26・あるスライムといつもの日常
わたしが屋敷に帰宅したその日は、久しぶりにルーと一緒に眠った。
不在の間わたしが何をしてどこにいたのかみんな気になっているようで、聞かれたりもしたのだけれど、何といっても普通に言葉が通じないので説明のしようがない。それに『ちょっと侯爵領の村の病原をもぐもぐ食べてきました』などと例え言葉が通じようが言えるわけがない。全世界のスライムの危機になってしまうからね。
代わりにルーは眠るまでの間、空白の時間に自分たちにどんなことがあったのか、どんな風に思ったのかをゆっくり話してくれた。
ルーがお喋りでお転婆なのは、昔から変わっていない。背が伸びても、綺麗なドレスを着ていても、所作や言葉遣いが洗練されていても、根本のルーは変わっていないのだ。
ルーは将来、王城に住むことが決まった。
王城には例え最弱のスライムであっても、従魔契約をした魔物しか入れない。だからわたしがこの屋敷に居続けるにしろそうでないにしろ、将来的にルーとの別居だけは確定している。
そのことをルーは寂しいと言って少し泣いた。わたしにはそれはどうすることも出来ない。ルーにも。
翌日は急遽、王太子妃教育はお休みになったらしい。
五年もの間行方知れずだったわたしが帰って来たという連絡を受けて、どうやら気を遣ってくれたようだ。会ったことはないけれど王様と王妃様は優しい部分もあるみたい。
わたしの中の王様王妃様のイメージ、ウィルくんのアレコレの印象が強いから、ちょっと怖いんだよね。
そんなわけで今日は久しぶりに幼馴染み、と言っていいのかな?が集合した。
リィン、ルー、ウィルくん、ハルくんの四人だ。折角なので庭園でお茶、ということになったので、みんなは紅茶とお菓子を、わたしはスープを楽しんでいる。料理長さんの変わらぬ味……プレシャス。
ウィルくんもハルくんもわたしのことを心配してくれていたようで、わたしの姿を見るなり、おかえりと言って笑ってくれた。そしてさすが五年。二人ともすごく成長している。子供の五年って本当に早いんだなあ。
「ウィルとお兄様は、お義姉様たちを連れて来なくて良かったの?」
しばし再会を喜んだ後、口にしたのはルーだ。純粋な疑問だったようで、首を傾げている。可愛い。
「いや、あいつ連れて来たら落ち着いてノラといられないだろ……」
先に答えたのはウィルくんだった。
ルーの言うお義姉様、というのはウィルくんとリィンそれぞれの婚約者のことか。まだ婚約者の段階でそう呼んでいるということは、ルーとの仲も良好らしい。
確かにルーの兄の将来お嫁さんは義姉だし、嫁ぐ予定のハルくんの兄の将来お嫁さんも義姉だ。
「でも連れて来なかったら来なかったで、後でしょんぼりするわよ」
「……。まあ、フォローはしておくけど」
まだ顔も見たこともないウィルくんの婚約者さんだが、わたしにはウィルくんが尻に敷かれている未来しか見えない。
とはいえこちらもまた関係は良好なのではないだろうか。婚約者のことを話すウィルくんの表情は柔らかいし、憎からず思っているのだろう。
「お兄様は?」
「……いやだって、なんか照れるしさ……」
「そうやって奥手でい続けて、掻っ攫われても知らないわよ?」
「ぐっ……」
リィンにルーの会心の一撃が。
「まあまあ、ルー。一応二人は上手くやっているみたいだしさ、今のところ」
「一応……今のところ……」
ハルくん、フォローしているように見えて追い込んでいらっしゃる。リィンはもう限界だ。
まあリィンは子供の頃からどちらかといえば大人しい方だったし、恋愛の類も少々引っ込み思案なのかもしれない。とはいえわたしと一人と一匹の時には婚約者の話をする時には緩んだ表情を見せていたので、好意と頑張ろうという気持ちはあるのだろう。
それにしてもこの四人は変わらず、仲は良いようだ。
子供の頃の人間関係なんて環境の変化やちょっとのすれ違いでわりとあっさり、がらりと変わってしまうことも多い。男女間となれば尚更ではないだろうか。
当たり前だが子供の頃のままではいられない。婚約者が出来ればそちらも大切だし、それ以外にも世界が広がってやることは増えている。あの時ほど頻繁に会うことはもう出来はしないだろう。リィンとルーのような兄妹でさえ、いつかは離別するのだし。
けれどその中で四人はあの頃と変わらない。表も裏もない軽口で笑いあって、それぞれの幸せを祈って、同じものを食べて、また笑って。
それはとても楽しくて、とても尊い。
わたしはこの明るい声を聞いていると、自分もその柔らかい光の中にいるように感じる。
「……ふふ。あれ、ノラちゃん、もしかして眠っちゃった?」
「本当だ。いつの間にか動かなくなってる」
「でもしっかりスープは飲み干してるぞ」
「はは、ノラらしいね」
「ここは日差しがあってぽかぽかだし、しばらくこのままでいいかしら」
隣に座るルーがわたしの体をそっと撫でる。
わたしはうとうととあたたかい微睡みの中、いつまでも楽しそうな会話を聞いていた。
ふと目覚めてもまだ、四人は談笑を続けていた。とはいえ場所は庭園からわたしの部屋に変わっているから、時間は結構経ったのだろう。
わたしが寝ている間に抱っこして移動してくれたのか、わたしはいつものふかふかベッドの上にいた。目覚めスッキリ爽快である。
ぴょん、と飛び降り、近くにいたルーの側へ行く。
「あら、ノラちゃん起きたの?早かったわね」
えらいえらい、と褒められて抱っこされ、ルーの膝上へ。甘やかされまくり扱いだ。
「ルーは本当に、ノラのことが好きだね」
わたしを可愛がるルーを見て、ハルくんは表情を綻ばせた。
「ノラちゃんは私の大切なお友達だもの。それはずっと変わらないわ」
力強いルーの言葉。それはこれまでのことのようにも聞こえるし、これからのことを指しているようにも聞こえた。
「……悪かったな。俺が婿入りにならなければ、王城に入ることはなくて済んだかもしれないのに」
「その話は何回もしたじゃない。別にウィルが悪いわけでもないんだし。それに私はウィルが望まれて、幸せに婿入りすることは良いことだと思うわ。ウィルだって大切なお友達だもの」
「ルー……」
たくさん揉めたとは聞いていたけれど、その後納得しての今なのだろう。ルーの言葉に嘘は感じない。
出会ってすぐこそとんでもなかったものの、今やルーとウィルくんはすっかり仲良しか。うんうん。
「安全上の理由で従魔契約をしていない個体は連れ込めない、ということ自体は変えられないと思うんだ。例え王族の私室であってもね。……だけれど、別に王妃や王太子妃が里帰りをしてはいけないっていう決まりはないんだよ」
ぽつりとハルくんが話す。その内容は予めみんな聞いていた事柄なのだろう、特に反応はない。これはわたしに聞かせる為にハルくんは話してくれているのだ。
「頻繁には難しくても、必ず。ノラには僕も会いたいし、ルーにも笑っていてほしいから」
「というわけで、ノラはこれからも侯爵家にいてくれたら嬉しいな。良ければだけど」
リィンが笑って話す。
このまま屋敷にいれば、ルーが嫁いだ後もたまに会うことは叶うのだ。留まる理由なんてそれだけでいい。何と言ってもわたしは、ルーの友達だしね。
ぷるぷるぷる、と震えてみせると、ルーはとても嬉しそうに笑った。
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