第3話 突然の発熱

イリディセントが寝込んでいる。

高熱が出て、ヒーラーのスノーホワイトにも治せなかった。

街を出て、10日目のことだ。


「ほいほいイリさんちょっと光強めてー。赤さん周りになんもいない? ホワさん……は今はいいや」

パーティーメンバーを妙な呼び名で呼びながら、チェリーは洞窟でお宝探索をしていた。

「チェリーお前この村に何日いるつもりだよ? もう3日目だぞ……」

赤が呆れ果ててチェリーに問いかけるが、

「いやー、ここなんかやたらお宝の匂いがしまくってて! 案の定めっちゃ出るわ出るわ、もうね、腕が鳴りまくって」

「腕が鳴るのはいいがよー、俺たちの仕事魔王討伐だからな? お宝探しじゃねえんだぞ?」

「わーってますわーってますって! 魔王討伐にも資金やアイテムは必要っしょ? なので今のうちに……」

「痛っ!」

急に周りが暗くなった。イリディセントの発光魔法が途切れたのだ。

「おーいイリさん頼むぜ……って、蛇?」

「噛まれた……」

小さな毒蛇のようだった。

「おいイリディセント! この野郎!」

赤は毒蛇を剣でぶった斬ると、スノーホワイトの方を見た。

スノーホワイトは噛み跡を見ると、青い顔をして言った

「この噛み跡は……僕が習ったことがある毒蛇のどれにも該当しない……」

「なにいいい!?」

なにいいい、なにいいい、なにいいい、と、洞窟を赤の怒声が反響する。

「赤さんここ洞窟ね……でかい声禁止……。んで、ホワさん。それってつまり治せない、ってことっすか?」

「いや……僕に治せない傷など……! 解毒魔法を端から試してみるさ……」

「おい、後ろ!」

イリディセント、スノーホワイト、チェリーがふっと背後を見ると、何匹もの毒蛇がこちらに目を光らせていた。

「やべえ! ずらかれ! 赤さん、イリさんを!」

「言われなくても! スノーホワイト、治療をあれこれ試すのは後だ!」

「僕も正体不明な毒蛇に噛まれたくはないからね! 退却だ!」

チェリーとスノーホワイト、そしてイリディセントをおぶった赤は一目散に洞窟から逃げ出した。

「くっそ……あんなもん出るんかあそこ……。なあチェリーお前、魔物の察知とかできねえの?」

「いや、サーチ能力はなくはないんすけど、いきなり至近距離にいられたらわからないっすよ」

「とりあえず宿屋へ戻るよ、解毒を色々試したい」

イリディセントはぐったりしたまま、赤に肩を貸されて部屋へ向かった。


「僕の記憶にある限り、似た噛み跡の毒蛇なら……解毒伍!」

スノーホワイトの手から光が放たれる。しかし、イリディセントは苦しそうなままだ。

「違うか……。他に似た噛み跡なら、解毒捌!」

それでも毒が消えた気配はない。

「スノーホワイト、お前治せないなんてことは……」

「そんなことはありえない! 僕に治せない怪我なんて……」

「これ怪我じゃなくて毒だからな……」

赤とスノーホワイトが真剣な面持ちをしていると、イリディセントが消え入りそうな声で言った。

「薬草……かも」

「薬草?」

赤が問いかけると同時にイリディセントはふ、と気を失った。

「イリディセントー!!!!」


そして、それからイリディセントは高熱で寝込んでいる。スノーホワイトが、気休めの体力回復魔法を定期的にかけているが、根本的解決にはならない。

「なあ、スノーホワイト。さっきこいつ、薬草、って言ってたよな?」

「ああ……ただ、薬草学は学びはしたが、実地で薬草を採取したり製薬をしたりはしなかった。そこまでは授業にはなかったからね……」

「主席サマは授業に出ないことには関心がないか……」

「まあ僕はギルドで外傷治癒の仕事が決まっていたからねえ……?」

一触即発、という空気の中チェリーが割って入り

「まあ、今できないことをあーだこーだここで言ってても仕方ないっすから、薬草ってヒントでちょっと、情報集めしに行きましょ、さ、赤さん。ホワさんはイリさんを頼みましたよ!」

赤を連れて部屋を出た。

「なんだよあいつ……」

「まあ、大事なお友達のことっすから頭に血がのぼるのは仕方ないっすけどね。とにかく今できないことはできない。薬草ってヒントがあるんでしょ、とりあえず僕らで情報収集しましょうよ! 村の中に誰か1人くらいわかる人いるでしょ! じゃ、おいらあっちの人に話聞くんで、赤さんはそっちを!」

楽観的に話すチェリーにも軽く苛立ちを覚えていた赤だったが、ひとまず薬草、それを手がかりに情報を探し、イリディセントを回復させることが先決だ、と脳筋なりに考えていた。


