24・あるスライムの帰宅



 さて、随分長居をしてしまったけれど、そろそろ屋敷に帰ろう。ルーも心配しているだろう。


 ……と思ったのはいいものの、村にはもう侯爵家関係の人たちはいなくなっていた。あれ?


 わたしは普通に密入村してきているし、見た目はただのスライムだ。もし屋敷のノラのことを見たことがある人が来ていたとしても、正直見た目だけではわからないだろう。

 なので村に来ていた人たちは、仕事が終わったら帰ってしまった。まさかノラがここにいるとは誰も思わないので。まあ、そうだよね。当たり前だよね。

 で、わたし、どうやって帰ろう。


 行きはよいよい帰りはこわい。

 ふとそんな言葉を思い出した。今、まさにそれでは。

 来る時は侯爵家の馬車に乗ってきて数日掛かっている。馬車で数日掛かるところをスライムの速度で考えたら一体何年何十年掛かるだろう。

 それにわたしは行きのルートを見ていない。

 荷物に隠れていたから外の景色を見ていないのだ。つまり、どこを通ってここまで来たのかまったくわからない。

 ええ、本当にどうやって帰ろう。


 少なくとも歩いて帰るのは無理。いくら時間が掛かるかわからないし、疲れるし。

 となると馬車に乗り込むしかない。

 辻馬車とか商人の馬車とかに紛れて、侯爵家まで辿り……着けるだろうか……。

 まあ一発では無理だろうけれど。いくつも馬車を経由して、何とか。何とか辿り着けないものかな。うん。

 その為には馬車が出る付近で情報収集だ。





 地理がわからない、というのは致命的だなあと思う。侯爵家のある方向ってどこだろう。

 地図でもあればいいけれど、というかそもそもわたしスライムだからね。自力で地図入手なんて出来ない。誰かに道を尋ねることも出来ない。出来ることといえば人間が話していることを聞いて、自分の頭の中で整頓するしかない。

 とはいえみんながみんな場所の話をしているわけではないし。どこどこへ行く馬車だよ、という話し声が聞こえても、その地名が侯爵家と近いのか遠いのかも判断が出来ない。

 これは長丁場になりそうだなあ……。

 でも自力で進むよりは確実だろう。気長に行くしかない。


「…………行きの馬車だよ、お客さん、乗るかい?」

 聞き覚えのある地名。いつだったか、馬車を使うお客さんが言っていたような。たぶん、ここよりは侯爵家の屋敷に近い。……たぶん。自信はあまりない。

 そういう馬車を見つけたら、こっそりと荷物に紛れて乗り込む。

 これを繰り返していればいつかは屋敷近くに辿り着ける、かなあ。何にせよ他に手立てはないので仕方がない。





 何度これを繰り返したのか。どのくらいの日にちが経ったのか。

 幸いだったのは侯爵領はスライムが生存しやすい状態だったことだ。

 以前村の人間たちはスライムにごはんをくれたりと優しくしてくれたけれど、そこ以外の人間たちもスライムに寛容だった。やっぱりそれは侯爵家のお嬢様であるルーがスライムを可愛がっているという話が大きいらしい。そのおかげで無闇にスライムを倒す人間が少ないので、とても生きやすいのだ。

 人間がいるところはつまりは魔物がいない、少ないところなので、魔物に殺される心配も少ない。馬車に乗り込んでいる時もそうだし。

 結果、わたしは無事見知ったところへと辿り着いた。

 ここはリィンとはじめて歩いた街だ。覚えている。あの時リィンはわたしを抱っこして、街を見せながら話を聞かせてくれたから。

 あの時屋敷からこの街までは馬車で来たけれど、馬車の中から景色を見ていたし、整備された一本道だった。だからこのまま行けば、辿り着ける。


 そしてついに屋敷の門へと着いた。休み休み移動したものの、本当に疲れた。

 さて、ここで問題です。

 屋敷の前には門番がいます。門番は人間です。わたしはスライムで言葉を話すことが出来ません。なお他のスライムとの見分けはつきません。

 どうする?ってこれどうしようもなくない?

 などと自問自答しているうちに、門番さんがわたしに気付いた。門の前で立ち止まる不審なスライム……それが今のわたしである。

「お前…………もしかして、ノラか?」

 と、怪訝そうな表情をしていた門番さんがわたしにそう問い掛ける。まじか。

 この機会を逃すことなかれ!と思ったわたしはぴょんぴょん跳ね、ぷるぷるぷると震えた。

「えっこの意思疎通出来そうな感じ、本当にノラなのか?」

 ええ、本当のノラですとも。ぴょんこぴょんこと更に跳ねる。

「なあ、こいつ本当にノラじゃないか?」

「いやでもそう思って違ったりしたしな……」

 門番さん二人は相談しはじめた。どうやらわたし以外のスライムがこうして屋敷前に立ち止まったり跳ねたりしたことがあるようだ。

 まあ、いるしね。野生のスライム。

「お前、パンは好きか?」

 その質問には静止しておこう。別に嫌いではないよ、スライムのわたしは食べないだけで。人間時代は食べていたし。

「じゃあ、肉は好きか?」

 そちらも静止しておこう。別に嫌いではない以下略だよ。

「スープ、好きか?」

 全力で同意しようじゃないか。ぴょんぴょん跳ねてぷるぷる震える。ああ好きさ、大好きさ!料理長さんのスープ、久しぶりに食べたいなあ。

 わたしの明らかに人間の話通じてるんじゃないか的な反応に、門番さんたちは顔色を変えた。

「ノラ!お前、今までどこに、いや、それよりまず知らせないと!」

「俺、屋敷に知らせてくる!」

「頼んだ!」

 慌てる門番さん。どうやら無事、わたしはノラだと承認されたようだ。


 かくして、わたしの長い旅は終わり、再び屋敷に帰ってきたのだった。


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