第4話 20××年12月14日・第1の取り調べ 後
8,9人目:管理人夫妻
「ご老体に無理をさせるようで申し訳ないね。」
部屋に入ってきた夫婦に杏崎はそう声をかけた。
「お気になさらず。これも必要な事でしょう。」
「快い協力に感謝するよ。貴方達に聞きたいのは2つ、ただ他とは違う質問だ。」
「違う?」
「貴方達は少なくとも僕達よりは長くこの島にいるだろう?」
「ええ、先代から引き継いでかれこれ20年ほどになります。」
「だからどう言った経緯でこの館の管理をすることになったのか、そして先代の管理者について聞きたい。出来れば島の歴史に関しても少々。」
「歴史に関してはあまり知っていることは少ないのですが…」
「それでいいんだ。」
杏崎の言葉に不動夫は頷き、次のように語り出す。
「50年ほど前のことになりますが、当時の管理者は妻の親戚でした。」
「私にとっては叔父にあたります。」
「その管理者の名前は?」
「
「彼が管理している間に彼に会ったりは?」
「気まぐれに招待状が送られてきましたので数回ほど。」
「当時はもうちょっとこの島も賑やかだったと聞くが、それは本当かい?」
「ええ、人の声の絶えない場所でした。」
今の冷たい外観からは想像ができない光景だ。
「管理を任されたのは彼の遺言で?」
「ええ、亡くなったという知らせと遺言書とともに島の地図、館内の地図に権利書諸々が送られてきました。」
「彼の葬儀に立ち会った訳では無いんだね?」
「厳密には違うのです。遺言には『葬儀などはいらない、あの島に私の小さな墓標を建ててくれれば充分だ。』とだけありまして。」
「その墓標はどこに?」
「波止場から少し東に向かえば小さな石の十字架がお見えになります。」
「なるほど…では次の歴史に関しての質問だ。」
「はい、一体いつの歴史を?」
「30年前の事について聞きたい。」
その言葉を聞いた瞬間、夫妻の表情が固まる。
「この事件にはまだ分からないことが多すぎる。でも1つ、この事件に何か関わっている可能性があるのはこの島が封じられた30年前だ。」
夫妻は何も言わない。
「だから、聞きたい。30年前に何があったのか。」
「…言いかねます」
「どうしても?」
「どうしてもです。」
まるで言うことを恐れているように感じる。先程までの何かを隠してる人達と同じように、これ以上はてこでも動かなさそうだ。
「わかった、ここは引きさがろう。質問は以上だ。」
夫妻は無言で部屋から出ていった。
「30年前がやはりキーみたいですねぇ…」
「何か言うと非常に不都合な事実を抱え持っているらしい。白烏、坂口、神戸の祖父に不動夫妻、そして…」
「おそらく百津川教授も。ってことでしょうか。」
「そういうことだ、センセイ。もし第2の被害者が出たら彼らは警戒する必要がある。」
きな臭くなってきたなぁ、と思いながら、次の人を呼び出した。
10人目:ギネス記録保持者アスリート
部屋に入ってきた彼は先程の突っかかりっぷりはどこへ行ったのかと思えるほどよそよそしく、そして意気消沈していた。
「先程の元気はどうしたんだい横田クン。まぁ座りなよ。」
明らかに杏崎の声色はからかい気味である、怒らせないで欲しいとヒヤヒヤしながら彼の様子を伺う。
「いや、別に今更恐ろしくなったとかではなくてよ……そりゃあ初めて死体なんて見たんだしビビったってしょうがねえだろ?」
「まぁそうだね、実際僕も驚いた。」
「驚いてる奴は平然と驚いたなんて言わねぇよ。」
「態度だけで判断しちゃあいけないよ、相手のコンディション分析の時に君は相手の態度だけで判断するのかい?」
「それは違うけどよ…」
言い負かされて唸っている横田を見て杏崎は目元で笑っていた。からかいがいのあるおもちゃを見つけた目をしている。
「まぁいいや、さっさと質問を始めよう。君に聞きたいのは2つ。」
「銃声が鳴った時どこにいたかと島に来た経緯だろ?」
杏崎の言葉を遮って横田が口を挟んだ。質問内容をなぜ知っているのだろうか?
