第8話 20××年12月15日昼〜夜・屋敷に聞く。後
「へぇ…トイレの便器に妙な傷跡か…」
「ええ、正直手がかりになるかも分かりませんが…」
「細かい違和感も何かの鍵になる事はあるさ、消される前で良かったよ。」
杏崎は自分の書いたメモを読みながら値踏みするように情報を整理していた。
「あとはこの日報か、1年分の情報から探すのは骨が折れそうだね。」
「30年前の事件がいつ起きたかについては分からないんです?」
「その辺は僕もさっぱりだ。何しろ関係者らしき人達は口を閉ざしているからね。」
少々苦笑気味な表情をしながらパラパラと日誌を捲っていた。
「杏崎君の方ではなにか見つけたんです?」
「僕の方は大した収穫は無かったんだ。二分の一でハズレを引いたらしい。」
そういう杏崎は少々ムスッとしていた、飄々としてる彼にしては珍しく少し子供らしい表情をしている。
「ところでこの部屋では何か見つけたりは…」
「いや、この部屋でも大したものは見つかってない。せいぜい放置されてる凶器しか無いよ。」
杏崎が示した方向には教授の殺害に使われた例のショットガンが置かれたままになっていた。
「型番はM1897、連発式ショットガンの代名詞だ。誰が持ち込んだんだろうか…まぁ経緯を知る人間なんてとっくに居なくなってるだろうね。」
「部品の感じはそこまで古くなさそうですけどねぇ、手入れが行き届いてたりするのかな。」
「1957年まで製造されてた銃だ、あまり年代なんてものは気にしない方がいいだろう。」
引き金に触れないよう持ってみるが、見た目より以外に重い。ショットガンや銃を軽々とふりまわす映画を幾つか見たが、スクリーンの中の人物のようには出来そうにもない。
しばらく観察してから、銃を元の場所に立て掛ける。まさか本物の銃を持つ機会があるとは思わず、夢中になってしまった。
「それにしても不思議ですね、犯人はなぜ教授を自殺に見せ掛けようとしたんでしょう?」
「思いつく理由は2つある。単純に自分の存在に気づかせたくないか、わざわざ自殺に見せることに何かしらのメッセージ性を持たせているか。」
「気づかせたくないのなら迂闊に足跡を残したりはしないでしょうし、後者のように思えますが…」
「そのメッセージが分からない、って所だね。つまるところ30年前が分からなければ何も分かりやしないってことだ。」
「堂々巡りになってきましたねぇ。」
「やれる事をやってみるしかない、大広間に行ってみよう、あそこは新聞があったはずだ。」
砲天使の間から廊下を大きく回り、玄関側にある大広間の入口に着く。
部屋に入ると、暖炉がついていないせいか少し肌寒い。
杏崎はさっそく新聞があった戸棚を開けて漁り始めていた。
「高度経済成長期の新聞の束があったのがここだ、だからおそらく…」
杏崎は上の方の棚から新聞を取ろうと背伸びをする、しかし届かないようで次はジャンプを試みる。が、駄目なようでへたりこんでしまった。
「センセイ、恥を忍んで言おう、取ってくれ。」
「お易い御用ですよ。どれを取れば良いんです?」
「右から4番目の束を頼む。」
指示された通りに新聞紙の束を取って手渡す。
「全く己の背丈が憎い…」
杏崎は次々に新聞を開いては紙面を次々と流し読んでいく、自分も手伝おうとしたが三十路の速読力では明らかに効率が悪い。自分が2部読み終わる間に杏崎は8部読み終わっている。これが若さか…と一瞬思ったのだった。
そんなことを思っていると不意に杏崎が「あった!」と声を上げた。
「見つかったんですか?」
「これを見てくれセンセイ、大当たりだぞ。」
大きく広げられた新聞の社会面、その隅にポツリとあった小さい見出しにこう書かれていた。
『天使邸、事故発生により閉鎖。』
さらに内容が数行と簡素に書かれていた 。
『8月14日未明に発生した事故により、●●県●●村●●島の天使邸が閉鎖される事が決定した。天使邸の管理人によると、「今後10年以上は観光客の出入りは厳しい」とされ、人気の観光地だけあって多くの惜しむ声が上がっている。』
「事故、と称されてますが…どうもきな臭いですね。」
