第2話 月の裏側は見えない

かくて、魔王討伐に出るべく準備をしていた4人であったが、その途中である女性に出会った。

「あれ……あの子新月さんじゃないかな」

イリディセントがぽそりと呟いた。

「あー、マジシャンクラスの?」

赤もちょっと見たことがあるな、という顔をしながらそちらを見た。すると、

「あー、イリディセントくんに赤くんじゃないー。久しぶりー」

新月の方から声をかけてきた。

彼女は、かぐや 新月。マジシャンクラスではわりと男子人気が高かったようだ。もっとも、イリディセントはクラスメイトと交流するより本を読んでいる方が好きだったのであまり興味がなかったが。

「ねえねえ、せっかくだからお茶でも飲まない? 私ご馳走するから!」

せっかくだからと言われても俺絡みねえしなぁ、と赤は思っていたし、イリディセントもイリディセントで面識はあるけど特に仲が良かったわけでもないんだけど、と断ろうとしたが、まあ女性の方から誘われて無碍にするわけにもいかないか、と近場のコーヒーショップに入った。

「それでね、そういえばあんなことが〜」

ひたすら思い出話を続ける新月に、2人は適当に相槌を打っていたが正直早く終わらせて準備したい、というのが本音であった。

「あー……ちょっとトイレ」

赤が離席すると、急に新月はイリディセントとの距離をつめてきた。

「ねえねえ……赤くん、イリディセントくんのことをヘタレモヤシって言ってたよ」

「ヘタレモヤシ!?」

「しー、声大きい!」

新月に制されて、イリディセントは声をひそめ

「ヘタレモヤシってどういうこと?」

と聞き返した。

「んー、青白い顔した体力もないヘナチョコだってさ。あ、これ私が言ったの赤くんには内緒ね」

「うん……」

落ち込みと怒りでうつむくイリディセント。

「おー、お待たせー。ん、イリディセントどうしたんだ腹でも痛えんか」

何も知らない赤はイリディセントの心中も知らず明るく話しかけたがイリディセントの気持ちはそれどころではなかった。

幼馴染の赤が。そんなひどい悪口を。僕に。

そんな考えがぐるぐる回っていた。

「……僕もトイレ。ちょっと冷えたかも」

足取り重くイリディセントがトイレに向かうと、新月は今度は赤に近づいて

「ねえ、さっきイリディセントくん、赤くんのことをどうしようもない脳筋って言ってたよ」

「あぁ!?」

これまた声が大きいと止められたものの、赤はなにせ本物の脳筋である。一度火がついた怒りを止められるはずもない。トイレに向かっていった。

それを見ながら新月は、

「作戦…‥成功」

とほくそ笑んだ。

実は新月は魔王側から遣わされ、冒険に出る前のパーティーを仲間割れさせろと指示を受けていたのだ。2人はまんまとそれに引っかかってしまったわけだ。

やがてトイレから喧嘩する声が聞こえてきた。

「お前、俺のこと脳筋って言ったんだって!?」

「赤こそ僕をヘタレモヤシだって言ってたじゃないか!」

「は? ヘタレモヤシ? そんなこと言ったことねえよ!」

「嘘だ! ずっと僕を馬鹿にしてたんだろ!」

「してねえし! お前こそ俺を馬鹿にしてただろ!」

「……もう知らないよ! 僕は冒険になんて行かないから! スノーホワイトとチェリーがいれば十分でしょ、どうせ僕は1人で行けないからって巻き込まれただけなんだから!」

「おい、イリディセン……」

赤が止めるのも無視して、イリディセントは店を出た。


新月のところに戻った赤は、当然新月を問い詰めた。

「あんた……イリディセントになんか言ったか?」

しかしそこで口をわる新月ではない。

なにせこっちは仕事なのだから。

「え? 何も言ってないよ? イリディセントくんと何かあったの?」

「俺があいつのことヘタレモヤシって言ったんだってブチギレてたけど、俺そんなこと一度も言ったことないんだよ。思ったこともない。あんたなんか言っただろ」

しかし新月は問い詰められることも織り込み済みだ、とばかりに

「えー、私何も言ってないよ……赤くん、私が言ったことが信じられない?」

きゅるるん、とぶりっこ仕草をしてみせた。

正直、

「この腹黒……」

とは思っていたが、ここで信じられないと言って被害者ヅラされても面倒だ。それにイリディセントが本当に自分のことをどうしようもない脳筋だと言っていないという確証も持てない。本来ならあいつがそんなこと言うわけねえだろ、と思うところだが、頭に血がのぼっていたのと相手がイリディセントなだけあり本当だったらショックがでかすぎる、などと思うと冷静ではいられなかった。

