30・あるスライムと孤児院



 本日わたしはドナドナされている。

「ノラ、お前赤ちゃんの相手もしてくれるんだって聞いたぞ。じゃあ俺と孤児院行こう」

 とウィルくんにほぼ強制的に連行されたのだった。意味がわからない。

 まあ暇だったし、外出もしたかったし、いいけど。


 そして着いた孤児院でわたしは早速子供たちにごろんごろんとボールのように遊ばれている。

 転がるし跳ねるしぷるぷるしているところが子供たちの何かに刺さったらしい。触られたり投げられたりわたしは忙しい。

「おーいお前たちあんまノラを乱暴にするなよ!」

 遠くからウィルくんの声がするものの、子供たちにはちっとも届いていない。

 幸い子供の手くらいではわたしの核の破壊は難しい。もっと鋭利なものでなければね、ナイフとか。そんなものを子供たちに持たせて遊ばせることはないので、わたしは基本的に安全だ。

 子供たちは普段はない謎のおもちゃにきゃあきゃあはしゃいでいる。わたしは子供に優しいスライムだからね。されるがままよ。


 ウィルくんに連れてこられたのは宣言通りの孤児院だ。

 ここは王都の外れにある孤児院で、かつてのウィルくんが反省の為に長らく預けられたことのある孤児院でもある。

 ここにいる子供たちは年齢も様々だ。

 基本的に成人とみなされる十八歳までは孤児院にいて、衣食住の保障を受けられる。けれど多くは十代半ばほどで職を得て、孤児院を出ていくようだ。孤児院の保障は最低限のものだし、孤児が増えればそれだけ苦しい生活になる。だから孤児院で育った子たちはみんな協力し合い、孤児院を出てからも寄付に訪れることが多いのだと言う。

 今この国は平和で大きな争いはない。だから孤児の多くは流行病や事故などで両親を亡くしたり、親に捨てられたりした子だ。


 幸いなのはこの国は、孤児だからと見下されることはあまりないことだ。

 孤児だから卑しいとか礼儀がなっていないとか、そういったことはない。限られた予算の中でどうにか食べているから窃盗や物乞いなどはしていないし、何なら貴族の慈善事業などで字や計算を教えてもらったりしているので、読み書きも出来る子が多いのだ。

 だから成長し、教えに来ていた貴族に目を掛けられて雇われた子もいれば、計算が出来ることを重宝されて街で職が決まったりする。集団生活にも慣れているから、人間関係も良い感じに築ける子が多い。

 まあ本来なら孤児はいない方が良いんだろうけどね。流行病も事故も防ぎようがないものは仕方がないし、良くない親だって中にはいるものだ。


 今わたしと遊んでいる子たちは十歳にも満たない幼い子たちばかりで、年長組はウィルと一緒に昼食を作るお手伝いをしている。

 自炊が出来るようになれば孤児院を出て暮らしていく時に役に立つ。だからみんな積極的にお手伝いをしているのだ。

 小さな子たちは料理はまだ危ないから、掃除や草取りなどをしている。まあ今日はウィルくんが来たしわたしがいるので、遊んでいるけれど。お手伝いも必要だし、子供らしく遊ぶことも必要だよね。


「ノラちゃん、おーじさまがごはんできたって!」

「いこー!」

「あはは、わたしより歩くのおそーい!」

 子供たちがぞろぞろと食堂へ向かう中、わたしの足は遅い。すごい小さい子にけらけらと笑われた。

「しょうがないなあ、わたしがつれてってあげるね!」

 そしてお姉さんぶりたいお年頃の子は必ずいるものである。

 わたしは遠慮なく幼女に抱えられて移動した。


 食堂に着くとみんなお行儀良く座って待っていた。

「ノラ……こんなに幼い子を足に使うなよ……」

 というウィルくんの呆れ顔とお言葉をもらったが聞こえないふりをして、スープしか置かれていない恐らくわたしの席っぽいところにぴょんと飛び乗った。ウィルくんの隣なので横から視線は感じている。


 ウィルくんが孤児院への支援物資色々を持ってきたので、今日のお昼は少しだけ豪華らしい。

 一人に一つパンがあり、スープの具も芋オンリーではない。いくつかの野菜と少しの肉が入っている。そして何よりデザートにクッキーがある。これには子供たちも大喜びだ。

 甘味はたまのご褒美。いつも食べられるものではない。

 わたしは相変わらずスープだけをもらった。ウィルくんは王子様とは思えないほど、スープを作るのがうまい。センスなのかな。それとも有名なお寿司職人によくあるみたいな、手に良い菌がいるのかな?

