第7話 20××年12月15日昼・屋敷に聞く。前
管理人室に着きノックをすると、10秒程して管理人の夫の方が出てきた。
「どうされましたかな?」
「管理人さんにマスターキーを借りたいと杏崎君に頼まれまして。迷惑でなければお借りしても?」
「構いませんよ、満足するまでお使いください。」
そういうとくすんだ銀色の鍵を2つ手渡してくれた。やけにあっさり貸してくれるものだ。
「どうもすいません…ああ、あと簡易的でいいので食料も貰えませんか?」
管理人夫は少々お待ちくださいと言って奥に引っ込むと、数十秒して何かが入ったジップロックの箱を持ってきてくれた。
「サンドイッチですが、昨夜とは具を変えてあります。状況が状況です故これぐらいしか用意できずすみません。」
「杏崎君なら十分喜ぶと思いますよ、ありがとうございます。」
サンドイッチを持ってまた久野の寝室だった部屋に戻る。杏崎は暇を持て余していたようで部屋の中の物を漁っていた。
「遅かったねセンセイ。」
「杏崎君、いくら亡くなった方とはいえあまりにも無遠慮すぎやしませんか?」
「彼女は僕の推察なら犯人の協力者だったからね、なにか残ってないか探すのは当然だろう。」
「まぁそうなのかもしれませんがねェ…何か見つかったんです?」
「ダメだね、収穫無しだ。彼女を殺した際に処分したのかも。」
やれやれとため息を吐く杏崎に鍵とサンドイッチを2つ手渡す。受け取った杏崎はラップを取って早速食べ始めた。
「今日はたまごサンドか、サンドイッチじゃ2番目に好きだ。」
「1番目は何が好きなんです?」
「フルーツサンドだね。あれに勝るものは無い。」
指に着いたたまごを舐めながら杏崎は答える。余程美味しかったらしく心做しか口角が上がっているように見える。
「甘いものが好きなんです?」
「元は辛党だったんだけどね、地元で美味い店に出会ってからすっかり甘党になってしまった。」
「へぇ、そのお店は気になりますね。」
「この島から無事に帰れたら紹介するよ。」
食べ終わったらしく杏崎はラップを纏めてこちらに手渡してきたのでそれをジップロックの箱に入れる。
「さて、探索を始めようか。1階をやろう。」
「手分けしますか?それとも同じ部屋を?」
「さすがに部屋が多い、二手に別れよう。僕が東側でセンセイは西側の部屋を頼むよ。砲天使の間で再集合だ。」
改めて館内図を開く、西側の部屋は1日目に坂口がいた化粧室を含め6部屋ある。
「大広間はいいんです?」
「そこは広いから2人がかりでやろうと思ってね。」
「そういう事ですか、わかりました。」
「よし、始めよう。」
階段を下ってから杏崎は管理人室の隣である炎天使の間へ入っていった。
自分は今朝も訪れた化粧室へと入っていった。
ここからは5時間近くになる探索になるのだが、いちいち調べた時の様子を語っていると間延びしてしまいそうなので、何も無かった部分については簡潔な記述のみにとどまらせて頂こう。
化粧室になにかあるのだろうか、と私は半信半疑になりながらあちこちを観察してみる。少なくとも自分だけしかここにはいない為好き勝手に捜索できる。
掃除が行き届いており、便器ひとつからして鏡面の如く磨かれていた。
もし何かがあってももう管理人によって捨てられているのではないだろうか、と思いながらあちこちを観察するとある一点が気にかかった。
便器のひとつに、比較的新しく見える傷がついていたのだ。金属製の何かが掠ったような…そんな傷があった。
それ以外に気にかかる点はなく、ここで得られたのはそれだけであった。
次は南南西の方にある夜天使の間に入る、この部屋はエリナ、イーサン、そして不動妻がいた部屋だ。
内装は暗めになっており少々不気味に感じる、天井を見ると星座表のような模様が刻まれていた。
気になる点はこの部屋には窓がないという点だ。暗さを保つためなのだろうか、壁1枚隔てた外に何が通っても誰もそれに気づくことは出来ない。もし逃げた犯人がこの部屋の前を通ったとしたら、犯人が屋敷の内部に入り込んでいたとしても気づけないだろう。
そのまま南西の月天使の間に入る、ここは須藤と神戸がいた部屋だ。ここは夜天使の間と対照的に少々明るめの内装をしている。
気になるものは特になく、部屋にあるのは月に関する装飾品ばかりだった。
次の西側の部屋に行く前にその途中の廊下の窓を見てみた。須藤はこの窓の外に人影らしき物を見たと言う、ここから見えるのは白銀の雪景色と外壁で、その外壁と自分がいる位置はまぁまぁ離れているように思える。何かが動いていたら確かに気づくかもしれないが、なぜ神戸は気づかなかったのだろうか?
そんなことを考えながら西の部屋、部屋名は不明の部屋に入る。ここは資料室のような部屋と思われる内装をしている。杏崎が求めるような情報はもしかしたらここにあるのかもしれないと思い、本棚を覗き込んでみる。
本棚には似たような装丁の本がずらっと並んでいる。背表紙にはかろうじて「日報」の文字を確認できる。これは大当たりだ。そう思い、年代を特定できないかと適当なものをとって捲ってみる。
「これは…40年前か?」
先代の管理者のくせであろうか、年号の欄には西暦の下2桁のみを書いている。
適当に開いたページにはこう書かれていた。
7■年/7月/■日
夏休みの時期になったからだろうか、子供の客が増えてきた。提供する料理の献立を調整する必要があるだろう。
本日の来客
坂口様御一家
神戸様
和藤様御一家
最後のページはちょうど40年前の12月31日になっていた為、そこから10個隣の日報を手に取る。
1ページ目が30年前のものとなっていた。
「これならもしかして…」
パラパラと捲っていくが、30年前の出来事がいつ起きた事か知らない為、該当の部分を見つけられそうにない。
ゆっくり読んでいると杏崎を待たせてしまうかもしれないので、こっそり拝借する事にした。
他に資料らしきものがないか調べると、隅の方に「天使邸の天使信仰研究」「天使邸の遺物」という本があった。ついでにとそれも持っていく事にした。
資料を抱えながら急ぎ足で夢天使の間に入る。ここは横田がいた部屋で、第1の殺人が起きた砲天使の間にかなり近い部屋だ。
この部屋も夜天使程では無いが暗く窓がない、しかし暗すぎず、ちょうどいい程度のライトが着いており、眠るにはちょうどいい部屋だと感じる。
夜天使の間でも思ったが、犯人は西側へ逃げていったものの、須藤以外にその動きが見られていない、というより見ることが出来ない様に計算されているように感じる。
もしこの部屋に窓があったなら犯人の顔、もしくは容姿程度は見ることができただろうに。
それ以外に気になる点はなく、夢天使の間を後にした。
砲天使の間に入る前に時間を確認すると既に4時間が経過していた。さすがに疲れてきたが、ここでヘタレていてはまた醜態を晒す羽目になってしまうので気合いを入れ直し、部屋に入った。
部屋に入ると杏崎が既に居て何やら床を調べていた。
「やぁセンセイ、待ってたよ。」
ドアの音で察したのか背中を向けたまま杏崎が言う。
「は、早いんですね杏崎君…」
「待ったと言っても僕が来て20分ぐらいだ。とりあえず情報交換から始めよう。」
そうして互いにメモや資料を広げた。
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