「新聞にしては書き方が乱雑だし詳細を欠いている、何かを隠そうとしてるのは間違いないね。」
杏崎は新聞を移してから閉じ、日報を再び開く。
「さて、破り取られてないと良いんだが…」
パラパラとめくっていくうちに、だんだんと日付が8月に近づいていく。
そしてついに件のページにたどり着いた。
そのページは日報の他のページの淡々と出来事を綴った文とは違い、独白文に近い文章だった。
8■年/8月/14日
天網恢恢疎にして漏らさずとは言うが、こんな突然に暴かれてしまうとは思わなかった。
今すぐに館を封鎖せねばならない、表沙汰になってはならない。
関わってしまった我々全員が死に、墓に全てをしまい込まねばこの館を再び開けることはできない。
しかし今ここで死ぬことも許されない、誰かが罪を掘り返さぬように私が番をしなければ。
彼らがあとは口に戸を立ててくれることを願うばかりだ。
「相当に焦っているね、字体も文体も他と違って異様だ。」
「前のページに遡ってみましょうか。何かあるかもしれませんし。」
8■年/8月/13日
今日は大広間を使って1人の学者が講義をしていた。
この館に関する研究についての講義らしいが、随分と物好きな客もいるものだ。
本日の来客
百津川様
須藤様
神戸様
「学者…か。」
「清張さんはもしかしたらこの人かもしれませんね?」
「さらに遡ってみよう。」
8■年/8月/12日
今日は私の親戚と3人の客が来た、しかしながら一人は予約なしの客だったものだから困った。学者だか知らないが部屋が空いていたことに感謝すべきだろう。
本日の来客
■■■
白烏様
■■■
不動様一行
何故か4名のうち、2名の名前が塗りつぶされている。
「杏崎君、これは…」
「これのどっちかが清張だろうね。」
「日報が破り取られていたり焼却されていなかったので安心していましたが…塗りつぶされているとは。」
「まぁ十分だ、これで白烏元大臣を問い詰められるしね。」
杏崎は鬼の首を取ったように笑みを浮かべていた。
ふと時刻を見ると7時を回っており、それに気づくと同時に腹が鳴った。
「おや、もうそんな時間になったか。没頭しすぎたかもな。」
「はははお恥ずかしい…」
杏崎は手を打ち合わせて埃を払ってから立ち上がる。
「食事をもらって休息しようかセンセイ、とりあえず新聞の片付けと食事を頼むよ。僕は先に部屋に戻る。」
「わかりました、杏崎君もお疲れ様です。」
杏崎は生返事を返してから部屋から出て言った。
自分も手早く新聞を片付け、管理人室に寄る。
「すみません、また食事を…」
と言いかけると、ホットサンドを包んだものを持って不動夫妻の夫の方が出てきた。
「そろそろ訪れになるかと思っていましたよ。」
「どうもありがとうございます、何度もすみません。」
「いえいえ、不祥事の解決に尽力していただいてる分へのお礼です故、お気になさらず。」
食事を受け取って部屋に戻ると、杏崎が暖炉をつけていた。
すっかり部屋を離れていた為に冷え込んでいた。
「おかえりセンセイ、食事はなんだった?」
「ホットサンドですよ、まだ温かいので出来たてだと思います。」
「そりゃありがたいや。」
2人でホットサンドを瞬く間に平らげた、結構な量があるように思えたのだが疲れていたのかペロリと食べれてしまった。
「さて、明日は白烏大臣をとっ捕まえるところから始めなきゃね。ゆっくり休もうか。」
そう言うと杏崎はソファーの上でミノムシの様になって寝てしまった。慣れてきたが珍妙なことには変わりがないので笑いそうになる。
自分もベッドに寝転がって色々と考えている内に夢の中へ沈んで行った。
ふと起きると焦げ臭い臭いと騒ぐ声が聞こえた。嫌な予感が頭を駆け抜ける。
急いで着替えてから廊下に出ると、ある1部屋から黒煙が上がっていた。
「水!水!」
「消火器は無いのか!?」
何人かは何も出来ず騒ぎ立て、いくつかの人は必死にバケツで1回から水を運んでいる。
人々の隙間から見えた部屋の中は、炎に包まれていた。
───『第三の天使は、その火で人々に暖かさをもたらす』────
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