、大丈夫。私、翔ちゃんのこと信頼してますから」
そうは言うものの、表情は変わらない。手を出せば息の根を止められてしまいそうな、そんな感じがした。
「でも私、一応芸能人ですから。何かあったら、セ・キ・ニ・ン取って下さいね♡」
外はまだ太陽が一番高い位置にいる。少なくともあと18時間以上、二人は一緒にいなければならない。早くこの時間が過ぎることを、翔太は願うばかりであった。
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