「話が早い、聞こえてたのかな?」
「耳はいい方だ、ただまぁこの館の壁が少し薄いのもあるけどな。」
「へぇ、聞き耳立ててたってことかい?」
「そりゃあ気になるだろうが。んで銃声がなった時だよな?」
「そうだ、どこにいたかだ。」
「俺がいたのは西北西、夢天使の間だ。他には誰もいなかった。」
真北の砲天使の間には近い方だ、早い順に着いたのは納得だと言えるだろう。
「君は2番目にたどり着いたそうだね?」
「ああ、白烏って言ったか?あのオッサンが必死に開けようとしてたから手を貸したんだ。」
「だからといって無理やりドアノブを捻ろうとするのはいささか脳筋すぎるとは思うけど。」
「慌ててたんだからしょうがねえだろ?!」
「それは…そうか。それじゃ次の質問だ。」
「島に来た経緯だっけ?多分他と変わんねぇぞ。」
「君も手紙がいきなり届いたってことであってるかな?」
「そういうことだな、なんで送られてきたのかもさっぱりだ。」
「この島に何らかの縁もないんだね?」
「全くないね。」
「そうか、なら質問は終わりだ。出ていいよ。」
あっさりと退室を告げられた横田は「さっさと捕まえろよ!」と言って出ていった。
「彼は単純だね、もしもの時は利用するのもいいかな。」
「あまりいじるのもやめてあげてくださいよ?」
「わかったよ。」
少々不満そうにしながら杏崎は次の人を呼び出した
11人目: 近代美術の大家 アル・
部屋に入ってきた彼は、乗船時の身なりの良い格好なんてどこへ行ったのか全くの奇抜なものへと変わっていた。
ボサボサになった髪、おそらく絵の具で汚れた服、目線もどこか別方向を見ているように見える。
「手早く終わらしてくれ、まだ作品への熱が残ってるうちに描き終えたい。」
「貴方がしっかり答えてくれればすぐに終わる話だ。」
「質問内容をさっさと言え、この時間も惜しい。」
「銃声がなった時どこにいたのか、どのような経緯でこの島に来たのか、大きい質問はこの2つだ。」
「銃声か…そう、銃声がなった時…その時は確か…」
頭を掻き回しながら森栖は言葉を紡ぐ。
「そうだ、銃声がなった時私は自室にいた。作品を描く為にな。」
「つまり唯一2階に居たと?」
「そうだ。私の部屋以外に人がいたのなら知らないがな。」
そういえば彼は今まで他の人々から目撃情報がなかった、だとすれば納得かもしれない。
「その割には駆けつけるのが早かった様だが?」
「それはそうだ、例の…そう砲天使の間は私の部屋の真下なのだ。真下で轟音がなって駆けつけない人はおらぬはずだ、殺人犯その人でもなければな。」
部屋の真下で轟音が聞こえたら確かに駆けつけずにはいられないだろう。
「それはそうか…では次の質問に答えてくれ。」
「島に来た経緯か、ある日私宛に招待状が届いてな。」
「手紙が届くような心当たりはあるかい?」
「あるな。」
「どういった心当たりがあるのか教えて貰ってもいいかな?」
「私は何度かこの島に訪れていたからな、封鎖される前の事だが。」
以前に訪れた事があると聞き、ここぞとばかりに杏崎は突き詰めた質問をする。
「30年前には?」
その質問をした瞬間、今までこちらを見ていなかった森栖の2つの目がこちらを向き、杏崎を凝視した。
「30年前、30年前か。」
森栖は今にも裂けるのではないかと言うほど口を歪ませて、そしてたどたどしく言葉を紡いだ。
「アイツが、アイツが悪かっただけだ。俺は、俺たちは知らない。知らない。」
そのまま立ち上がると、部屋から出ていこうとする。
「アイツとは誰だ?」
「知らん、知らない。」
杏崎が問い詰めるが、森栖は首を振って知らないを連呼するだけだった。引き留めようと肩を掴むがものすごい力で振り払われる。
「答えろ!アイツとは誰だ!」
立ち上がり声を荒げてもう一度杏崎が問う。
「キヨハリ。」
それだけを言うと、森栖は部屋を出ていってしまった。
「キヨハリ…?参加者にそういった名前の人は居ないですねぇ。」
「そうだね、全く聞いたことが無い。」
「では一体誰の…?」
「後3人に聞いてから考えてみよう、一段落させてからでも遅くないはずだ。」
椅子に座り直すと杏崎は次の人間を呼び出した。
12人目:英国王室関係者 ジョセフ・T 65歳
部屋に現れたその男の気配に自分は気圧されてしまった。気配自体が突き刺すような何かを放っており、彼の右目を覆う黒皮の眼帯は年季の入った鬼瓦の如く彼の威厳を示していた。杖をつく姿でさえ歴戦の剣客を彷彿とさせる。
「日本語で大丈夫かな?」