「おーじさまがつくると、おいしいねえ」

「うん」

 子供たちからもやたら好評だ。

 普段は雲の上のような存在の王子様が一緒にスープを作って食べてくれていたのなら、確かにそれだけでもう普段よりずっとおいしく感じそうな気はする。

「リセは皮剥き、上手くなったな。テッドももう包丁を使えている。みんな、すごいよ」

 ウィルくんは一緒に料理をしたであろう子供たちを褒めた。孤児という一括りではなく、ちゃんと個人個人を見ているんだな。

「ごはん食べたら、また剣を教えてくれよ。おれ、大きくなったら王子様の騎士になるよ」

「そうか、じゃあ練習をいっぱいしないとだな」

「うん!」

 子供の頭をウィルくんが撫でる。

 近い未来にウィルくんは隣国へと婿入りしてしまう。こんなに慕われていて、国のことも思っているのに、もったいないなとは思う。

 隣国だから距離を考えれば他国よりは良いのだろう。交流もある国だと聞いているし。けれど婿入りしてしまえば向こうの国の人間だ。何もかもを生まれた国の為に注げる今とは変わってしまう。

 流石に隣国の王配になったら、わたしとこうして戯れたりも難しいのだろうか。王城にわたし入れないしなあ。





 食後も目一杯遊んだ後、馬車で帰宅する。

 帰りの馬車でウィルくんはわたしを膝の上に乗せて、ゆっくりとナデナデしていた。

「ノラ。俺、感謝してるんだ」

 ぽつりとウィルくんが話す。

「ノラに会ったおかげで、今の俺がある。昔の俺は自分のことしか考えていなかった、すごい我儘だったし。……変われて良かったって本当に思っている」

 それは違う。ウィルくんが今こうしているのは、他でもないウィルくん本人がたくさん頑張ったからだと思う。

 いくら両親に厳しい環境に放り込まれて躾け直そうとされたって、変わらない人間は変わらない。途中で投げ出す人間だっている。変わったフリをして誤魔化す人間も。

 けれどウィルくんは今もこうしてお世話になった孤児院に通い、国の為に力を尽くし、隣国の王女様にまで見初められた。

 とはいえこれは伝えるのは難しいなあ。言葉、通じないのだし。

「俺は隣国へ行くけど、隣国とこの国がずっと仲良くいられるように尽力するよ」

 ウィルくんが微笑む。もうすっかり、大人の青年だ。学校も卒業しているのだし、婿入りも遠くないのだろう。

「離れていても、ノラとは友達だって思っていていいか?」

 その言葉にわたしはすぐにぷるぷる震えて了承の返事をした。瞬間、ウィルくんは子供みたいなあどけない笑顔を見せた。

「生産数がまだ多くないけど、隣国に変わった香辛料があるみたいなんだ。スープに使えそうだし、落ち着いたら侯爵家に送るよ」

 なんと。それはまた料理長の腕がなるではないか。嬉しくてもっとぷるぷるぷるしてしまう。馬車の中では危ないから、ぴょんぴょん跳ねての感情表現は難しいのだ。

「ノラは現金だなあ」





 この孤児院訪問からおよそ一年後、ウィルくんは隣国へと婿入りしていった。自国隣国ともに盛大にお祝いされて。

 侯爵家の厚意でわたしも遠目から成婚のパレードを見た。綺麗に着飾った王子様と王女様はこの世界のすべての幸せを詰め込んだように笑っていた。

 そんな中、わたしがいることに気付いたウィルくんが隣の王女様にそっと何かを耳打ちする。それから二人でわたしの方を見て手を振った後、何故だか子供みたいに破顔した。

 その表情を見てわたしは不思議と安心して。出会った頃の子供だったウィルくんのことを、その夜は思い返して眠った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る