第12話 20××年12月18日・暗転
目が覚めると既に時計は10時半を指していた。座ったまま眠ってしまった為に体のあちこちが痛い、疲れていたとはいえなれないことはするものじゃないと反省した。
意識がはっきりするにつれて脳が忘れていた不安感を思い出させる。今誰かが死んでいる可能性がないかと言う事だ。
杏崎はソファーでまだ寝ていたので起こさぬよう部屋から出る。顔を洗いに行くついでに安否確認を行う為だ。
殺伐した状況にあるにもかかわらず、多くの人とすれ違った。少ない時間で確認できたのはエリナ、イーサン、蘭堂、横田、ジョセフ、白烏の6人だった。また食事を受け取る際に不動夫の姿も確認することが出来た。
多くの人は比較的平静を保っているように見えたが、白烏氏は随分と顔から生気が失われ、白髪が増えたような気すらするほどに意気消沈していた。
30年守ってきた秘密を打ち明けたのだ、致し方ないだろうと心中を察する。
部屋に戻ると杏崎が既に目覚めていた。土井氏のメモをめくりながら自分のメモに書き写してはブツブツと何やら言っている。
「杏崎君、食事ですよ。」
声をかけてからテーブルに食事を置く。今回は珍しく米、つまりおにぎりであった。
呼び掛けに気づいたのか、置いたバスケットに横から手が伸びてくる。そのままもぐもぐとメモ帳を見ながらげっ歯類のごとき速度でおにぎりを口に入れていく。
自分もそれを横目に食事をとる。2、3口食べ進んだところで口に拡がった酸っぱさから具が梅干しであると気づいたのだった。
食事を摂り終えると、それを待っていたのか杏崎が後ろから話しかけてきた。
「センセイ、昨夜言ったことは覚えてるね?」
「須藤さんへの聞き込みですよね、急ぎましょうか。」
急いで立ち上がり杏崎の後に続いて部屋を出る、この時はだいたい昼過ぎであった。管理人の渡してくれた名簿を元に須藤の部屋のドアをノックする。幸い在室だったようで、鍵の開く音ともに彼が扉の隙間から顔を覗かせる。
「須藤さん、ちょっとお話をよろしいかな?」
「なんのお話ですかな探偵さん?」
杏崎はドアを閉められないよう全力で抑えながらグイッと須藤に顔を近づけ、比較的小声で
「30年前の清張氏集団暴行殺害事件について、話してもらおうか。」
その言葉に須藤氏は言葉を詰まらせ固まる。その隙を見逃さず、ドアの主導権を完全に握った杏崎が中に入っていき、自分も何かあるといけないのでそれに追従して入る。まぁ白烏氏の時と同じような事をしたのである。
「言い逃れはできないと思った方がいい、土井孝氏が遺した数々の証拠がこちらにはあるんだ。」
「…今更なんだと言うのです?」
「別に警察につき出そうって訳じゃあないさ、時効は撤廃されてるからもしかしたらつき出せるかもしれないけどね?」
「30年もの間平穏に過ごしていた我々から、何を掘り出そうと言うのですか!!」
必死の言い逃れのような言葉を放った須藤に、杏崎が右ストレートを食らわせる。
「ふざけるな!人一人殺した上で成り立った平穏程度、吹けば散るような物だ!それに醜く縋り付いていたから今、この館にいる亡霊のようななにかのせいで4人死んでるんだ!」
須藤は殴られた頬を抑えていた、その目には怯えに近い何かがあり、最初の頃の掴みどころのないように見えたものはそこにはなかった。
「…私は百津川先生の教え子の1人だったんですよ。ちょうど白烏先輩が院だった時でした。」
年齢差は7歳差であるとするとおおよそ博士課程だろうか。たしかにおかしくは無い。
「森栖君は私が院の時に百津川先生の教え子でした。まだあの時の彼には美術の美の字もありませんでしたね。」
それは初耳だった。年齢差的に有り得なくは無いがそんな事もあるのだなと感じる。
「我々3人は百津川先生から天使邸について聞く機会が何度かあり、在学中、卒業後も何度か訪れるようになりました。まだその時の私は先生の罪については知りませんでしたね。」
「百津川氏にそういった素振りはなかったと?」
「ええ、30年前まで全く。」
「それであの日、何があった?」
「件の日の2日前、一人の風変わりな男が屋敷に来客しました。彼は観光客だったのですが予約を取っていなかったばかりに管理人に渋い顔をされていました。」
「それが清張氏、ですね?」
「ええ、
「予約無しでよく泊まれたものだね、本当に。」
「いえ、彼は無理を通した訳じゃあありませんよ?」
「では一体?」
「これは私しか知らないのですが、彼の宿泊を手伝ったのは百津川先生なのです。」
「なぜ百津川氏が宿泊を?」
「彼は百津川先生の教え子、つまり我々の後輩だったのです。私はあまり関わりがありませんでしたが、森栖君ならよく知っていたでしょうね。」
あとから情報がどんどん付け足され、切れていた関係のパイプが繋がっていく。
「その日はそれ以上何も無かったのだろう?」
「ええ、その日はそれ以上は何もありませんでした。次の日でした、彼は昼過ぎ頃にこの館についての講義をしていました。内容は百津川先生すら聞き入るほどの内容だったのですが、もはや私の記憶からその詳細は抜け落ちてしまっています。」
「白烏大臣によると、その日は彼が百津川氏の罪の証拠をみつけた日らしいね?」
「…彼はこう言っていたことを覚えています。『この館には確実に抜け落ちている資料に関する何かがある』と。百津川先生はその時だけ感心から、驚愕、いや恐怖に近い表情をしていました。その時私は、その意味を理解していませんでしたが。」
「そして、当日か。」
