第9話 20××年12月16日・疑念:前

 管理人が持ってきた消火器によってようやく火が消し止められ、件の部屋に入れるようになる頃には、すっかり中は焦げてしまっていた。

 ベッドの上には辛うじて形を保っていた焼死体らしき物があった、三件目が起きてしまったのだ。

「管理人さん、この部屋は誰の部屋なんです?」

「この部屋は…坂口様の部屋になります。」

 またか、という言葉を飲み込む。もしこの中に本当の犯人がいたとしたら、こちらが坂口を犯人として目をつけていたことがバレるのは身に危険が及ぶ可能性があるかもしれないからだ。

 とりあえず杏崎を呼びに行かねば、と思っていると後ろから

「センセイ、慌てていたのはわかるが僕を起こないのはどうなんだい?」

 と声がかかる、振り返ると杏崎が眠そうに目を擦りながら立っていた。

「いやぁ…つい」

「とりあえず僕は部屋を調べるからセンセイは聞き込みを頼むよ。」

「ええ、わかりました。」

 部屋の外に出て、ひとまず全体に聞いてみる。

「最初に火事に気づいたのは?」

「俺だよ。隣の部屋だったからな。」

 名乗り出たのは横田だった。

「気づいたのは音ですか?それとも臭い?」

「臭いだな。焦げ臭いから外に出たら坂口のオッサンの部屋から煙が出てて、ドアの鍵が開いてたんだよ。」

「それでその後は?」

「慌てて近くの部屋に駆け込んだんだ、誰の部屋か確かめてなかったけど蘭堂で助かったな。間違って女性の部屋に駆け込んじまったらセクハラ1歩手前だぜ。」

 アスリートだからだろうか、そういう事は気にする気質であるようだ。

「それで色んな人が集まってきて…って感じですかね。」

「そうだな、慌てていてあんまり覚えてないがだいたいそんな感じだ。」

 嘘をつけばすぐ表情に出そうな横田の事だ、信用して良さそうだ。

「もう1つ、火事に気づく前に何か変な物音があったりは?」

「分からないな、何しろ臭いで起きたようなもんだしな。」

 他の人たちにも聞いてみるが、返答は似たようなものだった。まるで幽霊が火をつけたのか、と思える。

 自分たちが怪しいと目をつけた人物が手にかかっていることで、私は盤面が見えなくなってきていたのだった。


 杏崎の元に戻ると、彼は焼け残っていた四角い物体を漁っていた。

 おそらく坂口氏の死体である物体は運び出されていた、地下の倉庫に運ばれたのだろう。

「なんです、それ?」

「多分坂口氏のカバンだった物だね、何か無いかなと思って。」

「夢野さんの例を考えると何かが残っている気はしないですが…」

「まぁそうだね、どうやら彼の所持物を隠滅する為に焼死させた可能性はある。ただ──」

「ただ?」

「僕はようやく気づいたんだよ、この犯人が何を元に殺しているのか。」

 そう言う杏崎の表情は悔しそうにしていた。

「彼らの殺され方は、あの7体の天使の名に基づいてる。」

 7体の天使とは、来島初日に夢野から説明を受けたあの天使だ。

 第1の天使・砲天使、祝砲を上げる役割を持つ。

 百津川教授は散弾銃で撃ち抜かれて殺された。

 第2の天使・氷天使、人々を目覚めさせる役割を持つ。

 ガイドの夢野は氷のように冷たくなっていた。

 第3の天使・炎天使、暖かさをもたらす。太陽の化身ともされる。

 坂口氏は焼死させられた。

 杏崎の説明から当時の自分は点と点が繋がった感覚に、非常に何か気持ちのいいと言えば少し変だが、そういった感覚を得たのだった。

「つまりその法則があてはまるとすると、犯人が狙っているのはあと4人となりますね。」

「その通りだセンセイ、だから目的を果たされる前に急いで犯人を特定する必要がある。」

 そう言って杏崎は鞄の残骸をもう一度漁ったが、めぼしい物は得られなかったらしい。

「やっぱり彼は共犯だったのかもね、部屋は全体的に焦げてはいるけど、荷物と死体だけは重点的に燃やされているようにみえる。」

「私たちを妨害しているのか、それとも予定通りなのかが気になりますね。」

「さぁね、幽霊が犯人なら聞かれているかもしれないから前者だろうね。」

 犯人1件目以来跡や姿を残していないので幽霊が犯人だったと言われても信用してしまうかもしれない。

「どうします?昨夜の予定通りに白烏大臣に話を?」

「うん、日報を突きつけて吐かせるつもりだよ。」

 そう言う杏崎はギラギラとやる気に満ち溢れた目をしていた。


 とはいえ我々は白烏氏がどの部屋にいるかを知らない為、一度管理人の元へ向かい聞き出す必要があった。

 1階の管理人室の戸を叩くと、少しして管理人の夫の方が出てきた。しかしながら随分とやつれてきていた。

「どうされましたかな?食事がご入用ですかな?」

「いや、それは後で大丈夫だよ。」

「ではご要件はなんでしょう?」

「白烏氏の部屋を教えてくれ。理由は少し言えない。」

「はぁ…」

 管理人は怪訝そうな顔を一瞬したが、すぐに客のリストの写しを持ってきてくれた。

「ありがとう、助かるよ。」

 そのリストと持っていた地図を照らし合わせると、杏崎は早歩きで2階に戻っていく。

 自らも遅れまいと追従する、彼がどこか突っ走り気味なので場合によってはストップをかける必要がある気がしたからだ。


 部屋の前にたどり着き、杏崎はそれなりの強さでノックをする。

 ドアが開き、白烏氏が顔を覗かせる。その扉を力強く掴んで杏崎が詰め寄る。

「白烏元大臣、少々お話を伺いたい。30年前の8月についてだ。」

 ドスの効いた声で詰め寄られ、白烏氏が後ずさる。

 それをチャンスと捉え、部屋に入り込む杏崎に続いて自分も滑り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る