「わーったよ……ちくしょう、あいつらに報告しねえと……」

赤は足早にコーヒーショップを出て行った。


宿屋へ戻り、スノーホワイトとチェリーにことの顛末を説明した赤。すると。

「ふぅん、じゃあ僕も抜けさせてもらおうかな」

と、スノーホワイトは意外とも思える発言をした。

「え、な、お前」

「幼馴染すらその程度のことで信じられなくなるような人と冒険はできないねえ。ま、僕には冒険に行かなくても稼げる仕事があるし? そのうち大怪我した冒険者も来るだろうよ。じゃ」

「あ、じゃあおいらも降りさせてもらいますわ。ファイターとシーフだけのパーティーなんて危なっかしくてね。さ、鍵開け稼業に戻りますかね。」

2人とも、さっさと支度をして部屋から出てしまった。

これでは赤は冒険に行くことはできない。

様々な感情がないまぜになってただ、

「ちくしょう……ちくしょー!!!!」

と叫ぶのだった。


その夜。酒場でヤケ酒する赤。

「赤くん、その辺にしといたらどうだい」

と酒場のおっちゃんに忠告されるレベルで飲みまくっていた、そこに。

「赤じゃん、何そんな飲んでんのさ? てかあんた酒強いんだねー、流石厚口」

声をかける女がいた。

「あ? ……緑じゃねーか。俺今機嫌悪いからあんまり話しかけねえ方がいいぜ」

「ふーん。あ、おっちゃんウォッカのレモンジュース割り!」

「あいよっ!」

おめえも強えじゃねえか、と思いながら赤は無視してエールをあおった。

声をかけてきたのは、ファイタークラスの同級生、色上質 緑だ。体力で言うなら、中厚口といったところか。

「ありがとおっちゃーん、んで赤、あんたイリディセントと喧嘩したでしょ」

ウォッカのレモンジュース割りを受け取りながらしれっと核心をついてくる緑に、思わず赤はぶふぉっ、とエールを吹き出した。

「うわ、図星。ってそれよりおっちゃん台拭き! ありがと、ほら自分で拭く!」

差し出された台拭きでカウンターのテーブルを拭きながら、

「なんでわかったんだよ……お前もあの新月とかいう女の差金で来たのか?」

警戒する赤に緑はしれっと答えた

「新月? 私あの子嫌いだもん」

「……は?」

「虚言で悪口言いまくるからねー、女子からはすっごい嫌われてたよー、クラス問わず。新月になんか言われたの?」

酒でぼやけた頭で、やっぱりあいつ……と考えながら緑と少し話をすることにした。

「いや、なんかイリディセントとあいつがクラスメイトだったらしくてさ、いきなり久しぶりって声かけてきてそこのコーヒーショップ行ったんだよ。そしたらさ、俺があいつのことヘタレモヤシって言ったことになってて、あいつもあいつで俺のこととんでもない脳筋って言ってたらしくて……」

「あー、いつものやつだ。AさんにはBさんの悪口、BさんにはAさんの悪口言って喧嘩させるアレね。あれでどれだけの女子が喧嘩したかわからないよ。ま、途中から虚言だってわかってみんな相手しなくなったけど」

「やっぱりそういうやつだったのか」

「男の前ではぶりっ子しててそんな子じゃないってかばわれてたけど、あの子かぐやじゃん? 月の裏側は表からじゃ見えないんだよ」

かぐやは、月面クレーターを模した紙であり裏表がある。本当の表……ボコボコしたクレーターの部分を見ていたのが女子で、裏しか見えていなかったのが男子だった、といったところだろうか。

