第3話 阿呆

 彼は人間というと、自己主張の強い人ほど人格を持った芯のある人間だと言った。どうしてそう思うのか。自己主張の強い人間はかえって自信がないように映る。彼自身は寧ろ、戯けてばかりで人前で自分の感情というのを吐き出している所を見た事がない。そんな彼を私は強い人間だと感じるのだが。

 中学2年生の秋。彼は同級生の女の子と付き合っていた。彼は告白された側にあるのだが、なんと2週間でフラれてしまった。理由としては、彼女に好きな人ができたからである。「新しい彼氏は彼よりも愛を伝えてくれる、だからごめんなさい。」と、言われたらしい。彼は、”怒り””悲しみ”の感情は前に出さず、また、劣等感でイキがることもせず、ただ私に海まで走ろうと言ってその晩に駆け出したのである。

 この話が私の記憶が鮮明に思い出す理由がある。走っている途中、愚痴でも言いながら話すわけでもなく、胸チラ谷マシーンの事を話しながら走っていたからである。胸チラ谷マシーンとは、お下劣ながら、無自覚に胸チラをしてしまう女性のことである。当時、彼のことを阿呆かと思ったが、今思っても阿呆である。

 真面目に考察してみると、その場を楽しく生きる事が最上だった学生時代では、寧ろ最善の選択を常に取り続けていた彼である。最善の選択が阿呆だなんて一体誰が享受したのか。今、私も彼も大人になり、社会に人間関係にもがく中で、感じることは、今も昔も最善の選択は阿呆である。

 私の考えでは、強い人間というのは、自己主張をする人間でもなく、ただの阿呆である。まぁ、最悪の状況で阿呆である人間は有能な人間を探すより難しい。

 

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