第3話 20××年12月14日・第1の取り調べ 前

 事切れている教授に近寄り念の為脈を取る。だがやはり脈は無く、教授は間違いなく死んでいた。

「この方の名前は?」

百津川ももつがわ 幹男みきお。東京大学の名誉教授で、文化研究の第一人者でした。」

 ガイドが震える声で素性を教えてくれた。

「死因はショットガンで頭を撃たれた事でしょうけど…」

「この持ち方はまるで自死のようだ、と考える感じか?センセイ。」

「ええ、まぁ…」

 杏崎は死体を傷つけない様にぐるりと部屋を見渡すと、ある一点で歩みを停めた。

「管理人さん、この部屋の窓は開けていたかい?」

「いえ、冷え込みます故今の時期は窓を開けません。」

「ふむ、ならこれは他殺だな。見てくれ。」

 数人が杏崎の指した窓に近づく、そこを見た全員が「あっ!」と思わず呟いた。

「窓の鍵が空いてる!?」

「窓は一般的に内側からしか施錠不可能、つまりこれは窓から誰かしらが脱出したことの証拠だ。」

「で、でも教授が開けたという可能性は?」

 動画投稿者の男が反論する。自分たちもしくは島内に犯罪者がいるなんて信じたくないのだろう。

「ふむ…まずは足跡があるかどうかだね。誰か、足跡がないか探してきてくれるとありがたい。」

 指示を受け管理人の2人が外に向かう。数分して窓の外に管理人の2人が現れる。

「どうかな?」

「途中までは残雪に足跡がありますが、あとは見つけられませんでした。」

「ありがとう、十分だ。」

 杏崎は礼を言うと窓を閉めた。すっかり室内は冷え込んでしまった。

「そして君。ショットガンを撃つ時、人の腕にどれぐらいの負荷が掛かるか知っているか?」

「いや、全く… 」

「これは古風なポンプ式ショットガンだが、普通こういった銃は肩にストックという部位を当てて撃つことを前提とする程反動が大きい。なら教授のように手だけで引き金を持って撃ったとしても口に咥えたまま保持している状況はありえない。それに─」

 杏崎は白い手袋をポケットから取り出すと、教授の遺体の口を開く。

「銃口を加えたままなら新しい火傷跡がある筈だが、ここにはない。つまり自殺はありえないという話だ。」

 杏崎の説明に全員が感心する、まるでホームズのような手際だ。

「よ、よく分かりますね、そこまで…」

「関西にいる叔父が警察のお偉いでね。そういう事件に関して色々教えて貰ったんだ。」

 そのうち残りの客も集まってきていて、場は混沌としていた。

「管理人さん、警察に連絡はしたかい?」

「連絡はいたしましたが、全国的な豪雪により向かえるのは6日後になるということでした。」

 全員がざわめく、今日含め7日間は殺人犯がいるこの島に拘束されることが確定してしまったからだ。

「幸先が悪いな…とりあえず大広間に1人ずつ集めて擬似的に取り調べをしてもいいかな?ガイドさんと管理人のお2人も。」

「別に構いませんけど…」

「おい待て、警察でもないのになんであんたが仕切ってんだ?」

 筋肉質な男性が食ってかかる、おそらくアスリートであろう。

「不満かな?なら君が仕切ってもいいんだけど。」

「いや、別に。俺は頭脳派じゃねぇし…」

 アスリートの男は急に萎縮した、おそらく勢いだけだったのではないかと思われる。

「そうか。他に異論は?」

 杏崎に異論を唱えた人間はいなかった。そこから取り調べが始まったのであった。私は成り行きで杏崎と共に取り調べる側に回ることとなった。



 1人目:元国務大臣 白烏はくう 康平こうへい65歳

 部屋に入ってきた時、彼はとても動揺しているように見えた。年齢的に考えれば百津川と何かしらの親交があり、彼が死んだことに動揺しているのだろうか?