「俺、あいつに謝りに行かねえと……」

駆け出そうとする赤に緑は、

「もうちょっと酔い醒めてからにしなよ!」

と後ろから叫んだが、赤には全く聞こえていないようだった。

「あーあ……酔った勢いで謝られてもなあ、と思うんだけどねえ?」

「緑ちゃんは冷静だからねえ。でも赤くんはああいうところがいいんだよ。ってか、酒代払い忘れてんぞあいつ」

「後で倍にして払わせちゃいなよ、どうせまた来るでしょ」

「倍は気の毒だなあ、1.5倍くらいにしといてやらぁ! はっはっはっ!」


「あれ、赤くんじゃない、どうしたの? 夜遅くに……っていうかかなり酔ってるけど、大丈夫なの?」

「こんな夜中にすんません……俺イリディセントに、どうしても謝らなきゃいけなくて」

イリディセントの母親に出迎えられ、深く頭を下げながら赤はイリディセントに会わせてくれるよう頼んだ。

「ふーん、なるほど……ちょっと呼んでくるわ」

何かを察した顔をし、イリディセントの母は家に戻り、やがてなにやらバタバタと音がしだした。

「嫌だよ! 僕は赤になんて会いたくない!」

「こんな時間に訪ねてくるからにはよほどの事情があるんでしょ!ほら行きなさい!」

「嫌だ! あいたk……」

会いたくない、と言おうとした矢先にイリディセントの母は手の上に小さな火の玉を作った。母もマジシャンなのだ。

「わ、わかったよ……その火、消しといてよ……」

しぶしぶ外に出て赤と対面したイリディセント。

「何、また僕のことバカにしにきたの? そんなに酔っ……」

「すまなかった!」

赤はいきなりイリディセントの家の前の砂利道に土下座した。

「ちょ、赤、そこ痛いでしょ! 頭上げて!」

「いや! これくらいの痛みお前の心の痛みに比べたら大したもんじゃねえ! 本当にすまなかった! 許してくれ!」

「わかったわかった、話は聞くから頭上げて!」

ようやく頭を上げた赤の額からは血が流れていた。

うっわぁ、と呟いたがイリディセントは、とりあえず怒っている、という態度を見せた。

「んで……今更何を謝るっていうの? 僕をヘタレモヤシって呼んだこと?」

「呼んでない!」

「でも新月さんが……」

「あいつは虚言癖らしいんだ!」

「……え?」

キョトン、としたあと呆れた、という表情で

「自分が言ったことの責任を人に押し付けるなんて……見損なったよ」

とイリディセントはそっぽを向いた。

「何言ってんだ! 俺はな、本気の脳筋だぞ? 人に責任なすりつけて自分を正当化しようとするような芸当ができると思うか!?」

「自分で言っちゃう!?」

「あと、お前が俺をバカにしてないのもわかったよ。てか、バカにされてもおかしくねえんだけどさ、やっぱり本当のこととはいえ、ガチでダチだと思ってるやつに言われるとショックだった。そんで……」

地面に血と涙をぼたぼたと垂らしながら赤は続けた。

「そんで……俺はお前をヘタレだなんて思ったこと一度もねえよ。たしかにお前は身体は強くない。いじめてきたやつを追っ払ったことも何度もある。けどさ」

赤の顔はぐしゃぐしゃだった。声はもう号泣に近かった。

「お前のさ! すげえ頭いいところ俺尊敬してんだよ! 俺には読めねえ本も! すらすら読んで目の前で魔法見せてくれたじゃねえかよ! ちっちぇえ魔物に突撃しようとした時も! お前が火の玉で追い払ってくれてさ! 赤の剣はあの程度のもんに! 使うような弱いもんじゃねえって!」

「あ、あの、赤、声大きいから、夜中、だから……」

しかし赤の勢いは止まらない。

「もう冒険なんて行かなくてもいい! お前が行きたくないなら無理に連れ回さない! あいつらもいなくなっちまった! ただ、ただ……」

地面にへたり込み、うなだれ赤は言った

「友達では……いてくれ……」

「赤…」

す、と座り込みイリディセントは言った

「当たり前じゃん……僕もあの時は頭に血がのぼってた。ごめん。僕だって、赤の強さ、尊敬してる。助けてもらったことも感謝してるし……」

「軽傷治癒」

突然後ろから白い光が放たれ、赤の額の傷は癒えた

「……え?」

2人で顔を上げ、後ろを見るとそこにはスノーホワイトがいた。

「やれやれ、治療代は高いよ? ただし、パーティー割にしておいてあげるけど」

えーと、と呆気に取られたあと赤は

「お前さ、空気読めねえって言われねえ?」

と、とりあえずツッコミを入れた。そして

「パーティーってことはお前……」

「君たちが仲直りしたなら、抜ける理由もないかなって思ってね。なんならチェリーくんも連れてきたけど」

「へへっ、どーも」

シーフよりマーチャント向きなんじゃないか? というような笑い方をしながらチェリーは顔を出した。

「あ、いや、でもさ、イリディセントは冒険より本が……」

「行くよ」

イリディセントは、決意を固めた、といった表情で宣言した。

「僕も行く。赤が僕を信頼して誘ってくれたんだ。僕も戦う」

「イリディセント……」

「じゃあ、再結成、ってことでまた支度をしようか? 酒場で再結成祝いでもするかい?」

酒場、というスノーホワイトの言葉で赤はすっかり忘れていたことを思い出した。

「やべえ! 酒代! おっちゃんに払うの忘れてた!」

酒場に駆け出す赤をゆっくりと追いながら3人は、

「本当に大丈夫かな…」

と内心思っていた……

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