「薬草ねえ……って、あんたたちあの洞窟行ったのかい」

村人のおばさんは驚いた顔で問いかけた

「あー、行きましたけど…なんかまずったっすかね」

「あそこねえ、タチの悪い毒蛇がいるから村人は近寄らないんだよ。もしかして、その毒蛇に?」

チェリーは「あちゃぁ」という表情で

「そーなんすよ……ちょいと仲間が蛇にやられちまいましてね、凄腕ヒーラーにも治せないんすよ……なんか情報ありますかね?」

と聞き返した。

つくづく、赤と別行動にしておいてよかったと思った。自分のせいで幼馴染が苦しんでいるとなったら、腕の一本や二本ぶった斬られても文句は言えない、そうなったらおまんまの食い上げだ。

「一応ねえ、薬師のいぐささんなら知ってるかもしれないけどね、あの洞窟にはもう近づかないでおくれね……毒蛇が村に降りてこられたらたまったもんじゃないからね」

「ほんっっっとに、すんません! お詫びに……」

チェリーは宝の一部を差し出そうとしたが、

「私らは食は飢えない程度、家は漏らない程度で暮らしてんだ、こんなものには用がないねえ……」

怒っている、というふうでもなく、心底それで満足しているんだ、という顔でそれをそっとチェリーの手に戻した。


「おい、チェリー! なんかわかったか?」

1時間ほどして赤と合流したチェリーは、仕入れた情報を一通り話した。

草木染め いぐさ という薬師が山に住んでいること

山はかなり深く、獣が多いこと

獣の皮は厚く剣が通らないかもしれないこと


「なん……だと?」

「そうなんすよ……」

「おい、チェリーその山行くぞ。ありったけの傷薬買ってこい」

「え、や、赤さん? 話聞いてました?」

「いいから! とっととありったけの金で傷薬!」

「は、はいっ!」

やっぱこの人脳筋だった、と思いつつも元はといえば自分に責任があるので、傷薬を売っている店に走るのだった。


「んで……そのおっさんたち、誰?」

「いや、マタギのおっさんたちらしいっす。ファイター1人じゃ集団で獣が出た時心許ないだろうって」

胸に、「岩はだ猟友会」の免許証をぶらさげたおっさんが5人ほど、猟銃を持って気さくそうな笑顔で近づいてきた。

「おう、冒険者くんたちかい! いぐさちゃんの山行くんだろ? 護衛してやっから、ついてきな!」

「はあ、でも……」

「この毛皮見てみな! こんだけの皮ぶち抜ける剣、あんた使えるかい?」

おっちゃんが着ている上着はどうやらその山で狩った獣の皮でできているらしい。

赤は改めて自分の剣を見る。はっきり言ってしょぼい。一応鋼鉄製ではあるが、おそらく、いや間違いなく獣の肉には届かないだろう。眉間をかち割る勢いで殴ればあるいは、というところである。

「……な! つーわけでよろしく! そっちのにーちゃんもな! 頼むから、獣用の罠を解くのはやめてくれよ! はっはっはっ!」

チェリーは顔をひきつらせながら、はい、と答えた。


とりあえず、マタギのおっちゃんたちは「岩はだ猟友会」という猟友会所属の猟師らしい。

「あー……今は自己紹介よりとりあえずお友達のためにいぐさちゃんのところ行く方が優先だな。とりあえず、俺たちは護衛をするから後ろからついてきな。これ、一応熊よけの鈴な。もしガサッと音がしたら一切動くな。間違っても自分で仕留めようなんて考えるなよ。もし俺たちより前に出たら……」