須藤は大きく間を置いてから、口を開いた。
「…その日の夕近く、彼は広間に百津川先生、神戸氏、坂口氏、管理人たる土井氏を集めました。私と森栖君は何の気なしにそれを野次馬したのです。」
「それで?」
「彼はこう言いました。『先生、教え子として僭越ながら貴方にお聞きしたい。貴方は売ったのですか?貴方こそ最も価値がお分かりのはずの、この天使邸の宗教に関わる文献を。しかも秘密裏にだ。』私は真っ白になりました。まさか私達の先生が、貴重な歴史資料を売り払うなど認めたくなかったからです。」
「尊敬する人の黒い話を聞いてしまったらそうもなるだろうね。」
「彼と先生は口論になりました、しかし終始圧倒していたのは彼の方でした。彼の目には覚悟がありました。恩師を弾劾する事に対する覚悟でした。そして…」
またも一瞬間ができる、しかしそれに杏崎が切り込む。
「そして、百津川氏は彼に拳を振り下ろした、と?」
「ええ、しかし彼は怯まず殴り返してきました。それが皮切りでした。神戸氏、土井氏、坂口氏が先生に加担し、彼に暴行を加えました。私と森栖君も、百津川先生に『お前たちもやれ!』と怒鳴られ、加担しました。」
「躊躇は無かったのかい?」
「…少なくともその時の私達に躊躇はありませんでした。何分に及んだかは分かりません、誰が一線を超えてしまったのかも分かりません。気づけば全身が血まみれになり、口から泡を吹いて彼は動かなくなりました。」
「で、隠蔽したと。」
軽蔑のような、無関心のようなトーンで杏崎が吐き捨てる。
「そこからは白烏先輩に聞いた通りです。我々がこの島に招かれたのもつまりそういうことなのでしょうね。」
「よくもまぁ、1日目はあそこまで白々しい態度を取れたものだね。」
「あの時はまだ偶然だと思っていたのですよ。少なくとも2件目までは…」
「君たちがその罪によって順々に消されていっていると確信しているのなら、君たちに心当たりは無いのかい?」
「私を殺しに来る復讐者についてですか?」
「そうだ、僕が今暫定として『
須藤は頭をひねり数分考え込む、ブツブツと何かしら呟き、指を折ったりしながら考えてから、もう一度顔を上げた。
「4つ、考えうる事はあります。1は彼の妻。2は彼の息子、当時から計算するといまは35歳でしょうかな。3は彼の娘、年齢は分かりません。まぁおそらく30歳ではありますでしょうが… それで4は彼自身が蘇った可能性。ありえないですが、そう考えたい程ですよ。」
「既婚者だったんですね?」
須藤は私が投げかけた疑問に頷いて、
「すっかり忘れていました。おそらく考えられる候補はこれぐらいです。彼の死は念入りに隠蔽されていましたから…」
「なるほどね、最初と最後はともかく2か3に関しては有り得なくもない話だ。精査してみよう。ちなみに奥さんに関して知っている事は?」
「いえ、私はよく知らないもので…」
須藤が言葉を終えるぐらいに少しぶるっと体を震わせる。
「すみません、少し御手洗に行ってもよろしいですかな?決して逃げるつもりではありませんので」
「構わないね、ここで待たせてもらうよ。」
彼は礼を言ってから小走りに部屋を出ていった。
杏崎は相変わらずメモを続け、ページを捲って何やら呟く、とルーチンのように行動を繰り返す。
「30代ぐらいの男性、もしくは女性の人…いましたかね、犯人に近い人間は。」
「年齢偽装や改姓は確実としてだ、イーサン、エリナ、ジョセフは確実に違うだろうね。日本人とのハーフには見えないし、ジョセフ氏に関しては年齢もね。神戸氏はむしろ被害者候補だ。となると残るのは横田、蘭堂、板東の3名だが…」
「横田さんは隠し事をするような人間には思えないですし、30代が年齢偽装しているようには見えませんよね。」
「ああ、彼は若々しすぎる。とてもじゃないが30代には見えない。」
「蘭堂さんは年齢的には無理は無いとしても、確か彼はYouTuberとして結構知られていますよね。」
「復讐鬼としては表に出過ぎだね、モンテ・クリスト伯でもあるまいに…」
「板東さんは…」
「理由としては蘭堂と同じだ。ただあまり強く否定できる材料もないね。」
「うーん、全員怪しいようで怪しくないような…」
「どうにもダメだな。やはりなにかミッシング・リンクを見落としている…」
須藤氏の発言から他に何かないだろうか、とかなど色々考えるが思いつかない。やはり清張氏自体が蘇ったとしか思えなかった。
そうやって考えに浸っていたせいで、自分達は1つ失態、いや大失態を犯したことに気づくのに遅れてしまった。
そう、須藤氏が戻ってくるのが御手洗にしてはあまりにも遅いことに気づくのに遅れたのだ。
1回から何かに驚いた叫び声が聞こえ、自分たちは思考の海から引き戻された。
「叫び声?」
「まさか僕達が須藤氏に注目している間にやられたのか?急ぐぞセンセイ!」
この時は神戸氏か、もしくは白烏氏が殺されたとばかり思っていた。
しかし、現場に来た自分たちはその遺体を見て驚いた。
「そんな…!?」
杏崎は絶句し、口が開きっぱなしになっていた。
そう、現場にあった遺体はさっきまで私達と話していたはずの須藤氏だった。
そしてその遺体は他の遺体と比べ余りにも異様な点が1箇所あった。
その遺体の恐怖に歪んだ顔から両目がくり抜かれていたのだ。
―――『第5の天使は、強大な力で夜の闇をもたらす』―――
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