「問題ない、続けてくれ。」
「あなたに聞きたいのは2つ。銃声が聞こえた時どこにいたか、そしてこの島に来た経緯だ。」
「私がいたのは南南東、間天使の間と呼ばれる部屋だ。同行者は管理人の夫の方だ。」
「現場に訪れるのは遅かった様だが、やはり足が悪いのかい?」
「ああ、警護の仕事の一件で足を悪くしてな。昔より随分と動けなくなった。」
ジョセフ・Tについてはどこかで名前を聞いた事があったので、自分も質問をする。
「もしかして…その右足の傷はあの事件の?」
「そうだ、海外視察中に武装集団に襲われかけたあの事件だ。」
「何か知ってるのかセンセイ?」
「今から20年程前の事件ですよ。ヨーロッパ各地を視察中、伊国で女王が暗殺されかけたんです。」
「私は全員を撃退し女王を守ったのだ。片足は悪くしたがな。」
「へぇ、随分と強いらしい。」
「脚を悪くした老いぼれを高く買いすぎだ。」
ジョセフは首を振って否定する。照れ隠しなのかそうでないのかは分からないが口角は少し上がっていたように感じた。
「しかしだ。ツジシマと言ったかな?よく右足が負傷した箇所だとわかったな。」
「足の動きが微妙に右足が遅れ気味だったので…」
「負傷箇所に関しては公表したことが無い、そこを弱点として狙われるのを防ぐ為にだ。歩き方も随分と工夫しているつもりだったが見抜くとはな、貴殿は随分と人を見る目に優れているようだ。」
「そこまででも…」
褒められるとは思わなかったので照れくさくなってしまった。
「謙遜する割には嬉しそうだねぇセンセイ?」
「ハハハ…」
杏崎がからかい気味に言葉でつついてくるのが少々痛かった。
「まぁいいや、次の質問に移ろう。」
「島に来た経緯だったな。王室宛てに届いたこの手紙だ。」
「王室宛?貴方個人ではなく?」
「王室の都合のつく人間を招こうとする目的だったようだ。私の労いも込めて今回は私が行くことになった。」
「じゃあ王室にこの島に縁がある人間はいないと?」
「かれこれ40年仕えているが、聞いたことが無いな。」
「そうか…質問は以上だ。ありがとう。」
それを聞くとジョセフは立ち上がり部屋を出ようとしたが、ふと立ち止まってこちらを向き。
「貴殿らの活躍を楽しみにしておこう、これは本心からの言葉だ。」
と言ってから部屋を出ていった。
「随分と重い期待を乗せてくれたなぁ…」
「私のせいですかね、すいません。」
「センセイは役目を遂行しただけに過ぎないよ、気にする事はない。」
「ハハハ…どうも。」
「残り2人だ、気を引き締めていこう。」
そう言って杏崎は次の人を呼び出した。
13人目:新興宗教教祖
宗教の教祖だと聞いていたため、悪い先入観ではあるが少々警戒していた。 しかし部屋に入ってきた彼は、森栖に比べれば存外普通に見えた。
「随分とお待たせしてしまったね、申し訳ない。」
「いえいえ、たったお二人で行っているのですから限界もあるでしょう。お気になさらず。」
「お気遣いに感謝するよ。それじゃあ質問を始めよう、あなたに聞きたいのは2つ─」
もはや恒例となった文句を繰り返す、言い方は多少変われどよくもまぁ噛まないものだ。
「あと1つある。あなたが我々のいた場所に駆けつけた時、同行者の神戸君があなたが何かを見つけたような言動をしていたのを聞いていた。それについての詳細を聞きたい。」
「ふむ、では1つずつ答えていきましょう。まず居たのは神戸さんと同じ月天使の間、それ以外には言うこともありません。」
「そうだね、別段神戸君の証言で十分行動は把握出来てる。」
「次に島に来た経緯でしたね、おそらくそれは他の方と同じかと思われるのですが……」
「ある日招待状が送られてきた、と。」
「そういうことです。」
「島に何かしら縁とかは?」
「2度ほど来たことがあるぐらいかと。」
「それは何年前か教えて貰っても?」
須藤は黙り込む。
「まさかだが、30年前か?」
「…」
「キヨハリという名前に聞き覚えはあるか?」
「…言えませんね、それは。」
やはり彼も隠したがっている。一体何を腹に抱えているんだろうか。
「まぁいいさ、3つ目の質問に答えてくれ。」
「何を見たか、でしたかね?」
返答の代わりに杏崎は頷く。
「別に対したものでは無いのですが、たった一瞬でしたが西側のから見える景色に黒い人影が見えたような気がしましてね。」
「その人影が何をしていたかまでは?」
「一瞬だったのでとても。」
須藤は首を振って答えた。
「まァ急いで向かった様だししょうがないか。ありがとう、質問は以上だ。」
