第5話 チェリーが脱チェリー?
スノーホワイトが地図を見ながら、近場で比較的大きいここならよかろう、という街を見つけたのでそこに立ち寄ることにした。
街の名はゴーサの街。この街はなかなか不思議な街で、やたら大きい商店が立ち並ぶ区画、御立派な邸宅ばかりがある区画、そして宿屋と酒場、小さいコーヒーショップしかないような寂れた区画に分かれていた。そして。
「な、なあ、アレって……」
チェリーが戸惑いと興奮の入り混じった表情で見つめていたのは、成人していないと入れない大人の宿屋、いわゆる現代日本でいうラブホテルである。
「ああ……あそこかい? 普通の宿屋と大して変わらないよ。ただ大きいベッドが一つだけあるっていうだけで……」
さも経験済みですをアピールするかのようにスノーホワイトはこともなげに言った。
赤やイリディセントはそういったことに興味があまりなかったのでふーん、などと言っていたが、チェリーは……まあお察しいただけるだろう。そこを凝視して
(いつか……おいらも行ってみたい……)
と思っていた。と。
ドスン
「いてっ」
かなり色気がある女性が、チェリーにぶつかってきた。おそらく故意だろう。
「す、すみません、怪我ないっすか」
自分がぶつかられておきながら、チェリーはその女性の怪我を気にしていた。色香に惑わされたのかもしれない。
「大丈夫よ」
女性は言うと、チェリーの耳元で
「可愛い坊やね、今夜1人で酒場に来てくれない?」
と囁いた。
チェリーも小さな声で
「は、はい」
と答えた。
女性は、足早にその場を去っていったが、香水の残り香ははっきりとその場に居座っていた。
ぼーっとしたままのチェリーを、赤とイリディセントは
「どうしたんだ?」
という目で見ていたが、スノーホワイトは何かを察したかのようにふぅん、と呟き
「君も大人の仲間入りかな?」
と問いかけた。
「なっ、ば」
戸惑いを隠せないチェリーだったが、その瞬間全員が
「ふぅん……」
と声を揃えた。
「違いますって!」
チェリーは慌ててごまかそうとしたが、
「で、何が違うんだ?」
と赤にニヤニヤと笑いながら言われて、何も返す言葉がなかった。
そしてその夜、チェリーはこっそり酒場に向かった。音も立てず外に出るなど、シーフのチェリーにはお手のものだ。
「あれ? チェリーは?」
赤が風呂上がりに言うまで誰も気づいていなかった、が……まあ全員が大体察した。
「なるほどねぇ」
スノーホワイトは意味深に呟いた。
そしてチェリーは酒場で、昼間の女性を見つけ、ぺこり、頭を下げた。女性は若干酔っているのか、少し赤い顔をして手を振り、呼び寄せてきた。
「坊や、お名前は?」
「え、えとあの、おいらは、コミックポップ チェリーです。チェリーとでも……」
言いながら、少しこの名をつけた親を恨んだ。何が悲しくてほぼ初対面の女性に「未経験です」と告白するような名前をつけたのか、と。
「そう、可愛い名前ね。私はイルミカラー ボタン。ボタンでいいわよ」
「は、はい、ボタンさん……」
だいぶ開いた愛元を見ないようにチェリーは目を逸らした。
「ねえ、チェリーくん……」
逸らした目を覗き込むとボタンは
「お姉さんと、イイコトしない?」
と囁いた。
「!!」
妄想していなかった、といえば嘘になる。しかしまさか本当にお誘いがあるとは。
「あ、あの、その、おいらお金とかないですし……」
「あら、そんなもの目的じゃないわよ。でもね、ひとつお願いがあるの」
「は、はい、なんでも!」
条件もろくに聞かず二つ返事してしまうチェリーだった。
「開けてほしい鍵があるの」
「そりゃもう、開錠ならお任せを!」
もはや欲望に突き動かされるままに答えていたが、次の言葉で固まってしまう。
「あの高級住宅街の1番大きい屋敷の扉と金庫の鍵、開けてほしいの」
「……え」
実はボタンは、表では色気のあるお姉さんとしか思われていなかったが裏の顔は魔王の手下で、チェリーを嵌めるための刺客だった。チェリーをシーフの掟を破った者としてギルドから追放させ、ついでにその仲間たちも冒険を続けられなくなる、それが作戦だった。
「あ、あの、それは」
口籠るチェリーにボタンは、
「なんでも……って言ったわよね? それとも、イイコトしたくないの?」
とたたみかける。
掟や仲間、任務と自分の欲望を秤にかける。
もしかしたらこのチャンスを逃したらもう二度とチャンスはないかもしれない。しかし……代償が大きすぎる。悩んだ。散々悩んだ。そして。
(自分がやったってバレなきゃよくない?)