おそらくリーダーのおっちゃんは猟銃をちゃき、と上に向け

「間違って撃っちまうかもしれねえからな……」

と、真顔で言った。

これは、本当に撃たれる、赤もチェリーも顔を青ざめさせて頷いた。

「もしそこのガタイのいいにーちゃんが飛び出したらお前たち取り押さえてな! そっちの身軽そうなにーちゃんも反射で逃げるなよ! んじゃ、いくぞ!」

「おう!」

おっちゃんたちが気勢をあげ、ひとまず山に入ることとなった。


ちりちりと鈴を鳴らしながら、赤とチェリー、そして岩はだ猟友会のおっちゃん5人で山を歩いていると、ガサッ、と音がした。

リーダー格のおっちゃんが低い声で

「止まれ……」

と警告し、辺りを見回した。

「いたぞ、あそこだ」

声をひそめつつおっちゃんの目線の先を見ると、イノシシに似た獣がいた。

「よし、やるぞ。そこのにーちゃんたち、動くなよ」

の、「く」ぐらいのタイミングで赤が飛び出そうとした。当然、おっちゃん2人がかりで取り押さえられた。

「馬鹿! 本当に撃っちまうぞ? ……逃げられたか。まあ今日の目的はにーちゃんたちの護衛だ。獣はこの際仕方ない。……次はないと思いな」

護衛をしてもらっているのか捕虜になっているのかわからない雰囲気で脅され、さすがの赤もうなだれて

「すみません……」

と謝るだけだった。

チェリーはというと、ガタガタ震えて脚が動かない状態になっていた。

「おい、おい! そっちのにーちゃん! いぐさちゃんところに急ぐぞ! 夜の山は危ない、できるだけ早く用事を済ませるんだ!」

軽く肩をぱんぱん、と叩かれ落ち着きを取り戻したチェリー、そしてまた7人で歩く。


しばらく歩くと何やら小屋が見えた。

「おう、あそこがいぐさちゃんの小屋だ。ちゃちゃっと用事済ませてこいよ」

そう促されて赤とチェリーは小屋へ向かった。

こんこん、と扉を叩くと、中から赤たちより少し年上らしい女性が出てきた。

「はい……ああ、話は聞いていますよ、どうぞ」

どうやって!? とつっこんでいる時間ももったいない、と2人は小屋に入っていった。

「で……毒蛇の洞窟に入って、お仲間さんがその蛇に噛まれたと……」

「はい……」

自分のせいなのでしょんぼりとチェリーが答えると、いぐさは

「その蛇の毒ならこの薬草ですね。少し待っていてください。すぐに薬を作ります」

話聞いてたならなんで作っておいてくれなかったの!? とここもまたつっこみたいところであるが、病院から薬局に処方箋を送るようにはいかないのだろう。

ごりごり、と薬草を潰しながらいぐさは

「お願いですから、もうあの洞窟には二度と入らないでくださいね。村の人たちを危険に晒すことになります。それから……」

いぐさの言葉を遮って赤は、

「その薬でイリディセントは治るんですか!?」

と叫んだ。

「お静かに!」

いぐさは決して大声ではない、しかしはっきりと通る声でそれを制した。

「お仲間を思う気持ちはわかります。ですが、ここでは静かにしていてください。私まで危険に晒す気ですか?」

キリッとした目で見つめられ赤は大変申し訳なさを覚え、またうなだれて

「すみません……」

と謝った。

「できるだけ早く村を出てください。あなたたちの匂いを嗅ぎつけて毒蛇が村に来る可能性もありますから。薬を飲ませればすぐに熱は下がります。ですから、熱が下がり次第村を出てください」

真剣な顔で薬を作りながらも村人たちを心配していることはよく伝わってきた。

2人とも、自分たちは厄介者なのだ、と改めて思い知らされた。

「これが解熱の薬です。あと、今後もし解毒魔法が効かなかった時のために、いくつか薬がありますのでそれを持っていってください。そしてもうあの村には近づかないでください」

つ、と薬を手渡され、早く帰れとばかりにいぐさは扉へと向かった。

「あの!」

チェリーが声をかけると心底厄介そうに

「なんですか?」

といぐさは答えた。

その時外でパァン、と乾いた音がした。

それを気にしている暇もないのでチェリーが

「どうやって、その、話を?」

と問いかけると

「ああ、伝令の人ですよ。ささ、早く」

そういう人がいるならその人に薬持ってきてもらえばよかったのでは、とチェリーは思ったが、考えてみれば山に入ると言ったのは赤なので仕方がない。

半ば追い出されるように薬を持たされてありがとうございますもろくに言えずに外に出た。

おっちゃんたちはなにか小型の獲物を仕留めていた。


下山すると即宿屋に向かい、イリディセントに薬を飲ませると、高熱が嘘だったかのように下がり、元気になった。

「なんか……とっとと村を出ろとよ。蛇が来たら困るからって」

「そっか……」

「少しくらい休養させてもらいたいものだが、事情が事情だから仕方ないね……」

元凶のチェリーは黙りこくっていた。


「大変ご迷惑をおかけしました」

4人で頭を下げ、村を出ようとした。すると

「おうにーちゃんたち!」

岩はだ猟友会のおっちゃんの1人に声をかけられた。

「料理食ってってもらうわけにはいかねえけどよ、ちょっと肉わけてやっから。ほれ」

こんがりと焼けた肉を渡された。

「早めに食ってくれな! 栄養つけろよ!」

赤は涙目になりながら

「ありがとうございます……っ!」

と礼を言い、足早に村を去った。


魔王討伐の冒険者とはいえ、平和に暮らしている村人からしたら厄介ごとを持ち込まれては敵わない、ということだ。

私利私欲のために何日も滞在して申し訳なかった、とチェリーは深く反省した。

「次、どこ行こっか……」

軽く落ち込みながら言うイリディセントに、

「今度は……でかい街にしようぜ……」

と赤は答えるのだった。そして、さっきもらった肉をかじってみた。

「うめえ……」

「え、僕にも!」

「僕にもくれないかい?」

「あ、おいらにも!」

わいわいと肉を食べながら歩く。

肉の味に、赤は尚更村を脅かした罪悪感を覚えていた。チェリーはというと……

「採りたての肉はうまいっすねえ!」

と、ケロッとした顔をしていた。

赤は、はぁ、とため息をついてスノーホワイトに

「近くのでかい街どこだ? 地図読めねえから頼む……」

と地図を渡すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る