「そこまで緊張しないでくださいよ、僕もセンセイは警察では無い。いつも通りでいいんですよ白烏元文部大臣?」

「す、すまない…百津川先生は私の恩師でね。まだ気が動転しているのだ。」

「それはおいたわしい事です。だからこそどうか百津川教授のためにも僕達に力を貸して頂きたい。」

「あ、ああ。ところで私は何を言えば?」

「簡単ですよ。轟音…いや銃声が聞こえた時、1階のどこにいたか、そしてあなたはどういう経緯でこの島に招かれたか。大きな質問はその2点です。」

 彼は思い出すように語り始めた。

「私は大広間を出ておおよそ東の方向、たしか『氷天使の間』という部屋に居た。そこで飾られていた14個のロザリオを見ていたんだが…」

「そこで銃声を聞いた、と。」

「うむ、そうだ。」

「あなたは僕達がたどり着く前には既に北側の部屋に居ましたが、あなたが辿り着いた時に他に人は?」

「いや、居なかったが…私が来たすぐあとにあのアスリートの彼が来たな。」

「なるほど…怪しい音を聞いたりは?」

「いや、私と彼でドアを開けようと必死になっていたから、音があったとしても聞こえなかったな。」

 手がかりはなさそうであった。状況的に焦っていてもしょうがない、責めることはできないだろう。

「では2つ目、どういう経緯でこの島に呼ばれたのかについては?」

「ある日招待状が送られてきたのだ。別に何かに応募した覚えも無いのだがな。」

「過去にこの島に何かしらの縁があったりは?」

「…ない。」

 否定してはいるが分かりやすく嘘を感じる。服装や言葉から生真面目な気質を感じる為、嘘は吐き慣れていないのかもしれない。

「もう一つだけよろしいかな?」

「な、なんだね?」

「百津川教授が殺されるようなことに関して思い当たる事は?」

「偉大なる先生が恨みを買う事なんて有り得るはずがない!」

 白烏は机に拳を叩きつける、これ以上刺激するのは危険だと感じた。

「落ち着いてください、杏崎君は別に百津川教授の名誉を汚そうとしている訳じゃ無いんです。」

「…そうだな、すまない。つい荒ぶってしまった。」

「僕も言い方が少し宜しくなかった、許して欲しい。」

「いや、良いんだ…」

「ありがとう、なら質問は以上だ。」

 白烏は大きく息を吐き、軽く会釈をしてから出ていった。

 出ていってから5秒ほど置いてから杏崎が口を開く。

「センセイ、彼をどう思う?」

「裏があるとは思います。嘘は吐きなれていなさそうにも思えますが。」

「なら多分吐かせるのは難しくは無いな、他を見てからにしよう。」

 そういうと杏崎は次の人間を呼び出した。


 2人目:北欧の学者 エリナ・プイスト 29歳

 部屋に入ってきた彼女はこんな状況下でもほぼ冷静沈着な態度を崩していない様子だった。

 肝が据わってると言うべきか、もしくはそういう訓練でもしているかの如くで少々気圧される。

「日本語で大丈夫かな?北欧の神童エリナ殿。」

「問題ないです、一通り身につけていますので。」

 彼女の日本語はとても流暢だった。マルチリンガルと言うやつなのだろうか?

「貴方に質問したいのは2つ。銃声が聞こえた時どこにいたか、どういう経緯でこの島に呼ばれたかだ。」

「私は銃声が聞こえた時、『夜天使の間』という部屋にハリウッドスターの彼、イーサンと管理人の老夫人と一緒に居ました。」

「貴方たちは僕達が来る前に既に居たが、貴方たちがあの部屋の前に来た時はどうなっていた?」

「私達が駆けつけた時には元国務大臣の方とアスリートのヨコタがいました。」

「ありがとう、1つ目の質問は十分だ。2つ目の質問に答えてくれ。」

「島に来た理由は手紙が送られて来たことです。手紙には「貴方様の普段の功績を讃えて」と書かれていました。」

「今それを持っていたりは?」

「ここにあります。確かめていただいて構いません。」

 彼女は懐から取りだした手紙をこちらに手渡してくる。杏崎がそれを開き拝見しているのを横から覗き込んだが、筆記体の英語であったためにまるで読めなかった。杏崎は読めていたようで、2分ほど読んでから手紙を返した。