という結論に至った。
「やらせていただきます!」
元気よく返事をして、商売道具……本来なら真っ当な商売に使うはずの道具の整頓を始めた
「ふふ、いい子」
ボタンはにやり、と笑うのであった。
その頃宿屋では3人がチェリーが遅いことについて話していた。
「あいつ、なんか遅くね? 変なことに巻き込まれてねーといいけど」
「まあ、『お楽しみ中』なんだよ」
「ふーん」
スノーホワイトの意味深な発言にも、意味わからん、という顔をしながら赤は装備品の手入れをしていた。なにせこの前狂戦士化してしまった時にだいぶこき使ってしまったので、若干傷んでいる部分もあった。
「ごめんなあああ」
剣に謝る赤を、こいつは一生そういうことには縁がなさそうだな、とスノーホワイトは眺めていた。
イリディセントはなんとなく嫌な予感はしていたが、「お楽しみ中」と言われてしまうとそうなのかなあ、と思いながら魔法理論の本を読んでいた。
そんな会話をよそにチェリーは高級住宅街にいた。ボタンには絶対一言も発さず無駄な動きをしないように、と念を押していざその場所に向かう。
遠目から周囲を見回してある一点を見つめた。
「……番犬か」
予想はしていたことだった。このような大邸宅でセキュリティとして番犬がいるのは当たり前のことだ。まあもっとも、実際そんな大邸宅の鍵を開けたことはないが。
「これかな……」
なるべく音を立てないように道具箱から吹き矢を取り出し、ふっ、と吹いた。
キャン、とすら鳴く間もなく番犬は倒れた。
「今のは?」
小声で聞くボタンにチェリーは
「あ、エグめの眠り薬塗った吹き矢っすね」と、こともなげに答えた。
内心、ボタンはこいつわりとやばいやつなのでは? と思ったがこちらもハニトラのプロ、顔には出さずすごいのね、と呟いた。
「さてとっと……」
番犬がしっかり眠っているのを確認して、チェリーは扉に近づいた。
トラップの類はなさそうだ。もっとも、中に住人がいる家でそこまで危険なトラップが仕掛けられているわけもない。
「ほいさ」
大邸宅の鍵であろうと鍵は鍵。いとも簡単に開けてしまうチェリー。流石にボタンは顔を引き攣らせ始めた。チェリーは、今まできちんと「開錠や罠の解除の技術を悪用してはならない」という掟を遵守していただけで、やろうと思えばどんな大邸宅に忍び込んだ盗みをすることも余裕でできるだけの技量は持っている。なにせ、次席で学校を卒業しているのだから。
「あとは……その金庫はどこに? この邸宅の見取り図でもあるとありがたいんすけど。できれば無駄に歩き回りたくないんで」
完全に「プロ」の目をしていた。さっきまで色香に惑わされていたのか嘘のようだ。
「あ、ああ……これ……」
ボタンが戸惑いつつ見取り図を渡すと、それを眺めて
「最短ルートあっちっすね。なんだこの家セキュリティガバガバっすね、いつ泥棒に入られても知らんっすよ」
今は自分がその泥棒なんだよ、ということを棚に上げてサクサクと金庫がある部屋に直行するチェリーに、ボタンはまずい人間を相手にしたのでは……と少し後悔した。
そして、部屋の前。
「なるほど」
チェリーは何かに納得したように扉を眺め回した。そこにあった鍵はナンバータイプ、しかも16桁だった。
「これは、番号を知らないと開けるのは難しいっすね。それで途中のセキュリティがガバかったんすねえ……」
「え、じゃあ……」
「んや、回した時の微妙な音の違いでわかるっすから。黙って、物音も立てないよう頼んます」
チェリーはなにやら聴診器のようなものを取り出すと、扉に当て音を聴きながらカチャカチャと数字を合わせ始めた。そして、ものの数分で鍵は開いてしまった。
「ふう……」
完全にボタンの顔は固まっていたが、とりあえずチェリーは邸宅に侵入した上に技術を不正に使用した犯罪者となった。正直金庫の中身などどうでもよく、ここらで物音を立て住人に気づかせて警察に通報させ、自分はその間にトンズラしてしまおうと思っていた。が。
「そこまでだ」
「……え?」
後ろにはすでに大勢の警察官がいた。
「……はぁ……」
チェリーは全て終わった、と悟った。
「すんません、おいらがやりました。番犬眠らせたのも扉の鍵を開けたのも……」と続けようとしたチェリーを完全に無視して警察官のうちの1番偉いんだろうなという人が逮捕状をボタンに突きつけ
「イルミカラー ボタン。国家反逆罪で逮捕する」
えぇ!? とチェリーは驚きを隠せなかった。
