第5話 20××年12月14日夜・束の間の休息、そして
管理人室に行き食事の催促をすると、パンにベーコンやキャベツなどの物を挟んだサンドイッチを渡された。
「作り置きになってしまい申し訳ありません。」
「あるだけありがたいよ。」
「お飲み物としてこちらもお使いください。」
小型のウォータージャグを手渡された。
「ありがとう、ところで死体はどこに?」
「地下室の倉庫に移しました。あそこに置いておく訳にも行きませんので…」
「凶器のショットガンは?」
「砲天使の間に置いたままです。」
「そうか、ありがとう。」
そのままウォータージャグとサンドイッチをもって部屋に戻る。
「さすがに疲れましたねぇ。」
「まだ初日だと言うのに随分と災難だ。さすがの僕も参った。」
「これから似たような事が続くんですかね?」
「さぁね、僕は未来予知なんてできっこないからわからないな。」
「続かないことだけを祈っておきましょうか…」
サンドイッチを頬張る、冷めてはいたがベーコンの香ばしさが口に伝わってくる。
一方、杏崎は暖炉の火に近づけて炙ってから食べていた。
「まだあまり考察もできそうにないし、何か別のことでも話そうと思ったんだが……なにか話題とかあるかいセンセイ?」
「そうですねぇ、じゃあ杏崎君の教授についてもう少し話を聞きたいんですが。」
「あの偏屈教授に興味が湧いたのか、まぁいいよ。」
そう言うとお茶を1杯飲んでから話し始めた。
「うちの教授、名前は
「やはり相当すごい人なんですねぇ…」
「いや、うちの教授の良いところなんてそこと講義が面白いぐらいで全部だ。8割は悪い所しかない。」
杏崎の語り口の雲行きがだんだん怪しくなっていく。
「8割も」
「館に入る前に言った写生絶対主義から始まって、突如予定にない休講が何度も挟まれたりする、累計すれば半年分になる年もあるとか。先輩の中には提出した論文の評価をギリギリまで忘れられていたせいで卒業が危うくなりかけたりしたりとか…」
傍若無人と言うべきか、偏屈を煮詰めたような人間である事が伺える。
「僕がこの島に来たのも教授から譲り受けたと言ったけど、実際は押し付けられたというのが正しくてね。」
「押し付けられた?」
「そう、出発の3日前に急にね。それまで教授は自慢してたから旅行の存在は知ってたんだけど、3日前になって「ちょっと南の方に行きたくなった。杏崎、私の代わりに行ってまとめてきてくれ。」と言って押し付けられたんだ。次の日には居なくなってたから断る事もできなくなってね。」
「なんというか…災難ですね」
「3年にもなったし多少は慣れたよ。」
笑い声が乾いていた、諦めも入ってるのだろう。
「それでも教えを受けるほどにはいい教授なんですね。」
「そうだね、僕にあらゆるノウハウを叩き込んでくれた良い師匠だよ。」
師匠と呼ぶほどに懇意なのかとこの時の私はそう単純に思った。
後に杏崎の原点を聞くことになった時、この言葉にどれほどの重みがあるかを理解する事になるのだがそれはこの物語には関係の無いことなので置いておく。
「センセイも譲り受けたとは言っていたけどどういう経緯で?」
「大したことじゃあないですよ、ただ小説の題材でも求めて旅行しようと思っただけだったんです…まぁ出不精にいきなり旅行なんて右も左も分からないものですから、担当の夏山サンに泣きついたんです。」
「それでその夏山氏に譲ってもらった、って事か。」
「ええ、夏山サンが仕事で都合が悪くなったみたいで。」
「うちの教授もその夏山氏も幸運だね、こんな状況下に置かれることにならなかったんだから。」
相部屋の状況も含めてもし夏山氏がここにいたら胃が爆発していたのではなかろうか、再発した胃潰瘍が最近治ったばかりだと言っていたのを思い出したので心配になった。
「まぁあの教授なら探偵ばりに動き出しそうなものだが…」
「ハハハ…師弟揃って似た者ですね、話に聞いただけの私が言うのもなんですが。」
「似た者か、偏屈教授になるのはちょっとなぁ…」
そんな談話をしているうちに互いに眠くなり、自然と眠ってしまった。
寒さで目を覚ますとすっかり朝であった、すっかり暖炉の火が消えてしまっていたので杏崎の見よう見まねで火をつけて温める。
杏崎はと言うとソファーで船の時のようにミノムシ状になって爆睡していた。一体寝てる時にどうなっているのか気になるものだ。
ウォータージャグに入っているお茶を飲んでから顔を洗おうと1階の洗面所に向かう、古い屋敷なせいか廊下は地味に寒く震えながら下にたどり着く。
もちろんながら水道の水も冷たい、通っているだけありがたいと思うべきなのだろうがこれはあまりにも辛い。
顔を洗い電動シェーバーで髭を剃る。音が響くのが恥ずかしいが、不器用故にT字カミソリは怖くて使えないのだ。
少々時間がかかったが髭を剃り終え、シェーバーに溜まった毛を洗い流してから部屋に戻ろうと洗面所から出た。
その数秒後、2階から絹をさくような叫び声が響き渡った。
尋常ではない事態を察し、大急ぎで階段を上がると、ⅩⅢの部屋の前に人が集まっていた。そこは久野の部屋であった。
「な、何があったんです!?」
人を掻き分けて中に入る。そこにあったのは、血を失ったように真っ白になって冷たくなっている久野であった。
───『第2の天使は、その冷気によって朝を伝えた。』───
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます