第4話 被害者ぶっても見破られる
「キャー! 助けて!」
どこかの街へ向かう途中、女性の悲鳴が聞こえた。
「なんだ!?」
助けて、という言葉に敏感に反応した赤が駆けつけると、女性は大量の小型の魔物に囲まれていた。
チェリーたち冒険者からしたらそんなのは雑魚中の雑魚なのだが、ただの女性が、しかもかなりの数の魔物に遭遇したらそれは助けを求めるしかない。
「お嬢さんちょっと待ってろ!」
赤は剣を取り出し、魔物を斬りつけた。
「お前らも手伝え!」
「言われなくても!」
イリディセントとチェリーは魔物の群れに向かって走り出し、スノーホワイトは女性に駆け寄り
「怪我は?」
と問いかけながら軽い傷を認め、
「軽傷治癒!」
と治療を施した。
イリディセントは自慢の魔法で
「電撃!」
と魔物たちを倒していき、チェリーも身を守るための短剣とそれを使う技術くらいは持っているので特に小さい魔物を片付けていった。
やっと魔物が片付いたところで、街の人たちが女性に走り寄り、口々にどうした、どうしたと心配そうな声をかけた。と。
「この人たちに変なことされそうになって……!」
突然女性は泣き出した。
「はあああ?」
当然4人は揃って戸惑いの声を上げた。
魔物に囲まれていたのを助けたのに、そんな自分達が変なことをしようとした?
いや納得いかないんですけど!? というような顔を表情は多少違えど4人ともしていた。
「お前らエアローピンクちゃんになにしやがった!」
「おい、こいつらしょっぴくぞ」
「ちょ、ま、誤解」
「つべこべ言わずに来い!」
4人は後ろ手に縄で縛られ、街へ連行された。
「しばらくそこ入ってろ!」
どんな抗議の声も聞き入れられず、乱雑に牢屋にぶち込まれた。
街の人が去ってからチェリーは、
「くっそ……この程度の牢屋の鍵なんぞ手さえ縛られてなければちょちょいのちょいなんすけどね……」
とぼやく。伊達に開錠を生業にしていたわけではない。たかが小さい街の牢屋の鍵程度、手が使えて道具さえあれば開けられないわけがない。
「イリさん、この縄魔法で何とかなりません?」
イリディセントに問いかけるも、イリディセントは首を振りながら
「できないことはないですが、下手に脱獄して問題が大きくなる気がする……」
スノーホワイトもそれには同意するようで、
「どうせ裁判か何かがあるんだろう、それまで待つしかないよ」
とチェリーを諭した。
チェリーは不服そうな顔をしていたが、それよりも不満げな……というよりもはや怒りすら覚えていたのは赤だった。
「なんで助けたのに俺たちが捕まってんだよー!」
だよー! だよー! だよー! と叫びが牢屋を反響し、
「うるせえぞ!」
と怒鳴りつけられさらに逆上しかけたところをスノーホワイトが
「鎮静」
と呪文を唱え無理矢理落ち着かせた。
「ちくしょー……」
急に力を奪われた赤は冷たい床に倒れ込んだ。
翌日。4人は手を縛られたままある部屋に通された。窓がなく、施錠された上に扉の前には屈強な男が2人立っている金属製の部屋だ。さらには街の人間がずらり、と壁中を囲んでいる。
いかにも悪そうな顔をした男が、テーブルの向こうから4人に問いかけた。
「さぁて……お前たち、自分らがなにをしたかわかってるな?」
何をしたかって、魔物に囲まれている女の子を助けただけなんですが。と言いたいところだが、そんなことを言っても信じるような奴らではなさそうだ。さてどうしたものか。と思案に暮れていたが、まず口を開いたのはスノーホワイトだった。
「僕たちは冒険者です。あなた方からしたら信用に足る相手ではないことを覚悟の上で事実だけを述べさせていただくと、女性が魔物に囲まれてこちらに助けを求めてきたので、魔物を退治しただけです。僕はヒーラーですので治癒魔法はかけましたが、その際身体に触れてはいませんし傷も目視で確認しました。彼らはひたすら魔物と戦っていたので、女性に手出しをできるような状態ではありませんでした」
まず一番エアローピンク……その例の女性の近くにいたのは自分だ、疑われるなら自分だけでいいだろう。そんなことを思っていた……かどうかは知らないが。
「僕は電撃魔法を魔物にかけてました。あなたたちは魔物の死骸は見てないでしょうが、感電死した跡が残っているはずなんですけど」
イリディセントは続けた。この2人は基本的に頭がいいのでこのようにすらすらと事実を述べることができたのだが……問題は赤とチェリーである。
「おいらは短剣で雑魚をぶっ叩いてただけなんすけどね、ははは」
緊張感のない口調で街の人間の神経を逆撫でしてしまうチェリーと、
「助けてって言われたから助けたんだよ! あそこで見捨てる方が人としてどうなんだよ!」
と激昂する赤。
スノーホワイトとイリディセントは顔を見合わせて
「ダメだこりゃ」
という表情を浮かべていた。
しかし、テーブルの向こう側の男は何を言われても顔色ひとつ変えず
「まあ、とりあえずエアローピンクちゃんが示談にしてやるって言ってるから感謝しろよ。本来ならガチの牢獄行きだからなお前ら」
大体次の言葉の想像がつく。
「有り金全部置いていけよ。それで許してやる」
結局そういうことかよ、と赤は吐き捨てるように言うと、
「お前ら、女の子生贄にして冒険者から金巻き上げるのが目的なのかよ!? 最低な奴らだな!」
と、後ろ手に縛られているのも忘れ椅子から立ち上がり叫ぶと、街の人間の1人が思いっきり座っていた椅子を引いた。そのせいで赤は盛大に転んだ。
「いってえ……どこまで卑劣なんだよお前ら」
赤は正義感が大変強い。到底このような連中を許しておけるタチではない。しかし、剣も取り上げられ手は縛られている。何もできない。歯噛みするだけだ。
「とにかく、お前たちが選べるのは金を置いてさっさと出て行くか、牢屋行きか、どちらかだ。選べ」
「だから俺たちは助けただけだって……」
「そんな証拠がどこにあるんだ、誰が信じるんだ」
と、いきなり鉄の扉をガンガンガン! と叩く音がした。
「なんだ!?」
流石に4人に迫っていた男も驚き、振り向いた。次の瞬間鉄の扉は巨大な金属の棒でぶち破られた。
「な、なに!?」
「証拠ならあるよ、たくさんね」
そこには1人の女性が立っていた。ガタイのいい、これなら巨大な金属の棒ぶん回せても無理はないな、というような女性だった。
「ほら、これ」
言うや否や、大量の写真がテーブルの上にぶちまけられた。
魔物に囲まれるエアローピンク、一切身体に触れず治療をするスノーホワイト、魔物と戦う3人。
「なんだと……?」
「これでこの人たちがエアローピンクにいかがわしいことしてない証拠になるよねえ?」
不敵に笑う女性に屈強な男たちは飛びかかろうとしたが、当然その手の武器で返り討ちにされた。
なにもんなんだこの人……ときょとんとする4人を放置して、街の人間たちは
「こんなもの! こんなもの!」
と写真を破り捨てようとしていた。しかし破けない。
「あ、それ? 隣町の紙職人に特注した写真用紙だから破けないよ。あとさあ」
『有り金全部置いていけよ……』
いきなりさっき聞いた台詞が流れ出した。
「録音もしてあるから。牢獄行くのはどっちだろうね」
「こんのおおおお」
女性と街の人間がゴチャゴチャやってる間に、イリディセントは全員の手の縄を魔法で軽く焼き、全員の縄が解けたところでドサクサ紛れとばかりにチェリーは全員の装備と道具をサクッと取り返していた。
「つまり俺たちは嵌められて脅された……ってことだな?」
明らかに赤の瞳は怒りに燃えていた。
このままじゃ部屋が血染めになってしまいそうなので、スノーホワイトはそっと
「攻撃力弱体化」
と唱えておいた。
狂戦士状態になった赤を止めることはできない。もはやただの恐喝犯と化した男に飛びかかろうとする赤を必死で街の人間は取り囲み止めようとするが、そんなの今の赤には雑魚の魔物同然だ。バタバタと倒されていく。大怪我を負った街の人間の1人にスノーホワイトは、
「ま、カタがついたら治療してあげなくもないよ」
と囁いた。
恐喝犯は件の女性に詰め寄り、
「お前こんなことしてタダで済むと思ってるのか! この街から追放するぞ!」
と怒鳴りつけていたが、女性は一切動じない。
「むしろこんなところにいる気はなかったけどね、あんたらのやってきたことを世に知らしめるための道具さえできりゃ出て行くつもりだったよ」
「このお……」
バキッ
言いかけた恐喝犯の頭が割れる音がした。赤が剣でぶっ叩いたのだ。
「首飛ばさなかっただけ感謝しろよ、な?」
赤はまだ怒りのおさまりきらない顔でそいつの髪を引っ掴んで言った
「ひ、ひぃ」
流石に頭をかち割られては金を脅し取るどころではない。
「大変申し訳ありませんでした、命だけは、命だけはああああ!」
床に頭を擦り付ける勢いで土下座する男に、赤は
「もう二度としねえだろうな……」
と、今まで聞いたことのないほどの低音で問うた。
「はい、そりゃもう心を入れ替えて……」
と泣きながら答える男をよそに先の女性は
「ちょっと隣町行くんであとよろしく」
と立ち去っていった。つまりはまあ……街ぐるみの恐喝行為を告発するために、という意味だろう。
絶望しきったその部屋の人間を端から治療していくスノーホワイトは、頭の割れた男を治療しつつ
「ふむ、まーだもうちょっと物足りないけど、弱体化かけてなかったらこいつら全員あの世だっただろうから仕方ないねえ」
などと恐ろしい発言をしていた。
そしてほどなくして大量の警察官が踏み込み、連中は連れて行かれた。エアローピンクも、片棒を担いだということで連れて行かれたがその間にも
「この人たちに騙されてただけなのー!」
と叫ぶ往生際の悪さだった。
「さて、と。この街にはもうなんもないからどっか行ったほうがいいよ。宿もないし。そもそもあんたたちの昨日の宿牢屋だったけどね」
女性は言った。
「あんた、なにもんなんだ」
当然の問いに、
「あたし? ファンタス スカイ。こういう奴らを明るみに出すために機械発明してんだわ。まああたしもいるとこなくなっちゃったからね、隣町で修行でもするわ。じゃね」
ささっと言って立ち去ろうとするスカイに赤は深々と頭を下げ
「本当にありがとう!」
と言ったが、スカイは軽く手を振り街……の抜け殻を出ていった。
「伝わった……のか?」
「伝わったよ。スカイさんと赤、同じ目してるもん」
「は?」
イリディセントの言葉に意味わからんという顔をした赤を見て、
「間違ったことが許せないってことだよ」
と言って
「とりあえずさー、お腹すいたから次の行き先探そうよ! 昨日から何も食べてないし、今日はベッドで寝たいよ!」
と旅立ちを促した。
「ま、そうだな……」
赤は怒りのあまり忘れていた空腹を思い出し、その途端に大きな音でお腹が鳴った。
「赤さんよっぽどキレてたんすね……」
変なところに感心するチェリー。そして、やれやれという顔をしながらスノーホワイトは地図を開くのだった。
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