あるスライムの一生
屋敷にある一室。日当たりも良く、窓からの景色も良いその部屋にいつもいるのは、人間ではない。
ふかふかとした小さなクッションのようなベッドにいるのは、淡い水色のスライムだ。僕が生まれた頃には既にもうここにいて、いつから生きているのかよくわからない。というか、生きているのかよくわからない。
「おじいさまがまだいた頃は、よく動いていたんだよ」
と両親から聞いていたけれど、僕にはあまりその記憶はない。小さかった頃におじいさまは死んでしまったから。
「ノラー」
聞いてあるスライムの名前を呼んで、つついてみるけれど、さっぱり動かない。
いつもここでぽかぽかと日を浴びていて、あと時々メイドたちが抱っこして庭園へ連れて行ったりしている。そんな動いていない姿しか、僕は知らない。
スープを好んで食べていたって言われても、持ってきて匂いを嗅がせてみても無反応だし、日向が好きだからって聞いて、僕も抱っこしてとっておきの日向に連れて行っても無反応だ。色んな人に聞いているような意思疎通が出来そうな様子もない。そんな姿は想像もつかない。
本当にそんな風にかつて過ごしていたというのなら、今のこのスライムはまるでぬけがらみたいじゃないか。
今日もノラに構いにきてみたが、相変わらず動かない。いつも通りふかふかのベッドに乗っかって、差し込む日差しをよく浴びている。
日が当たっていると、水色がキラキラしていてとてもきれいだ。
体の奥には核がある。あれがあるから、ノラはまだ生きているのだと思う。見たことはないけれど、スライムが死ぬ時って核が破損した時で、核が壊れるとどろっと溶けるみたいに体がなくなっていくんだって聞いた。まあ、噂程度だけど。この国ではスライムは結構大事にされているから、経験値も大して入らないスライムに固執してわざわざ倒すような奴もいない。それにスライムって無害だし。
「本当に、動いていたのかなあ?みんな大袈裟に言ってるだけかな」
また、つんつんとノラをつつく。変わらず無反応だ。
まあでも、癒し効果があるのは認めよう。
この暖かい日差しの入る部屋でノラとのんびり過ごしていると、ここだけ時間がゆっくり流れているみたいで落ち着く。
学校の勉強だとか将来の話だとか、ごちゃごちゃ考えることとかやることが多くて嫌になっても、ここでしばらく過ごすと何となく心が軽くなる。
僕以外の家族もそうしてノラに会いに来て、何かを話しているみたいだし、使用人たちもそうだ。ノラは特に反応を示さなくても、みんなそれでもこうしてノラの側に来る。
「ノラはいつか僕が侯爵家を継いだあとも、ここにいてくれるのかな?」
まだずっと先のことだけれど。父様、とっても元気だし。
つつくのをやめて撫でてみる。すると少しだけ、ふるりと揺れた気がした。
「撫でられるの好きなの?」
なるべく優しく、続けて撫でてみる。けれど最初に感じた揺れ以降、特に反応はなかった。
「好きなだけここにいたらいいよ。話さなくても、ぬけがらみたいでも、なんだか守り神みたいだしね」
というかそもそも核破壊以外でスライムに寿命ってあるのかな?謎生物だよなあ。でも守り神はちょっと言い過ぎか。日を浴びる以外特に何もしていないし。
けれどこの部屋に来ると、いつもここにいる。いつでも会える。それがもう当たり前のように感じている。だって物心ついた頃から、ずっとそうだったから。
向こうで、妹が僕を呼んでいる声がする。そういえば屋敷の庭園で花冠を作る約束をしていたんだっけ。うまく作ったらノラにあげるのだと、最近練習を重ねている。
「じゃあ、ノラ。また来るよ」
僕はもう一度ノラを撫でる。少しひんやりとしたスライムの感触。この感触もずっと変わらない。
立ち上がり、部屋を出る。不器用な妹が作った花冠を乗せるスライムの姿をふと想像して、思わず笑ってしまいながら。
あるスライムの一生 怪人X @aoisora_mizunoiro
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