第2話 小学校時代

 私と彼は保育園時代からの同級生である。彼とよく話すようになったのは、小学校4年生からのことで、私が所属していた野球チームに彼が入部してきてからのことであった。彼は残念なことに、途轍もない運動音痴で、はっきり言って野球は上手ではなかった。しかし、彼は残酷なまでに努力家であり、彼の手の平を見るたびに、血の匂いが胃の中に入り込む思いをした。

 そんな彼の努力が身を結んだのはかなり後の話で(それほどの年月実らなかった努力をしていたことも彼を評価する一因である)、小学校の頃は、全く試合にも出してもらえず、なぜかチームメイトの私たちが歯がゆい思いをするまであった。6年生になった頃、私たちの代だけで10人メンバーが居た為、一人だけ試合に出れない状態であった。もちろん、その一人とは彼のことだが、驚くべきことに彼は、誰よりも声を出し、時には冗談を言い、チームのムードメイカー的存在であった。訳がわからないだろう。一番バットを握り、ボロボロの手のひらをしていて誰よりも一生懸命声を出す人間が試合に出ていないなんて。そのせいで私や他のチームメイトは、自分のことを天才だと、恵まれた人間だと思ってしまっていたではないか。大人になってそのことを思い返すと、彼の気持ちは想像を絶するものである。

 が、彼からその時の心境を聞くと、さらに驚くべきものがあった。それを記す。

「あの頃は辛かった。誰よりも試合に出たかったし、一生懸命練習もした。だから正直、試合は好きではなかったし、早く負けてしまえとも思っていた。しかし、声を出しておどけていることで、自分の本心を隠していた。周りが気分を良くする事が自分にとって最高の立ち回りであり、最低ラインの自己防衛だった。そうやって自分を肯定していた。」と語っていた。はっきり言って強い。誰にも愚痴をこぼさず、自分一人で自分と戦ってきたのだ。

 彼から聞いた話によると、家には、運動神経が良く、野球が上手な弟がおり、母が再婚した父は、試合に出れない彼のことを恥ずかしいと思っていたそうだ。

 誰からも肯定されないまま、齢12歳にして、彼は自分の立ち位置を確立していった。または、ピエロになることでしか自分を肯定できなかったのかもしれないが、彼は彼自身で自分を救ってきたのである。

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