「最後に聞くがこの島については初めて知ったのかい?」

「ええ、手紙が送られてくるまで知りませんでした。」

「ありがとう。貴方への質問は以上だ。」

 彼女は軽く会釈をして出ていった。観察していても嘘のあるようには見えなかった。

「彼女は信用して良さそうだ。」

「余程信頼できるみたいですね、杏崎君が進んで発言するほどとは。」

 まぁね、と言いながら杏崎はメモの新しいページを開き次の人を呼び出した。


 3人目:ベンチャー企業社長 神戸かんべ 康隆やすたか39歳

 部屋に入ってきた彼の身なりはいかにも華美という感じであり、悪く言えば成金的という雰囲気であった。

「さぁ始めてくれたまえ、聞きたい事は何かな?」

 イスに思い切り腰かけ、大胆不敵にこちらに質問をなげかける。場を支配するカリスマ性の片鱗が感じられた。

「貴方に答えて欲しいのは2つだ。銃声が聞こえた時どこにいたか、どういう経緯でこの島に招かれたか。」

「銃声が聞こえた時、私は南西『月天使の間』にいた。たしか宗教の教祖のストウとか名乗る奴も一緒だった。」

「貴方たちは来るのが遅かった方だったね、何か怪しいものを見たりは?」

「一切ないな、窓に何かが見えた様子も無かった。ただ……」

 1点引っ掛る事があるのか神戸は頭を捻っている。

「ただ?」

「教祖とか名乗る奴が明後日の方向を見て『アレはもしや…?』と言っていたことがあってな、頭が本格的におかしいんじゃあないかと思ったよ。」

「それはどこで?」

「西側の方だったかな。」

 教祖の人間が何を見たのかは分からないが、もしかしたら重要な手がかりかもしれない、記憶しておくべきだろう。

「ふむ…とりあえず2つ目の質問に移ろう。」

「私がこの島に来た理由だね?」

「そうだ、教えて欲しい。」

「この手紙だよ、中には『目まぐるしい業界での活躍を労いたく』って書いてあってね。一体誰の好意なのやら。」

 やれやれとでも言うように神戸は語る、むしろ喜んでいそうなのは気のせいだろうか

「この島について聞いたことはあるかい?」

「確かうちの爺さんは行ったことがあるらしい、と父からは聞いたな。」

「それは何年前の?」

「確か30年前、この島が客を最後に受け入れてた時期だったはずだ。」

 30年前にこの島、そして天使邸は閉じられた。何故かは不明のままで真相はわかっていないと事前に調べた情報にのっていた。

 その時期の情報は何かしらの手がかりになるかもしれない。

「その時の話について聞いたことは?」

「あるんだが、思い出せない。」

「思い出せない?」

「何しろ幼稚園と小学校の間の時期だった、記憶も曖昧だよ。爺さんも亡くなって久しくてな。」

「そうか、ありがとう。質問は以上だ。」

「大した情報もなくてすまんな探偵役。…あと横の君。」

「わ、私ですか?」

 急にこっちに矛先が向き、狼狽える。なにか気に触ったりしてしまっただろうか?

「こっちの観察をするのはいいがもうちょっとバレないようにした方がいい、君の視線は穿ちすぎていて気になる。」

「い、以後気をつけます…」

 彼はそのまま踵を返して部屋を出ていった。

「彼もある意味人を見る目を鍛えてるらしいね。センセイとは方向性がまた違うみたいだけど。」

「トップになる人らしいと言えばらしいですねぇ…。」

 カリスマというのはああいう事を言うのだろう、などと思いながら取り調べは進む。


 4、5、6人目に関しては似たような情報だったので、省略して語ろう。

 4人目:世界的動画投稿者 レイモンド蘭堂こと 蘭堂らんどう れい 34歳

 彼が居たのは南東の炎天使の間で、一緒に居たのはミュージシャンのヴァン大輔だったと証言した。

 彼は来るのが遅かったため何故かと杏崎に問われた。彼曰く最初は気にすることでもないかと思ったが、悲鳴が聞こえたために駆けつけたそうだ。あんな轟音で気にすることでもないと思うのは不自然な気もするが…