ただの金目的の泥棒じゃないのこの人!? と顔に書いてあるようだった。
「ちょっと、何よ、どういうことなの。私はただ……」
「泳がせていたんだよ。お前は魔王の手下だということはこちらでは調査済みだ。すでにお前の家には強制捜査が入っている」
チェリーはキョトン、とするしかなかった。何が起きているかさっぱりわからなかった。
「んで……そこの青年」
警官はやっと気づいた、というようにチェリーを見て、
「お前、見たところ冒険者のようだが……なぜこんなことの手伝いをしている?」
かなり鋭い目で見つめられて、青い顔をしながら一部始終を説明した。
街でたまたまぶつかり、声をかけられたこと。「イイコト」の代償に開錠を頼まれたこと。ボタンはただの泥棒だと思っていたこと……など。
女性警官に話すのはかなり恥ずかしかったが、仕方がない。洗いざらい吐いた。
「つまり、だ。君は嵌められた、そういうことだね」
「はい、ですが掟を破ったことは事実です。おいら……僕はギルドを追放されても仕方がないです。牢獄に入れられても……でも仲間たちは……」
ふむ、と女性警官……サンダンスリネン ミッドナイトブルーは考えた。
確かに、技術を悪用してはならない、という掟に反したことは間違いない。しかもかなりな大邸宅に侵入、不正に鍵を開けた。しかし、彼は魔王討伐のパーティーの一員であることだし、泳がせていた魔王の手下の逮捕にも貢献した。国家のためには、むしろ役に立ったと言っていい。
「君は……名前は」
「コミックポップ チェリーです」
「チェリー、取引をしよう」
「は?」
賄賂とかそういうやつですか、と言いかけて飲み込む。下手なことを言って罪が重くなるのは嫌だ。
「君は魔王討伐のパーティーの一員だそうだね」
「はい、でも掟を……」
「その話は今はいい。君たちの仲間は今どこにいる?」
「寂れた区画の宿屋に……」
「よろしい、そこに連れて行ってくれ。そこで仲間が君を許すか、許さないか。それで君の処遇を決めよう」
「は、はい?」
事態が全く飲み込めない。
「どうするんだ、このまま捕まるつもりか?」
ミッドナイトブルーに詰められ、チェリーはしぶしぶ宿屋へ連れて行くことにした。
(やばいっすよね……こんなん赤さんに知られたらおいらぶった斬られるかもしれないっすよ……あの人正義感強いからな……ホワさんには馬鹿にされるだろうな、イリさんは……まあ考えても無駄っすよね、ああ、おいら馬鹿すぎる……)
そんなことを考えているうちに宿屋に辿り着いた。ミッドナイトブルーは、部屋のドアをノックして
「警察だ。入るぞ」
と告げた。
当然3人は大騒ぎである。
「やっぱりあいつなんかに巻き込まれてやがったのか!」
「女性警官まで落としたのか? 彼は」
「いや、呑気言ってる場合じゃないでしょ」
ドアを開けると女性警官と、すっかりしおれた様子のチェリーが立っていた。
「ええと、あの」
チェリーが口を開こうとするのを遮りミッドナイトブルーは
「単刀直入に言う。彼はギルドの掟を破った」
「「「はあああああ?」」」
3人は声を揃えた。
「邸宅への侵入罪、並びに不正開錠だ。しかし」
ミッドナイトブルーは続けた
「彼のおかげで泳がせていた国家反逆罪の容疑者を逮捕できた。そして、彼は自分はギルド追放されても、捕まってもいいから仲間たちには冒険を続けさせてほしいと言った」
まあ実際にはそこまで言う前に遮られたのだが。
「本当に、本当に申し訳ないっす……。おいらを追放して3人は魔王を退治してほしいっす……」
チェリーは土下座した。
「一時の欲に溺れて馬鹿なことしたおいらなんか……」
「ばーか」
食い気味に赤は言った。
「お前、ほんとバカだな。いや脳筋の俺が言うことでもねえけど、マジでバカ。色んな意味でバカ」
チェリーはぐうの音も出ない、という表情を浮かべた。
「そうだな、君は実に馬鹿者だ」
スノーホワイトも追い打ちをかけた。
イリディセントは……呆れと憐れみの混ざったような顔をしていた。
「……ごほん」
ミッドナイトブルーは咳払いをすると
「彼の処遇は、君たちが彼を許すか許さないかによって決める。君たちが許すのなら、一部条件付きで彼の冒険者ギルドの在籍と魔王討伐の仕事の続行を許可する。しかし、許さないのならば……」
チェリーをきっと睨みつけミッドナイトブルーは告げる
「彼は冒険者ギルドを永久追放、10年服役してもらう」
