第10話 20××年12月16日・疑念:後

 我々に部屋に入られてしまった白烏氏は顔を真っ青にしながら

「し、知らん!私はここに来たのは初めて――」

 と必死に首を振る。それに対して杏崎はさらに詰め寄り

「嘘だね、日報にしっかり名前が残ってるよ。」

 日報のページを開いて突きつける。白烏氏はそれを軽く見て、否定の言葉も浮かばないのかそのまま項垂れてしまった。

「白烏元大臣、私も杏崎君もあなたが過去に起こした罪を糾弾したい訳じゃないんです。」

「じゃあなんの理由があって私を問い詰める!!!」

「おそらくこのままではあと4人死にます、あなたが口を開かなければ見殺しにしたと同然ですよ。」

 我ながら脅し気味になってしまったとはいえ、殺人者同然と言われた白烏氏は言葉を詰まらせた。

「…私も多くは知らんのだ。ただ、あの日、百津川先生達はある人を…殺したのだ。」

「殺し…?!」

「キヨハリ、って人の事かな?」

 その名前を聞くとさらに白烏は顔をひきつらせる。

「彼は大学教授と名乗り、民族宗教の研究をしていたとも話していた。私と同時に天使邸に訪れた彼は予約無しに泊まった客で、管理人が大分怪訝な顔をしていたのを覚えている。」

「日報の記述通りだね。」

「彼はあの日の前日…なにか大変な物を見つけたらしく、随分と慌てていた。そして当日、彼はその何か、おそらく数枚の書類束だったと思うが…それを突きつけて百津川先生を含む数人を糾弾していたのを覚えている。」

「それで?」

「彼を誰かが殴った、それ以降はよく覚えていない。誰かが殴ったのを皮切りに、百津川先生を含む数人が彼を滅多打ちにして、彼は動かなくなった。」

「なんて酷い…」

 思わず口を覆った、想像するだけで気持ちが悪くなりそうだったからだ。

「私はやってない…ただ、見殺しにしたから私の手も血に濡れたと同然だろうな。」

 その言葉を吐き出した白烏は、魂の抜けたような顔をしていた。

「それで、彼の遺体はどうなった?」

「海に投げ捨てられたと聞いている。血の付いた絨毯で簀巻きにされ、重しをつけられて沈められたと…」

「つまりこの島が、キヨハリさんの墓標だと?」

「そういう事だ。彼はもしかしたら今も…冷たい海の底にいるのかもしれん。」

 杏崎は言葉を聞き終えるやすぐにメモを取りだして書き込み始める。いつになく真剣な目をしている彼には言葉が届きそうに見えない。

「これで満足か?他に聞くべきことがあるなら聞くといい。辻島君と言ったな…君はあと4人殺されると言ったが、おそらくその中には私も居るだろうからな。」

 白烏氏は諦めきった目で私を見据えながら言葉を吐き出す。

「本当に、キヨハリさんが殺されたわけを知らないのですか?」

「ああ、私は彼が殺される前の最後の瞬間に居合わせただけだからな。」

「もし、この事件がそのキヨハリさんの事件に関係あるとして、犯人に心当たりは無いのですか?」

「さぁな…彼に身内がいたかも知らない。もし百津川先生が生きていたらなにか知っていたかもしれないが。」

「最後にもう一つ、須藤さんと森栖さん、そして坂口さんはその殺しに関わった人の中にいましたか?」

「いたような気もする。すまんな…もうあまり思い出せんのだ…」

 白烏氏は憑き物が落とされたようにベッドに座り込んだまま動かなくなってしまった。

 杏崎はまだメモに集中していたので、このまま居座るのもよろしくないと思い引っ張って部屋の外に出た。

「…これでホワイダニットの十分な条件は揃った、だが誰が?誰が復讐を行っている?なぜ復讐を?なんの関係があって?そしておそらく殺そうとしているのは…」

「杏崎君、杏崎君?」

 すっかり思考の海に浸っていた彼を何度か揺さぶって呼びかける、するとようやくこちらの声が届いたらしく、首だけをこちらに向ける。

「センセイ、今から3人に警告をしに行くぞ。」

「須藤さん、森栖さんまでは分かりますがあと一人は?」

「神戸だ。犯人が復讐の鬼となっているなら、たとえ孫であっても許しはしないだろう。」

 日誌からもわかるが神戸の祖父は30年前に訪れていたと思われる、事件に関わっているのは確実だろう。

「わかりました、行きましょう。」


 管理人に渡されたリストを元に須藤、森栖、そして神戸の部屋を訪れたが、須藤と森栖は聞く耳を持たれなかった。

 神戸は一応こちらの話を聞いてはくれたものの「注意しろと言われてもだな探偵、この館で出来ることと言ったら部屋に鍵を掛けておくぐらいだぞ。お前達みたいに相部屋だったら見張りぐらいは出来るかもしれんがな」

 と返されてしまった、真っ当である。自分たちが彼らの部屋に門番するというのもリスクが大きい。

 信頼を得られているかどうかも微妙であり、もし犯人がそれすら越えてくるような神出鬼没の怪物であったら疑いをかけられるのは直前に近くにいたこちらである。

 真実に近づいたのに手足が出ない状況、このまま誰かが死ねば見殺しにしたのは自分達なのだと突きつけられてしまった。

 杏崎も唸りながらメモを何度も見返していた。

「これだけ分かっても犯人にたどり着けない…何かを見失っている…?」

 自分にできることも思いつかず、いつもと同じように食事を貰って彼の前に置いておいた。


 そのまま夜も更け、いつの間にか空が明るみを帯びてきた。

 ろくに寝ることも出来ず、気分も晴れない。

 少し外の空気を吸ってこようと部屋を出る、杏崎は未だ目の下にクマを作りながら考え続けていた。

 玄関を出て、銀色の地面に数歩踏み出す。

 目の前は城壁に覆われ、それ以上外を伺い知ることは出来ない。

 警察が来るにはあと3日、見えない復讐鬼の目的はおそらくそれと同時に達成されてしまうのだろう。

 また誰か亡くなっているかもしれない、自分たちが警告した事が彼らをより恐怖に陥れているような気がした。

 ふと、後ろから声がかかる。

「おい、辻島と言ったな?」

 それは森栖であった。彼は玄関からこちらに近づいてくる。

「お前達の会話を聞いていた。そしてキヨハリの事件の復讐という結論に至ったことも。」

 森栖はその時妙に焦っていたのを覚えている。

「キヨハリの復讐をやる人間には1人心当たりがある、そいつは―――」

 その時森栖の後ろ、と言うよりは上の方から、妙な音がした。

 そして音の正体は、私の目の前で森栖を真っ二つに切断した。真っ白だった景色の1部に、赤黒いものが混じり始めた。

「森栖…さん?」

 彼は言葉の続きを言うことなく、事切れた。


 ―――『第4の天使は、昼と夜の狭間を管理する』―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る