最終話・あるスライムと春の日だまり



 ルーが屋敷からいなくなってしまってから、随分と月日が流れた。


 しばらくはぼんやりとしたり、眠っていたりと自堕落に過ごしていたのだけれど、リィンの子供が生まれるともうそんな悠長に過ごせる時間などカケラもなかった。

 母子ともに元気でびっくりするほど安産で誕生した子供は、リィンにものすごくそっくりな男の子だった。が、中身は完全にルーだった。そう、ものすごーく活発。元気すぎる。

 当然スライムのわたしに赤子の頃から興味津々で、つねったり投げたり握ったり蹴ったり涎まみれにされたりは日常茶飯事。目を離すとすぐにどこかへ行ってしまうし、何を口に入れようとするかわかったものではない。

 わたしのことを兄弟か子分とでも思っているのか、どこへ行くにも何をするにもよく連れ回された。必然、わたしがやばいものは止める役だ。それはもう、ものすごく大変だった。

 そんな子がじわじわと成長した頃、再び男の子が生まれ。また男の子が生まれ。三人の男兄弟の元気さをわたしは身をもって思い知った。

 子供の体力、すごい。まじで。

 どうしても女の子がほしい、着飾って可愛がりたい!というリィンの奥さんの切望は、四人目でようやく叶った。こちらは奥さんそっくりの見た目の女の子で、リィンのように大人しい性格のようだった。天使か?と思った。

 愛らしい妹の誕生により、三兄弟の活発さはちょっとだけ落ち着いた。妹にかっこいいお兄ちゃんと思われたい欲があるらしい。妹の側でギャアギャア喧嘩していたら大泣きされたので、ちょっと懲りたのだろう。

 そんな風にして騒がしく、けれど楽しく、侯爵家の時間は過ぎていったのだ。まったく、ぐっすり眠る暇もない日々だったよ。


 王家に嫁いだルーは予定通りにハルくんと婚姻し、たくさんの人たちにお祝いされていた。

 リィンが王城や夜会で会う度に、わたしにルーは元気に過ごしているのだということを確認して伝えてくれた。公務が忙しいことや警備上の理由など色々あって、ルーの里帰りは中々実現は難しかったのだ。

 まあ、聞いてもいたし、それはそうだろうとは思っていた。わたしとしては、ルーが元気でいるのならそれで良い。会えなくてもルーと過ごした時間が大切だったことには変わりはないし、友達はずっと友達なのだから。


 久しぶりにルーが侯爵家へ来ることが出来た頃には、ルーとハルくんとともに、小さな男の子も一緒だった。

 婚姻してから五年、子供には恵まれなかったと聞いている。ようやく授かった子は小さく生まれてしまい、成長も随分心配されていたそうだけれど、十歳になり体調も安定してきたので、こうしてはじめてわたしと顔を合わせることが出来たのだ。

 ほっそりとして、年のわりには体の小さなその子は、ハルくんそっくりの銀髪に、ルーに似た青い目をしている。顔立ちはハルくん寄りかなあ。

 ルーは母親の顔をしてその子を安心させるように抱きしめ、ハルくんはそんな二人を穏やかな表情で見つめている。

 わたしの知らない重荷や苦労が山ほどあっただろう。けれどどうやらわたしの心配などいらなかったなと思うほどに、確かに育まれた家族の姿がそこにはあった。


 そしてどの子供たちもその後大きな病気はなくすくすくと成長していき、わたしも眠る時間が増えた頃、侯爵家のリィンとルーの両親が息を引き取った。

 その頃既にリィンに爵位を譲り、両親の希望もあって田舎の領地で老後を穏やかに過ごしていたのだけれど、リィンとルーの父が加齢もあってじわじわと弱っていた中で風邪を拗らせて亡くなり、母も後を追うようにしばらくしたら体調を崩して亡くなったのだ。

 リィンとルーはとても落ち込んでいた。人前では泣けないから、葬儀の後、屋敷の中でみんなで泣いた。部屋にこもって泣いていた。干からびてしまわないかと心配するほどに。

 わたしはその姿を見ていて、わたしがこのまま先に死ぬようなことがあったら、また二人は干からびてしまいそうなほどに泣いてしまうのではないかと思った。

 だから二人を見送るまでは、ここにいよう。元気でいよう。わたしはスライムだから、死に関してリィンとルーよりは寛容なのだ。だから干からびるほど泣くことはないし、立ち上がれないほど落ち込むことはない。


 そうしてまた、じわりじわりと、穏やかな時間が過ぎていく。


 たくさんのことが変わっていく。

 使用人さんの顔ぶれも。大きくなった子供たちも巣立っていく。家に残った子がまた、新しい家族を迎える。

 そんな風に続いていく屋敷を、わたしは変わらずわたしの部屋で見守り続けた。


「ノラ」

 すっかり皺だらけになったリィンの手が、わたしの体を撫でる。

 けれど撫でる手の優しさも、微笑む表情に滲む優しさも、あたたかさも、何一つ変わってはいない。わたしの好きなリィンのままだ。

 本当に、たくさんのことがあった。そしてリィンは立派に、侯爵家を守ってきたと思うよ。だからこんなにも穏やかな時間の中で、笑えている。扉の外から小さな子供たちの元気な声が聞こえてくる。その扉越しの騒がしい声を聞いて、リィンは目を細めた。

 リィンに寄り添い、わたしも少し眠ることにする。日当たりの良い場所だ。リィンが少しでも外の景色を楽しめるようにと、柔らかく暖かな日差しを感じられるようにと、準備された部屋なのだ。

「いつの間にかもう春だったね」

 柔らかな声でリィンが呟く。

 そうだね。これからもっと暖かくなっていく。そうしたら色んな花も咲くだろう。白い花。桃色の花。種類もたくさん。

 いっぱいの花束にして持っていきたいな。

 随分待たせてしまったけれど、もうしばらくしたら会いに行こう。きっとまた会えるはずだから。約束もした。

 その時にはいっぱい話をしよう。ルーのこと、リィンのこと、屋敷の人たちのこと。覚えているかはわからないけれど。覚えていなくてもいっぱい話そう。

 それから彼女とごはんを食べるんだ。


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