 彼は島については全く知らず、何故手紙が送られてきたのか検討が着いていないそうだ。


 5人目:ハリウッドスター イーサン・クウィントン 30歳

 彼は日本語があまり話せなかった為、英語で会話が行われた。一応英語は理解できる程度に学んでいたのでだいたいの内容は理解出来た、辛くもだが。証言はほとんどエレナと似通っていたが、彼は耳が良いらしくドアを無理やり開けようとした時に小さくくぐもった声が聞こえたという証言をしてくれた。

 島についてはほかと同様知らないということであった。


 6人目:ミュージシャン ヴァン こと坂東ばんどう 大輔だいすけ 27歳

 彼の証言は蘭堂と同様であった。彼は蘭堂より轟音に関して不安を感じていたため、早く駆けつけたと証言していた。

 彼もまた島については知らなかった。


 このようにこの3人に関しては大した情報が得られなかった。しかし7人目はそうではなかった。

 7人目:旧皇族 坂口さかぐち 多聞たもん 58歳

 部屋に入ってきた彼の態度はどこかたどたどしく、頼りないように感じた。こういった場に慣れていないのだろうか?と思いながら着席を促す。

「別にこれは尋問ではないので怯える必要はない、どうか肩の力を抜いて証言してくれ坂口さん。」

「あ、ああ…すまない。」

「貴方に聞くのは2つ、音が聞こえた時どこにいたか、そしてこの島に呼ばれた経緯だ。」

「私は音が聞こえた時は南の玄関近くにある化粧室にいた、ただ少々足が悪くてね。来るのは1番遅くなってしまった。」

「つまり共にいた人はいなかった、と。」

「そうだ、すれ違う人もいなかったな。」

 いわゆるアリバイ無しの人物である、私はこの時彼に疑いを寄せていた。

「ちなみにそのズボンの裾は一体?」

 杏崎が指摘した通り、坂口のズボンの裾が少し濡れていた。

「汚い話だが、少し便器から外してしまってね。それを水で拭いたあとだよ。」

「そうか…なら次の質問に移ろう。」

「島に来た経緯か。私のところに招待状が届いたので来たまでに過ぎんよ。」

「この島に以前来たことは?」

「1度だけある、20代の頃だ。」

「その時に何かあったりは?」

「…いや、ない。普通のお忍び旅行だった」

 この発言は絞り出したような、押し殺したなにかを感じさせる言い方であった。

「本当に?」

 この時の杏崎の目は、獲物を射抜かんとするような深く鋭い眼差しをしていた。

「無かった、大した思い出も無い。」

 気圧されながらも絶対に口を割らないという覚悟がその一言に含まれていた。

「ふむ…ありがとう、質問は以上だ。」

 終わりを告げられ坂口は急いで部屋から退出して行った。

「良いんですか?問い詰めなくて。」

「もし彼が犯人だとするならあの場で殺される可能性がある。無力化できる状況があれば問い詰めたよ。」

「もう1人いれば良かったんですけどねェ。」

「今は皆疑心暗鬼になっているから難しいと思う、とりあえず半分終わった事だし。1度情報を整理しよう。」

 杏崎メモを広げ、一つ一つをリストアップしていく。


 ・事件発生は真北の砲天使の間、窓が空いており犯人はそこから逃走したが行方不明。

 ・東側の氷天使の間には白烏がいた、同行者は無し。

 ・南南西側の夜天使の間にはエリナとイーサン、管理人の夫人がいた。

 ・南西側月天使の間には神戸とストウがいた、駆けつける時にストウが何かしらを目撃した?

 ・南東炎天使の間には蘭堂と坂東、駆けつけたのは坂東の方が先である。

 ・坂口は南側玄関近くの化粧室にいた。駆けつけたのは最も最後。

 ・駆けつけた順は 白烏 ヨコタ エリナ イーサン 管理人夫人 坂東 僕達 ガイド 神戸 ストウ 坂東 モリス ジョセフ 管理者夫 最後に坂口である。

 ・神戸と坂口は島に何かしらの関係があった。

 ・白烏は何かを隠している。


「怪しい点はいくつかありますが…確信にはせまれていませんね。」

「あとの半分でわかることもあるはずだ、取り調べを続けよう。」

 そうして次の人間を呼び出した。

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