終了を告げられると須藤はそそくさと退室した。
「やはり30年前か…」
「どうにもブラックボックスですね、鬼が出るか蛇が出るか。」
「今は考えるには情報が少ない、取り調べを終えてからにするとしようか。」
そして杏崎は最後の人を呼び出した。
14人目: ツアーガイド
「長らくお待たせした。貴方でようやく最後だ。」
「いえ、むしろお疲れではないですか?食事も取らずやっていたので心配でしたよ。」
もう取り調べを始めてから5時間が経過し、時刻は午後6時を超えていた。それに気づいた自分は少々腹が減ってきたが、黙っていた。
「食事も大事だけど、気になることが多すぎてね。」
「私も杏崎君だけほっとく訳にはいかないので…」
「ふーん、随分と仲が良いですね。前からの知り合いだったり?」
「いやいや、相部屋になるまでなんの接点もなかったよ。」
「へぇー、羨ましいなぁそういうの。」
しばし談笑する、長い間張り詰めた雰囲気で取り調べを行っていたので少しリラックス出来た。
「さて、貴方に聞きたいのは1つ。」
「一つだけですか?」
「うん、シンプルだけどどうしても引っかかる事があってね。」
「一体なんです?」
「何故貴方はあの時「銃声」と言った?」
杏崎の一言で先程までの空気が一気に凍りつく。杏崎の方を見ると、その目は獲物を狙いすました目に変わっていた。
「あの時、とは…?」
「ドアを開ける前だよ。」
「き、聞き間違いとかでは?」
「いいや、君は確かにこう言った。『何があったんです!?先程の銃声は一体!?』ってね。」
一字一句覚えていたのか、と思い驚く。知識量もそうだが記憶力も優れているらしい。
「自分も動転していたので、な、何を言ったかなんて覚えて無いですよ。」
明らかに声が震えている、手や足にも震えがあった。
「ふぅん?」
「……」
静まり返った場に、時計の針と互いの呼吸の音だけが響く。
「…まぁいいさ。覚えてないならいいよ。質問は以上だ。」
終了を告げられた久野は、急いで部屋から出ていった。
「杏崎君、彼女は…」
「犯人の協力者か何かかな。」
「私達を危険視したりしませんかね?」
「有り得るね、今夜から警戒しよう。」
これにより全ての取り調べが完了した。
さて、と杏崎が手を叩き空気を整える。
「情報整理をしようか。」
「これで全体像が多少は見えますかね?」
「さぁね、では始めよう。」
まずは半分の時に書いたメモを見返す。
・事件発生は真北の砲天使の間、窓が空いており犯人はそこから逃走したが行方不明。
・東側の氷天使の間には白烏がいた、同行者は無し。
・南南西側の夜天使の間にはエリナとイーサン、管理人の夫人がいた。
・南西側月天使の間には神戸とストウがいた、駆けつける時にストウが何かしらを目撃した?
・南東炎天使の間には蘭堂と坂東、駆けつけたのは坂東の方が先である。
・坂口は南側玄関近くの化粧室にいた。駆けつけたのは最も最後。
・駆けつけた順は 白烏 ヨコタ エリナ イーサン 管理人夫人 坂東 僕達 ガイド 神戸 ストウ 坂東 モリス ジョセフ 管理者夫 最後に坂口である。
・神戸と坂口は島に何かしらの関係があった。
・白烏は何かを隠している。
そこに杏崎は以下のように付け足していく。
・先代の管理者は不動夫妻の親戚 土井 孝
・管理期間は50年前から20年前まで
・波止場近くに墓標がある。
・西北西夢天使の間には横田がいた
・森栖は唯一二階の自室、砲天使の間の上にいた。
・ジョセフは不動夫と共に間天使の間にいた。
・須藤は窓の外に人影らしきものを見ているが、何をしていたかまでは不明
・30年前に何らかの関係がある人物は神戸の祖父 坂口 不動夫妻 森栖 須藤。おそらく白烏と百津川もその可能性がある。
・キヨハリと呼ばれる人物が30年前の出来事に関係している。
・バスガイドこと久野はおそらく犯人の関係者である。
「こんなところかな。」
「30年前、キヨハリ、この2つが分かれば全てが繋がるんでしょうけど…」
「何も情報は人からじゃなくたっていいんだ、館の探索をしてみよう。」
「それもいいんですけど…」
言いかけた時に腹が鳴る。もう午後7時になろうとしていた。
「そうだね、さすがに食わなきゃやってられないな。」
「…管理人さんからご飯を貰いましょうか。」
ケラケラと笑う杏崎と共に大広間を出た。恥しかかいてない自分が情けないと凹んだ。
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