どんな罰を科せられても仕方がない、とチェリーは思っていた。掟を破っただけでなく、仲間を裏切るような行為をした。その罪は重い。
「あー……そうだなあ……」
赤が何か言おうとしたのを遮り、スノーホワイトはミッドナイトブルーに質問した
「一部条件付き……というのは?」
もっともな話だ。そこを確認しておかないと、丸呑みすることはできない。
「簡単なことだ、彼を夜単独行動させないこと。それだけだ」
「ふむ?」
スノーホワイトは若干拍子抜けした。
「今回の規約違反は、彼が君たちと離れ単独行動をしたことによって起きたと言える。酒場や食堂などに行くときは、最低2人以上で行き、単独行動をしようとしたら即座に止める。……まあお手洗いはともかくだ。もっとも、お手洗いの際に抜け出してどこかに行ったらそのときは彼はギルドを永久追放になるがね」
「なるほど」
スノーホワイトは頷いた。
「いいんすよ、おいらなんか許さなくて……みんなを裏切ったおいらなんて……信用できないでしょ……」
チェリーはしょぼくれを通り過ぎて卑屈になっていた。
「ねえチェリーさん、覚えてる? 僕が高熱を出した時、赤と一緒に危険な山に入って薬もらってきてくれたよね」
イリディセントは言った。
(まあ……そのイリさんの高熱の原因作ったのも全部おいらなんすけどね……)
チェリーはちくちくと胸が痛むのを感じた。考えてみれば自分の私利私欲でこのパーティーを危険に晒してばかりいるな、と思うといたたまれない気持ちになった。やはり自分はこのパーティーにいるべきではない。
「おいらはやっぱり……シーフなんていなくても冒険は続けられますし……」
「チェリーさんはムードメーカーなんだよ! それにさ、この前もちゃんと、僕たちの所持品取り返してくれたし」
(あれも技術者のスカイさんのおかげなんすけどね……)
どんどん落ち込んでいくばかりのチェリーの手を取りイリディセントは
「僕はチェリーさんいないとやだ!」
とはっきり言った。
スノーホワイトも、
「ふむ、確かにシーフは直接戦いの役に立つわけではない。いなくて困るということもそこまではない、が」
ふぅ、と息をつき
「君は場を和ませるにはちょうどいいキャラクターをしているからね……。殺伐とした戦いの中では必要な人材かもしれないね」
と半泣きのチェリーの肩をぽんと叩いた。
「ただもう変な女には騙されないでくれよ」
と、別ベクトルからチェリーの心に傷をつけたわけだが、その際それはどうでもいい話たった。
問題は赤だ。正義感が強く、曲がったことは許せない。筋道の通らないことが大嫌いな赤。許してもらえるだろうか。
「んー……チェリーお前、反省してる?」
「そりゃもうめっちゃしてます。だからおいらを……」
「じゃあよくね?」
「は?」
「お前さ、さっきから追放してくれ追放してくれって言ってるけどさ、その女に騙されたって言い訳一言もしてねえよな。それに、やらかしの償いは魔王討伐でしてもらわねーと。無責任に投げ出す方が俺は許せねえ。あと……」
イリディセントの方を向き
「イリディセントにあんなこと言われちゃ追放するってわけにもいかねえんだよなー」
「は、はあ……」
「さっきそこの……警察の人がお手洗いはともかくって言ってたけどさ、俺は便所だろうとなんだろうとついて行くからな!」
謎の宣言をしながらサムズアップをチェリーに向け、
「だから追放しろなんて言うな。魔王討伐のために全力を尽くして、それで償え」
と、力強く言った。
「あ、あ、あ」
チェリーは今までのことを大いに悔いた。
魔王討伐。その目的をすっかり忘れていたことに気づかされた。今までの自分を殴りたいと思った。
「ありがどうございまずううううう」
号泣するチェリーを見て、ミッドナイトブルーは
「ならば、それでいい。頼んだよ、魔王討伐。では。夜分お騒がせした」
と去っていった。
「今までの分、全部、償います。おいらの間違いに気づかせてくれて、ありがとうございます」
まあ実際には全ての文字に濁点がつく勢いでぐしゃぐしゃに泣きながらチェリーは3人に詫びた。
「とりあえず、寝ようぜー。明日どこいくよ」
「君は意外と主体性がないのだね」
「馬鹿でどうしていいかわかんねえんだよ!」
「やれやれ……」
そんなこんなで、眠りにつく4人。
そもそも魔王の居場所ってどこなんだ、と考えつつ。
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