25・あるスライムとたくさんの変化
門まで迎えに来てくれたメイドさんに抱っこされて屋敷の中へ迎え入れられる。
すれ違う使用人さんは見たことのある顔の人ばかりで、わたしの姿を見るなりみんな嬉しそうに笑ってくれた。なんともありがたいことだ。
そしてかつてわたしの部屋があった場所へ。久しぶりに入る部屋は、出て行った頃と何一つ変わっていなかった。
相変わらず大して物は置いていないが、きちんと掃除されていて埃もない。元々設置されていた人間用の家具と、窓辺のわたしのふかふかのベッド。
しばらく主人のいなかったこの部屋を、いつか帰ってくるのだろうと残しておいてくれていたらしい。
ぴょん、とふかふかベッドに乗っかり、日差しを浴びる。あー帰って来た感じ。ぽかぽか。
と、バタバタと走る忙しない音。そしてノックも忘れてバタンと勢いよく扉が開けられた。
「ノラ!」
現れたのは、…………リィンかな?
なんか、すっごい背が伸びて大人っぽくなっていないか。幼さが消え失せている。最後の記憶ではまだ少年といった感じだったけれど、今はもうすっかり青年と呼ぶべき見た目だ。声も低くなっている。
わたしを見るなり、リィンの綺麗な青色の目が潤む。かなり急いできたのか息は荒れているし、金色のキラキラした髪は乱れていた。
「……どこ、行ってたんだ。心配した……!」
ギリギリ涙が流れ落ちるのは堪えられたようだ。子供の頃はこういう時、わあっと泣いていたものなのに。成長したんだな、と思う。けれど幼かったリィンの面影は、そこかしこに感じられた。
たからものを扱うようにわたしをそっと撫でる。ただいま、と言うように、わたしが体をぷるぷるぷると震わせてみせると、リィンは子供のような屈託のない笑顔を見せた。
「ノラは一体、どこに行っていたんだよ。まあ、一応野生のスライムだから、ふらっといなくなることくらいはあるかもとは思ったけれど」
ちょっと落ち着いたリィンが窓の側に座り、話す。わたしのすぐ側だ。抱っこされるかと思ったけれどわたしもまだこのベッドのふかふか感を堪能したかったので嬉しい。
「それでも数日とか、そんなもので帰ってくると思ってた。なのに五年以上もノラは帰ってこないし……」
えっ、五年も経ったの?そりゃリィンもでかくなるわけだ。
何の音沙汰もなく五年。それでよくこの部屋を残して、帰りを待っていてくれたなあ。優しい。
「ああ、ルーは今王城にいるんだ。今日は王子妃教育の日で。報せはさっき送ったけれど」
そうか。ルーは第二王子であるハルくんの婚約者だしね。屋敷にいるのならすぐに会いに来そうなものだから、不在なのかなとは思ったけれど。
「ノラがいない間、色々なことがあってね。聞きたいでしょう?」
勿論、とわたしはぴょんぴょん跳ねる。わたしがイエスと答えることは当然想定済みだったのだろう、リィンはにっこりと笑った。
「実はね、ルーは王太子妃に、えーっと……つまり、将来的に王妃になることになりそうなんだよね」
なんと。じゃあ将来、王城住まいということか。
「というのもね、貴族は十四歳から四年間学校に通って勉強をしたり交友を深めたりするんだけど、……そこでウィルが留学していた隣国の王女殿下に一目惚れされて、何やかんやあって婿入りすることになりまして」
恐らくその何やかんやがちょっと大変だったのか、リィンの表情が何とも言えない感じになっている。うわあ、ほんと、わたしスライムで良かったなあ。人間って面倒。
「ああ、でも二人は一応相思相愛にはなっているからね。ちょっと王女殿下の押せ押せが強かったけど、ウィルが押され負けたというか絆されたというか」
わあ。ウィルくんどこまで苦労してるんだよ。でもまあ最終的に相思相愛にはなっているのなら良かった、のかな?
「でもハルは兄のウィルの補佐をしたかったみたいだし、ルーは王太子妃にはなりたくないしでだいぶね、揉めたんだけど。結局うちはウィルがまだ立太子したわけじゃなかったし、隣国は一人娘ってこともあって、ウィルが婿入りする形で落ち着いたんだよ」
わたし、その渦中に屋敷にいなくてよかったなあーってちょっと思っちゃった。ごめんねリィン。ルーが嫌がる様子が目に浮かぶようだ……。
「一番大きなことはそれかな」
そりゃあ国の一大事だからね。将来の王様王妃様の話だし。
「あと、僕にも婚約者出来たから。伯爵家のご令嬢なんだけど。後で紹介するね」
おお!それは楽しみ。ついぴょんぴょんしてしまう。
婚約者の話になった途端リィンの顔がだらしなく溶けたので、関係は良好と見た。
「屋敷内のことだと、メイドのリエッタが結婚して子供が産まれたよ」
自分のことは少し照れくさかったのか、リィンはすぐに話を逸らした。というか待って、あの可愛いメイドさんがいつの間にか結婚して一児の母?時の流れを感じる……。
その後もリィンはたくさんの話を聞かせてくれた。大きなことから小さなことまでひとつひとつ、思い出して、笑いながら。
夜になると、屋敷にルーが帰ってきた。
バタバタと走る足音が聞こえて、そしてやっぱりノックは忘れてバタンと勢いよく扉は開けられる。そういうところ、兄妹そっくりだなあ。
「ノラちゃん……」
実におよそ五年ぶりのルーの姿。
すごく大きくなっている。リィンに比べてまだ幼さは残っているものの、手足も更にすっと伸びて大人に近付いているように感じた。
ふわふわの金髪と、綺麗な青い目はそのままだ。じわりと潤ませるものの、やはり子供の時のような大泣きは堪えている。
わたしはベッドからぴょんと飛び降り、ルーのところへ。とはいえ足は普通に遅いので、結局部屋に入ってきたルーがわたしに近付き抱っこした。ああ、懐かしいな。
「おかえりなさい」
うん、ただいま。
そうだね。いつの間にかここは自分の家のように感じていた。そしてルーやリィンたちのことが、家族のように思えていたんだ。
はらはらと落ちてくる涙を感じて、もし今度出掛けることがあればもう少し早く帰ってこれるように頑張ろうと思った。出来るだけ、ではあるけれど。スライムは最弱だし、移動も遅いからね。
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